昼休み その3 日和
ドアが蹴破るように開かれ、食事中だったわたしは驚いてむせた。
わたしの背中をさすりながら、古河さんが戸口に立つ人物に声をかけた。
「やあ、旭ちゃん」
おそるおそるそちらに顔を向ける。
初めに映ったのは瞳、だった。
それは黒曜石のように黒く、鋭い、静かな光を
清風高校の女生徒は学年ごとに制服のリボンの色が異なる。 彼女のリボンは私と同じワインレッドであることから同学年であることがわかる。
この子、あさひちゃんっていうんだ。すごい、きれいな子……。
あさひちゃんと呼ばれた人物は、ものすごく不機嫌そうだった。刃のような視線を受けながら、古河さんが訊ねた。
「旭ちゃんどうしたの? 腕組んで、眉根つり上げて、苛立たしげに上履きでリノリウムの床をぱたぱたさせて、すっごく不機嫌そうだよ?」
こ、古河さん。それは今、最も触れてはならないことのような気がするのですが……。
あさひちゃんの眉がぴくんと跳ね、開口一番叫んだ。
「不機嫌なのよ!」
「あ、やっぱり?」
わたしは箸を置くと手を胸の前に合わせ、ハラハラしながら古河さんを見ていた。
「あ、やっぱり? じゃない! 古河さんがいつまで待っても受付に来ないから本を借りられないんじゃないですか!」
「ああ、なるほどね」
納得しながらも古河さんは食事を再開する。 あさひちゃんの眉根が目に見えて釣り上がる。
「昼飯食べてないで早く受付に戻って本の処理してくださいよ! 他の教職員と違って特に担当を持たない古河さんはいくらでもお昼ご飯の時間調整できるでしょう?」
敬語ではあるものの、明らかに語気は命令をしている。
「旭ちゃん、お昼休みくらいのんびりご飯を食べさせてくれてもいいでしょ」
古河さんがやんわりと相手をなだめようとする。
「次の授業は移動教室だから早くしてくれないと遅刻するんですよ!」
「遅刻すればいいじゃん。学生らしい」
古河さんの理屈は、よくわからない。
「古河さんの学生時代と一緒にしないでください」
「了解! じゃあ速攻で食べるから」
「全然了解じゃない! 今すぐ受付に戻ってください!」
「わかったわかった。じゃ、この唐揚げを…って、ああっ!」
古河さんが箸で掴み上げた唐揚げに顔を近付けたあさひちゃんがそのまま横取りしてほとんど噛まずに飲み込んだ。
「ふむ、この味付けは学食の岡田さん唐揚げか。うん、いい味出してる」
「私の…最後の… 唐揚げ……」
古河さんが、がくりと肩を落とす。本当に悲しそうだった。
「さ、これで満足ですよね。さっさと受付に戻ってください」
「わかったわよ。じゃあ、日和ちゃん、そういう訳だから……」
「あ、はい」
古河さんはうなだれたまま図書準備室を後にする。あさひちゃんはしかし彼女の後を追うことなく、古河さんが先ほどまで座っていた席に着き、足を組むとわたしを覗き込むように見つめてきた。俯いたわたしの視界にあさひちゃんのほっそりとした足首を覆う黒いソックスと上履きが映る。
「あんた、瀬川日和よね」
その声は確信に満ちていた。わかっていて、あえて訊いている。そんな感じの声。
戸惑いながらも小さく頷いた。
なんだろう、この子。どうしてわたしのこと、知ってるの? 何でわたしに話しかけてくるの? わたしが転校生だからだろうか……転校生か嫌な言葉。
ただ別の学校から移ったという、それだけでクラスメイトたちに勝手に期待され、注目される。まるで逃げ場のない
「瀬川日和、東京都豊島区より2日前に1年C組に転校してきた転校生。内向的な性格でやや対人恐怖症のような一面を持ち、周囲に注目されることを極端に恐れる。なぜか朝倉智香にお節介を焼いている。また古河さんのお気に入り、と。まあ、こんな感じ?」
顔を上げて驚くわたしに、あさひちゃんはにやりと笑い、いつの間にか手元に開いていたノートを見せてくる。
そこには、
「私、あんたの同じクラスで夏目旭って言うの、よろしくね」
何とか頷き返す。
「旭ちゃん、貸し出し処理完了したよ」
古河さんが戸口から声をかける。
「了解。じゃあ、失礼」
旭は席を立つとさっさと退室した。
何だか、嵐のような人だなぁと思いつつ、少ししてから首だけでそろりと振り返り、ぼんやりと去ってゆく彼女の背中を見つめていた。
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