昼休み その1 智香
4時限目終了のチャイムが鳴る。
生徒たちはクラスで弁当を食べる者、学食で食べる者、お弁当を持ってグループで教室を後にする者など、そのパターンは様々だ。
私と由花は『弁当部・教室食事科』だ。
ちなみに命名したのは由花であってその件に関し、私は一切の関与もしていないことをここに付記しておく。
4時限目が移動教室だった私たちはクラスへの帰り道がてら、1階学食前にある自動販売機から飲み物を購入した。いつも通り私は缶の生茶、由花は紙パックのいちごオ・レを選ぶ。
クラスのドアをスライドさせた私たちの会話は一度、不自然に途切れた。途切れてしまってから私は内心舌打ちした。
転校生がひとり、ぽつんと席に座っていた。その姿は幽霊のようでどこか危うい。風が吹けばあっけなく消え去ってしまいそうな、そんな感じ。
まったく、いつまでそうしてるつもりよ。あんたがいつまでもそんなだから、クラスの空気がギクシャクしてるじゃん。
あんたの隣の席にいる私の身にもなってよね。だから早くクラスに馴染んで――――って、あれ? 私、もしかして彼女のこと、心配してる? いや、だって、クラスの居心地悪いし、それに私だって迷惑してるし……ああ、もう! 何かムカツク。
目を閉じ、息をゆっくりと吐き出すと少しだけ冷静になれた。
まあ、とはいえこの子からみんなに近寄るのは考えにくいわね。ただでさえビビリなのにあんなことがあっちゃあね。じゃあ誰かが声をかけないと駄目か。私は――嫌ね、願い下げ。こんないじめられっ子候補なんかと関わったらどんなとばっちりを受けるかわかったもんじゃない。第一、会話するのに疲れそう。
「ともっち、どしたの? 肩間にすっごいシワ寄ってるよ」
由花が小鳥のように小首を傾げる。
「な、何でもないよ」
か、かわいい。地味なのでよく忘れがちだが、由花は実はかなりかわいい。
背が低いせいで服装次第では小学生に間違われかねない童顔な彼女は、中学生の頃から男子生徒にときどき告白されることがあった。
そしてその答えは決まって『ごめんなさい』
今のところ由花と付き合っている男子生徒はいない。
中学時代の帰り道、私は一度だけ彼女に訊ねたことがある。
「ゆっこ、どうして付き合わないの?」
「え?」
由花が目を見開いてその場に立ち止まる。
「今日の高橋センパイ、バスケの
由花は「ああ」と気のない返事を返し、顎に人差し指を添え、少し考え込んだ後、ちょっと恥ずかしそうに頬を染めながら応えた。
「そういうの、私にはまだ早いかなって…」
他の子が言ったら嫌味にしか聞こえないけど、由花がそういうと全然嫌味な感じになら
ない。彼女の表裏がない性格はもちろん承知しているけど、それを差し引いたって、きっと嫌味だとは思わないだろう。
由花にはそんな、ちょっと不思議なところがあった。
私は照れ笑いをする彼女を見て、呆れ半分に笑いかけた。
「はは、ゆっこらしいね」
「そうかな」
「うん」
「ひょっとして私、バカにされてる?」
「そ、そんなことないって!」
「うそ! ともっちなんか声震えてるもん」
由花が頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。
はあ……ったく、仕方ないなぁ。
「ごめんごめん」
そういいながら由花の頭を撫でてあげる。
経験上、拗ねた由花の機嫌をとるのにこれが一番効果的なのを知っている。由花は不機嫌そうに眉根を寄せる。
「もうバカにしない?」
「うん!」
「絶対?」
「絶対!」
「絶対の絶対?」
「絶対の絶対!」
「絶対絶対絶対……」
しばらくの私たちの間で『絶対』という言葉が連呼されたのだった。
カバンから弁当箱を取り出すと由花の机に置き、前のイスを反転、由花と向かい合う。
机には由花と私の弁当のおかずが置かれ、右手には箸、左手には弁当のご飯を持つ。
そうしてお互いのおかずをつつき合うのが私たちの昼食のスタイルだ。
「うん、やっぱり由花のおばさんが作る卵焼きはおいしいや」
「そうかな? 私はともっちのおばさんの作る卵焼きの方が好きだけどな」
「それ、甘いじゃん。 私、塩が入ってるほうが好きなのよ。まったく、何度言っても変わらないんだもん」
「私は甘いほうが好きだなぁ」
「ゆっこ、超甘党だしね」
「ええ? そんなことないよ」
「ふうん。じゃあお訊ね致しますけど、ゆっこさんはお紅茶にお砂糖をいくつ加えるのかしら?」
「う〜ん、これくらいかな?」
彼女が左をパーにして、更にチョキにした右を重ねる。あくまで表情は真剣に。
それを超甘党と言わずして何を超甘党というか、この娘は 。
私は目を細めて「ハンッ!」と鼻を鳴らして、さっさと食事に戻る。
由花はきょとんとして、でもすぐに食事を再開した。
私たちがいつも通り、そんな他愛のない会話をしている間にクラスには活気が満ち溢れていた。
しかし次の瞬間、クラスの空気が緊張したものに変わる。
戸口を見ると転校生がカバンを手にクラスを後にするところだった。
彼女がクラスから消えると今起こった静寂がウソのように再び活気がクラスに戻ってく
る。
由花が片肘をついてつぶやいた。
「なーんかあの子、このままいくとちょっとしたやっかいものになりそうだね」
そういって、紙パックのストローをくわえる。白い繊細な喉元が小さく揺れる。
私はぼんやりとそれを眺めると、静かに食事を再開した。
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