登校時間 智香

 朝倉智香あさくらともかがクラスに入ると案の定、クラスは転校生の噂で持ちきりになっていた。

 友人の小松由花こまつゆかが私に軽く手を振っていた。

 それに手を挙げて応え、ロッカーから置き勉している教科書を選び出し、机の引き出しに突っ込むと彼女のもとへ向かった。


「おはよ、ゆっこ」

「おはよ、ともっち。あのね、旭さんの話だと転校生って都会の女の子らしいよ」

 旭とは、別名 『旭新聞』と呼ばれる学園情報屋の夏目旭なつめあさひのことだ。

 持ち前の行動力と大人顔負けの物言いで校内の様々な情報を収集し、クラスメイトたちにSNS等を通じて発信している。

  大人しくしていれば美人だが、その強烈な性格故、男女ともに彼女に近寄ろうとする生徒はあまりいない。


「へえ、都会の女の子ってことはおしゃれな子なのかな?」

「きっとそうだよ。ねえ、やっぱりブランドものの香水とかつけてたりするのかなぁ?」

「香水か、うん、ファッション誌に載ってるのとか持ってるかもね」

「それにさ、絶対、ディズ◯ーシーやランドに何度も遊びに行ってるよねぇ!」

「うん、きっと行ってるね」

「早く来ないかなぁ」

 そうして彼女は頬杖をつき、天井をぼうっと見上げる。きっと彼女の視界の中ではファション誌に掲載されているカワイイ女の子や大好きなドナルドダックが映っていることだろう。

 彼女はときどきそうやって、想像のキャンパスを広げ、妄想にふけるくせがあった。

 背が低く、大きな丸い瞳を持ち、ころころと表情を変える彼女。それは中学時代に知り

合って以来、なにひとつ変わっていない。そんな彼女を見るのは微笑ましくもあり、少し

憎らしくもある。


 私はときどき彼女に向かって大声で叫んでやりたいと思う。

 あのね、あんたが思ってるほど世界はきれいでも単純でもないんだよ、と。

 けれど私はいつも口を閉ざしてしまう。別に彼女を悲しませたり怒らせてしまうのが嫌だからではない。私の中にある何かが、それを思い留まらせているのだ。


 ドアが開き入って来た担任が開口一番。

「みんな、今日から転校生が入るわよ」

 担任の一言で騒いでいたクラスが水を打ったように静まり返った。

 その瞬間 、わたしも由花もみんながみんな、息を飲んで担任の立つドアに視線を集中させているのがわかった。

 担任が廊下に立っている子に話しかけている。胸がどきどきした。

  廊下の子は戸惑っているのか、しばらくすると担任が廊下に出て行ってしまった。廊下側の生徒は今窓を開ければ、転校生を見ることができるだろう。でもそうしなかった。たぶん、そのときの彼らにはそんな選択肢など思い浮かばなかったんだろう。いや、例えそう思ったとしてもしなかったかも知れない。

 再びドアに立った担任は廊下の人物に一言二言何かを話し、教室に入って来る。

 入って来た担任の背に隠れるようにして、転校生は私たちの前に姿を現した。

 指を鳴らしたのは、きっと、旭新聞。

 転校生は、女の子だった。

 由花の席を見ると、彼女の肩ががくんと垂れていた。

 正直、わたしも少しがっかりしていた。別に都会の子がみんなおしゃれでかわいいとは思っていないけど。それでもやっぱどこかで期待していたんだ。

 前髪は眉毛よりやや上にあり、くせっ毛のためか先端がぴょんぴょんと跳ねている。耳もとがはっきりと見え、周囲の髪はシャギーを入れたのか、やや不自然な形でそろっていた。

 おしゃれらしき点はそれくらい、あとはまんま生徒手帳から出てきたような服装。

 そりゃあ初日から校則違反をしてくるなんて誰も思ってはない。けど、そうした中にも『都会の子』っていう雰囲気くらいあるだろうと思ってたのに。

 これじゃ、田舎者の私たちと同じだ。その上、担任の後ろをこそこそと歩いたりしてるし……ああ、見た目以前の問題か。

 そう思い、更に力が抜けた。

 転校生は見ているこちらのほうが気の毒に思うほどにガチガチで、俯いたまま顔を上げようとしなかった。

「東京都豊島区から来た瀬川日和さん。みんな仲良くするのよ」

 そう早口に告げて、担任はチョークを持ったまま腕を組む。               

 それは担任の思考するときのクセだった。

 クラスをぐるりと見回していた担任と、目が合うと、担任がひとつ頷いた。

 私、ですか? 

 思いながら自らを指差し確認する。

 担任はもう一度深く頷いた。

「瀬川さんの席は朝倉さんの隣よ」

 彼女にわかるように軽く右手を挙げる。

 私と目が合った彼女は慌てて顔を背けた。

 彼女のための机とイスの用意が終わるのを見計らい、担任の一声で朝の会が始まった。

 


 そうして私たちと転校生との学園生活は始まった。

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