33

 まず拳を振るったのは、鷹一だった。

 彼の使う截拳道ジークンドーは、祖であるブルース・リー曰く。

 相手を六秒以内に無力化することを念頭に置いた武道である。


 そのため、相手の不意をついて攻撃するという手段が豊富だ。


 だからこそ、先んじての攻撃を選択した。


 それに、ソフィアがプロレス使いであるということも理由に大きく絡んでいる。


 つまり、ソフィアの選択肢は、大ぶりの打撃。

 あるいは掴みからの投げか、極めの選択肢のみ。

 鷹一の取るストレート・リードの構えは、敵と相対した時点で、あとは放つのみという状態にしているという利点がある。


 つまり、掴んで、相手を崩して投げる(あるいは決める)で工程が三つ必要なのに対し。

 鷹一は、あとは撃つだけでいいという状態になっている。


 鷹一の想定通り、ソフィアは手を伸ばし、鷹一の首元を掴もうとしてきた。

 しかし、鷹一はすでにソフィアの鼻めがけて拳を放っている。


 鷹一に想定外があるとすれば、それは、ソフィアが避けなかったこと。

 右拳ストレートが、ソフィアの顔面に鈍い音を立てて突き刺さった。


 避けるつもりで当たってしまうことと、最初から当たるつもりだったのでは、与えられるダメージが違う。


「プロレスは、相手の攻撃をすべて耐え抜く格闘技ですよ?」


 鼻から鮮血を流し、苦悶に瞳を濡らしながらも、ソフィアは右の掌打で、鷹一の顔面を捉えてふっとばした。


「うグッぉ!」


 鷹一の体が空中に浮き、腰を無理やり回転させて、着地しようとする。

 が、そこはジェットコースターのレールの上。


 着地しようにも足場がなく、鷹一の右足が、隙間から抜け落ちそうになった。


「うぉあ!?」


 全身を一瞬浮遊感が支配し、慌てて鷹一はレールを掴んで、その場に留まる事ができた。

 そして、慌てて立ち上がるも、


「まだまだ行きますよぉ!」


 という、その掛け声と同時に、今度はソフィアがジャンプして鷹一を飛び越えた。

 一瞬、ソフィアの姿が鳥に見えるかのような軽やかさに、思わず見とれてしまう。


 が、振り返ることすら困難な足場で、背後を取られるということはどういうことか。


 それは――。


 抵抗も難しいまま、まるで後ろから抱きしめるように、ソフィアはチョークスリーパーホールドで、鷹一の首を締める。


「グゥ……ッ!」


 鷹一の頭への血流が滞る、徐々に視界が狭くなるような感覚に襲われ、ソフィアの分の体重も支えなければならないため、鷹一は一瞬よろめき、バランスを入れようと力もこもる。


 環境と、そしてソフィアのホールドにより、鷹一は動けなくなってしまった。

 見えない鎖に縛られているように。


異能力オルタビリティを使うまでもなかったですか……ね?」


「にゃ、ろぉ……!」


 鷹一は、にやりと笑い、ホールドしているソフィアの右手に手を伸ばし、その親指を思い切りひねった。


「痛ッ!」


 ソフィアはその痛みによって、本能的にホールドを解いてしまった。


 そして、鷹一は素早くレール上で片足を軸にして回転し、回し蹴りを叩き込んでソフィアを突き放す。


「おわっとと!」


 たたらを踏むように、ソフィアは危うくバランスを取る。

 それは天性のバランス感覚を持つソフィアが見せた、わずかな隙。

 それを逃すほど、鷹一は未熟者ではなかった。


 しかし――


「足元、気をつけた方がいいですよ?」


 と、ソフィアの言葉に、一瞬足元を確認してしまう。

 ここまでの攻防で、足元が不確かなことに対する不安がよぎってしまったことが、鷹一の行動を誘発したのだ。


 その一瞬の隙を射抜くように、ソフィアの掌底が鷹一のみぞおちに突き刺さった。


「かっ……ハァァ……ッ!」


 呼吸が漏れる。

 そして、呼吸とは、活動するための原動力である。


 例えば、鋭いパンチを放とうとする際に「シッ!」と強く鋭く息を吐くように。

 締め付けようとすれば、大きく息を吸って止めようとするように。


 呼吸を吐かせてしまえば、止めてしまえば、一手遅れさせることができるのだ。


 ソフィアが掌底をみぞおちに叩き込んだのも、その一手の遅れが欲しかったから。

 組み付く時間を稼ぐために。


 投げ極めの王道である柔道は当身、打撃が禁止だが。技を極めるために打撃でひるませることは効果的だ。

 

 ソフィアの実践的なルチャミーツランカシャースタイルは、打撃も積極的に活用する。


 結果、鷹一の動きを止め、フロントチョーク――脇で首を挟み込むように締める技を極めることができた。


「ふ――ッ!!」


 息を吸い、そして前身の筋肉を硬直させるソフィア。

 ここで勝負を決めるための、全力のフィニッシュホールドである。


(まずい、まずい……!)


 鷹一は混濁する頭で、脱出するための手段を考える。

 だが、締めは完璧だった。

 両腕を動かそうとすればできないでもないが、しかし大ダメージを与える方法はない。

 ソフィアが全身に力を入れている以上、その肉の鎧を貫通するための打撃を放つことはできないのだ。


 今の打撃じゃダメだ。


 鷹一は、霞む目を動かすも、しかし視界はコースターレールの下しか見えない。


(いや……仕方ねえか……!)


 どうせこのまま負けるくらいなら、と。

 鷹一はソフィアの腰に抱きつくように腕を回し、そして。


 二人共にコースターのレールから、落ちた。

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