32

 ソフィアに見つからないよう、慎重に身を隠しながら迷宮を出た鷹一。

 身を隠したことが完全に裏目に出たと見て、間違いないと思考し、ソフィアがどこにいるか、これ以上先手を打たれないようにするにはどうすべきかを思案する。


 そもそも、なぜソフィアは普段使っている異能力オルタビリティから変更したのかすらもわからないのだ。


 鷹一を格下だと認識しているからこそ、自分が得意としている異能力オルタビリティから変更したのか。

 それとも鷹一を侮れない敵だと認めて切り替えたのか。


 どちらにせよ、周囲もソフィアと鷹一がほぼ同格だと判断しているところからも、おそらくは後者であると考えるべきだろう。


 そして、であるならば、もっと警戒しなくてはならないことがある。


 使い慣れた第一の異能力オルタビリティから変えるということは、レイズタイムでの上乗せとはまた違った意味合いを持つ。

 第一の異能力オルタビリティを変えるということは、そのまま戦略が変わるということだからだ。


 少なくとも、いつものように銃型の異能力オルタビリティを使うのであれば、鷹一の視界には入っていただろう。


 つまり、鷹一を警戒し、まずは数で消耗させる策に出た。

 というのが、鷹一と、そして紅音の意見である。


 おばけ屋敷から出た鷹一は、すぐさま


「相手が銃で来ると思ってたから、奇襲しようと思っただけだ。銃じゃなくて召喚式の異能力だって言うんならよぉ!」


 そう叫びながら、両足に“正義の十字クロス・ロンギヌス”を巻き、硬化。

 スプリングにし、天高く飛び出した。


 お化け屋敷の屋根から、近くにあったフリーフォールに飛び、そこから更に高く、高く飛んだ。


 そして、視界に遊園地を収めることができるほど高く飛び、一望する。


 どこにソフィアがいるのかを探そうと、目玉をぐるりと動かすと、すぐに彼女は見つかった。


「いた――ッ!」


 どうやらソフィアは、隠れるつもりなどなかったようで、空高く飛んでいた鷹一に向かって、手を振っていた。


「舐めやがって……ッ!」


 忌々しげに舌打ちをしながら、鷹一はソフィアの前に着地した。

 そこは、なんとジェットコースターのレールの上だった。 


「よぉ、発情兎ドスケベバニー


「チャオ! 鷹一! やっぱり、隠れてましたね?」


「やっぱり?」


 ソフィアは、持っていた銀色のリボルバーをくるくると回しながら、鼻を鳴らすように笑う。


「私の対策練習をしていた時から、どんな策を取るかくらいは、こっちも想定イメージしてました! 私の苦手なところは、狭いところ。だから、きっと室内で待ち伏せすると思ってました」


「予想済、ってわけか……」


 やはり、手の内を見られたのはまずかったか、と鷹一は頭を掻く。

 そして、ステップを踏み、右拳を前にリードして構える。


「暁龍衣の構え……」


 ソフィアは、抑えきれないかのように口角が上げた。

 面白いことになるぞ、と想像している子供かのように。


 そして、持っていた銃の異能力オルタビリティを消し、拳こそ握っていないものの、ボクシングのように構えた。

 掴みが主体の、プロレスの構えである。


「鷹一? 一つ、お願いがあります。異能力オルタビリティなしで、少しだけ付き合ってくれませんか? 私が一番尊敬している選手は、暁龍衣ではありません。

 でも、暁龍衣がトップクラスの力を持っていたのは知っています。ほんのちょっと、味見させてください」


 真剣な表情のソフィアに、鷹一は考えることもなく“正義の十字クロス・ロンギヌス”を切っていた。


「そのお願いに乗ってやる必要はねえんだが。暁龍衣の名前出されちゃあ、話は別だ。やってやるよ」


「さすが、ウルハが気に入った鷹一ね! こんなとこで殴り合ってくれるなんて!」


 そう言って、ソフィアは腕を広げて、胸を張り、周囲を見ろと体全体で表した。

 それはつまり、数十メートルはあろう高さの、レールの上で本気で殴り合う気か? と、再度訪ねているのである。

 いくら互いに精神膜ドレスを張っているからといっても、無事で済む高さではない。


 全身の骨は折れ、激痛に苛まれるだろう。

 即死はせずとも、治療ポッドに入るまで、死ぬような痛みを味わうことになるのは必至である。


 そんなことを想像していない鷹一ではない。

 が、それでも、彼の言葉と目には迷いなどなかった。


「拳構えたら二言はねえよ」


最高ベニッシモ! どっかんと、素敵です、鷹一!」


 二人は、互いにレールを、ジェットコースターのように走り出した。

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