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 紅音の作戦を脳内に叩き込み、鷹一は全身のアンテナを張り巡らせ、そしてこっそり馬車の中から出た。

 紅音の作戦は、こうだ。


 位置の把握をするなら、監視カメラの映像を集めている守衛室に向かうか、高い位置からこっそり探すかが効率的だろう。


 だが、そもそも、わざわざ相手を探す必要はない。

 相手だって鷹一を探しているのだから、いつかは鷹一の元にやってくる。

 であれば、自分の有利な位置に陣取って、待っているのべきというのが、紅音の結論だった。


 では、鷹一に有利かつ、ソフィアに不利な場所はどこか。

 紅音が提示したのは、お化け屋敷だった。


 まるで怪物が口を開けて待っているかのような建物の前に立ち、見上げる鷹一。


「ここか?」


 AAAの亜空間は、実在の舞台になることもある。

 今回はそのパターンなのだ。

 悪魔迷宮と名付けられたそのお化け屋敷は、娯楽に疎い鷹一でもテレビCMで見たことがあるほど、有名なもの。


『ええっ。ここは通路が狭いですから、素早いソフィアさんの動きを制限できます』


 迷宮のようになっていて薄暗い上に、通路が狭い。

 ソフィアの飛び跳ねる戦法ルチャミーツランカシャーには、多少不利に働くはずだった。


『そこ、昔一度だけ行ったことあるんですよ。王ヶ城もスポンサーになってますから。怖かったな~……。今度、鷹一さんもどうですか? 夏休みになったら、ちょっとくらい遊びに行くっていうのは。隣接のホテルには温泉もあるんで、泊りがけで』


高校生ガキの内から二人でか? だったら天馬とかも誘って大勢で行ったほうがおもしれえだろ」


『……デートって二人じゃなきゃできないんですけど?』


「デートねえ……いつも寮じゃ二人きりだから別によくねえ?」


『特別な場所だからこそ出る、特別な雰囲気ってものがあるんですッ!』


 鷹一は言いながら、お化け屋敷に侵入した。

 血で汚れた壁、用途のわからない黒い布が垂れ下がっている天井が雰囲気を作っている。


 鷹一は、先んじてソフィアが侵入している可能性を考えて“正義の十字クロス・ロンギヌス”を床を撫でるように先行させた。


 その結果、とりあえず見つからなかったこともあり、鷹一は迷宮の通路に設置してあった棺桶の中にほんの少し隙間を空けて、外を見られるようにして身を隠す。


 奇襲はスピードが命。鷹一は、いつも拳にそうしているように、両足へマフラーの両端を巻きつける。

 両足のマフラーをとっさにバネに変えて、飛び出す作戦だ。


『ちゃんと入口だけでなく、出口の方も警戒してくださいね。営業してる遊園地じゃないんで、出口から入ってもいいんですから』


「わかってら」


 小声でそう返し、鷹一は交互に通路の来た道と行く道を見つめる。

 さすがにソフィアが探しに来るまで時間がかかるだろうと考えた鷹一は、せっかく本番前に温めた体が冷えてしまうことを心配してしまう。


 そして、五分ほどが経過したその時である。


 突然、ドスドスと、知性を感じない足音が、迷宮内に響いたのだ。


「……ああ?」


 違和感が二つある。

 一つ、ソフィアの足音にしては、重たすぎること。

 どう見繕っても、ソフィアの体格で出る足音の低さではないのだ。


 そしてもう一つが、待ち伏せの可能性が高い場所に踏み込んでいるにしては遠慮がなさすぎること。


 試合開始からすでに一〇分近くが経過している以上、待ち伏せの危険性は上がっている。

 そんな場所に、派手な足音を立てて入るだろうか?


 足音から判断できる情報、全てに違和感があった。

 だが、少なくとも今、鷹一にできることは、突っ込んでみることだけ。


 足音のする入り口の方に視線を向け、鷹一は、曲がり角から足先が出てきた瞬間に、棺桶から飛び出し、跳んだ。


 空中で姿勢を制御し、ドロップキックのような形で、曲がり角から飛び出してきたナニカに爪先を突き刺した――


「硬いッ!?」


 爪先から伝わってくるその感触に驚き、ただ感じたままを口にすることしかできない。


 暗闇の中、薄ら明かりから浮かび上がってきたその姿は、バニー姿のソフィアではなかった。

 その姿、どう見ても、ファンタジーアニメに出てくるような、トカゲと人間を混ぜた化け物――リザードマンだ。


「ええッ!?」


『そ、ソフィアさんじゃない!?』


 リザードマンは、その硬い鱗で阻んだ鷹一の蹴り足を掴み、鷹一を背中から壁に叩きつけた。


「ふぐッ……!」


 掴まれている右足ではなく、左足に巻いている“正義の十字クロス・ロンギヌス”を解き、ドリルを模した形にして左拳に巻き直す。

 

「なんだぁテメェは!!」


 右足を掴まれたまま、鷹一は尖った拳をリザードマンの胸に向けて突き刺した。


「ぶふぅッ……!」


 拳が突き刺さった瞬間、リザードマンの口から息が漏れ、そして、光の粒になって消えていった。

 それはつまり、鷹一を支えていた腕も消滅したということであり、鷹一は地面に落ちる。


「いててッ……。今の、異能力オルタビリティ、だよな……?」


 おそらくは、召喚するタイプの異能力。

 鷹一の脳内に、風間が使っていた“理想の騎士団サークル・ナイツ”がよぎる。

 だが、まだレイズタイムが始まっていないことからも察するに、“理想の騎士団サークル・ナイツ”よりも下位互換であることは想像に難くない。


 おそらく、耐久性であったり、召喚される以外の能力がないなどの制限が科されているはず。


「おい、紅音。ソフィアは銃使いじゃなかったのか?」


『……私達が、銃使いへの対抗策プランを練っていたから、変えたんでしょうか』


 確かに、やり方としては正統派だ。

 鷹一の好みではないが。

 自分の流儀スタイルを曲げるのは、その時点で半分負けていると、鷹一は考えているからだ。


『もう当たりはつけてると思いますが、相手は弱いモンスターを召喚するタイプの異能力オルタビリティを用意しているみたいですね……。この手のタイプは、弱くても多くの数を用意できるパターンが多いですから、多分待ち伏せ作戦は意味がなくなったかもしれません』


 言いにくそうに、なんとか言葉を紡ぐ紅音。

 通信の向こうで頭を下げているだろうほど、その声色には申し訳無さが滲んでいた。


 雑魚を何人倒そうと、勝ちにはならない。

 むしろ、待ち伏せしているところを人海戦術で押されて消耗させられるだけ。

 それならなりふり構わず、ソフィアを目指した方がいい。


 鷹一は覚悟を決めて、迷宮から出ることにした。

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