27

 一流のAAA選手の立ち振舞は、すべて計算づくである。

 暁龍衣からそう言われていた鷹一だったが、しかしその一端を味わったのは、校内対抗エキシビジョンのトーナメント表を見た時だった。


 夜雲とのスパーが終わってから、一週間後のこと。

 鷹一は、学校の時以外は、紅音と共に、スタミナ強化と技術向上の特訓を積んでいた。


 そして、その日は授業が終わり、一度ログハウスへ戻ってから練習をすべく学校の廊下を歩いていると、かつて夜雲のスパー募集の知らせが張り出された掲示板に、件のトーナメント表が張り出されていたのである。


「え、なにこれ……」


 そう呟いたのは、鷹一の隣に立つ紅音だった。

 そのトーナメント表に記されていた参加者は、どう見ても四人しかいない。


 夜雲、鷹一。

 そして、もう二人、鷹一の知らない参加者。


「おいおい、学内対抗トーナメントって……全校生徒が、エントリーすれば出れるんじゃねえのか?」


 鷹一の問いに、トーナメント表から目を離さないまま、頷いて答える紅音。


「それに、これだけか?」


「いくらなんでも、おかしすぎます。毎年、予選からって聞いてたんですけど……」


「……これ、予選か?」


 が、鷹一の目にも、トーナメント表の一番上に書いてある“学内対抗本戦”という文字が見えている。


 第一試合、朝比奈鷹一 対 ソフィア・カッティーニ。

 第二試合、妃乃宮夜雲 対 藤金太。


 互いの試合の勝者が、決勝をするという枠組みになっているらしい。


「ソフィア・カッティーニ……?」


 鷹一は、多分外国の女だよな。と想像してみる。

 どんな相手なのだろう、と。


 外国でもAAAは盛んだ。

 今となっては、エンターテイメントの本場、ラスベガスでもその試合が行われている。


 そんな中で、日本はレベルが高いこともあり、三条学園には外国からの留学生がやってくることも、少なくない。


 と言っても、それを鷹一が知っているわけではないのだが。


「……外国の選手か。日本のAAAとは、また違った戦いをすんのかなあ」


 と、小声ながらも、はずんだ声音の鷹一。

 夜雲との戦いの前に、一つでも多くの戦法を見ておくのは悪いことではないからだ。


「へ~! 鷹一くんの相手、ソフィアなんだぁ」


 急に、鷹一の背後から声がしたかと思えば、背中に柔らかいものが触れ、そして、頭頂部に硬いものが乗っかった感覚に襲われた。


「な、なんだ!?」


「ソフィアは強いよぉ。二年の有望株ホープだからねえ」


「や、夜雲ちゃん!?」


 紅音の声で、鷹一に背後から抱きついているのが、夜雲であることがわかった。


「妃乃宮先輩か……。なんで抱きついてんだ?」


「なんだよぉ。私みたいな美人から抱きつかれたら、喜ぶ方が先じゃない?」


 鷹一の頭頂部を、顎でグリグリと撫でる夜雲。

 そんなユーモラスな振る舞いとは裏腹に、鷹一は少しだけビビッていた。


(……気配も感じさせねえで背後に忍びよりやがって。やっぱ、立ち振舞からして不吉だぜこの人は)


「離れてください夜雲ちゃんッ! 私もそんなことしたことないのに!」


「そこじゃねえだろ」


「いやん、冷静~」


 夜雲は、そう言いながら鷹一の背後から離れる。

 そして改めて、鷹一は夜雲と向かい合う。


 制服を着崩している彼女は、そのプロポーションもあって、どこかコスプレのようでもあった。


「やっほ、紅音に鷹一くん」


 片手を挙げ、だらしのない笑みを浮かべる夜雲。


「いやぁ、こうも上手くいくなんてねえ。ちょっと、みんなのガッツを過大評価しすぎたのかな?」


「……どういうこった?」


 鷹一は、したり顔の夜雲に対し、警戒を崩さないまま尋ねる。


「いやね? この間のスパー募集。あれ、楽して校内戦勝ちたかったからさ。人数減らすために開催したんだ。私の強さを、改めて思い知らせるためにさ」


 今回の校内対抗戦は、多くの生徒にとって名をあげるチャンス。

 かつての夜雲がそうしたように、今後プロとして生活していくことを目指すのなら、一つでも勲章は多いほうがいい。


 しかしそれは逆に言えば、大会には多くの人間が参加するということでもある。


 当然、そんな大会の優勝候補である夜雲が、試合前にスパーをしてくれるというのなら、あの戦いは全校生徒が見ていた。


 鷹一以外の生徒も惨敗した、あの試合を。


 当然、そこにはすでに有名な生徒タレント達もいた。

 が、そんな彼らでさえ、夜雲には敗れ去ったのである。


 見ていた観客たちのほとんどが、思った。


『妃乃宮夜雲には、勝てない』と。


「まあ、校内戦に出るのは、大抵身の程知らずカエルの一年だからね。正直、時間取られるから、今は遠慮してほしくってさ。プロ入りの準備もあるし」


 喉の奥で、押し殺すように笑う夜雲。


「……オレとの戦いは、魚の小骨抜きってか?」


「いや、手間を減らしたかったのは否定しないけど。戦いそのものは楽しんだよ。いやあ、今年の一年は、面白いのが多くていいねえ。鷹一くんを筆頭に、飛騨くんと風間くんだっけ? 順当に経験を積んでいけば、いい選手プレイヤーになると思うよ」


「けっ。どこまでも上から目線だな、妃乃宮先輩。……決勝で待ってろ。下からの景色も味あわせてやる」


「痺れる殺し文句キラーワードだねえ……。私に対して、そんな口利く学生、ちょっと心当たりないなあ」


 そう言いながら、夜雲は鷹一に抱きついた。

 接近を許さないように警戒していたはずなのに、すんなりと。


「それじゃ、決勝を楽しみにしてるよ。チャオ~」


 去っていく夜雲の背中を見ながら、鷹一は一つ、夜雲の強さを感じ取った気がした。

 夜雲の強さは、その感情を気取らせない、ポーカーフェイスも骨子の一つなのだと。


「クソが。興奮してきたなぁ」


 鷹一はそう言いながら、一瞬体が震えた。

 大事の前の武者震い。夜雲が倒れた時を想像するだけで、達成感という脳汁アドレナリンが漏れたのだ。


「……鷹一さん」


 隣の紅音が発した低い声に、鷹一は「おいおい」と呆れるように笑いながら言う。


「ビビったわけじゃねえよ。逆に燃えてきた」


「そんな心配してません」


「えっ」


 心配してたんじゃないのか、と鷹一は少しだけ恥ずかしい気持ちになった。

 並の人間よりも、紅音と居る時間が長かったので、それなりに考えていることがわかる気になっていたのが自惚れだったことが意外だったのだ。


「んじゃなんだよ?」


「夜雲ちゃんに抱きつかれて、デレデレしてませんか」


「してねえわッ! 興奮って、そういう意味じゃねえぞ! オレが対戦相手にデレデレするように見えるか!?」


「うう……夜雲ちゃんは気安い人だから、勘違いしちゃダメですからね……」


「なんで泣きそうなの? 怖いんだけど……」


 鷹一は、深い溜息を吐いてから、紅音の肩を軽く叩き、廊下を歩き出す。


「オレの最強ザ・ワンを邪魔するやつは、全員敵だぜ。んなことより、とっとと練習だ」


「ならいいですけどッ!」


 不機嫌そうな紅音の声に、鷹一は呆れつつ、二人でログハウスへと戻る。

 その日の練習は、いつもより厳しい気がした。

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