2『板の上の魔物』

26

 夜雲に負けて、鷹一と紅音は正式にトレーナー契約を結んだ。

 目標は、夜雲に勝利すること。

 そして、そのために、二人のロッジハウスに帰り、紅音が用意してくれた夕飯を食べながら、今後のことについて話し合うことにした。


「……まず、鷹一さんの弱点を補強しないと、夜雲ちゃん相手には話にならないということがわかりました」


 紅音は、鷹一の向かいに座り、自らが作った唐揚げを小さくかじり、咀嚼をする。

 前までなら「オレに弱点なんてあるわけねえ」と嘯いただろう。

 しかし、今は紅音と正式にパートナー契約を結んでいる。

 だからこそ、鷹一はその言葉を、素直に受け止めた。


「実際に話にならなかったからな」


「ええ」


 紅音は、普段こそ「鷹一が最強ザ・ワンになる」と言っているが、こういうときには冷静クレバーなのだ。


 さすがに、ちょっとくらいは慰めてくれてもいんじゃねえのか、と思いつつ。

 黙って鷹一は、紅音の言葉を待った。


「鷹一さんには、戦略の幅が少ないですね。というか、使える武器の少なさが、もったいないようにも感じますね」


 紅音が言っているのはつまり“正義の十字クロス・ロンギヌス”という、変化に富んだ異能力オルタビリティを使うのであれば、もっと変化の幅をもたせるべきだ、ということだった。


「これまで、鷹一さんは、拳にまとわせたり、盾にしたりバネにしたりくらいしかしてませんよね? あ、“この身に太陽をジービート”で、突撃槍ランスにしてたのもありましたね」


「とりあえず、龍衣からは「その三つが基礎」って言われたからな。防御が攻撃を活かす、ってのが、龍衣の教育方針だったからな」


「なるほど……」


 言いながら、紅音はメモを取っていく。

 今後の鷹一の指導方針を考えているようだった。


「暁龍衣は、もっといろんなものに変化させてましたよね?」


「ああ。パッと思いつくだけでも、剣とかランスとか」


「イメージで語られるより、意外に拳だけで戦ってなかったんですよね」


決着フィニッシュが拳なことが多かったからな」


「でしたねぇ。でも、そこに至るまでの組み立てが、暁龍衣はうまかった」


 勝負所でジャブを放つ人間などいない。

 得意とする、最も撃破率の高い拳を繰り出そうとするものだ。

 最後に、気持ちのいい技で決めるために、幾重にも技を積み重ねる。


 龍衣は“正義の十字クロス・ロンギヌス”を、様々な武器に変形させつつも、最後に放つのは大体リードストレート。

 誰しもが龍衣の右を警戒したものの、彼女にはまだ奥の手があるのではないかと警戒してしまい、結局彼女のリードストレートで食われるのだ。


「鷹一さんには、まずその境地を目指してもらわないとですね。でも、そこで満足してもらっては困ります。鷹一さんは、暁龍衣の、二冠ダブルを超えるんですから」


「ああ。目指すのは最強ザ・ワンだけだ」


 そう言いながら、鷹一は目の前に置かれた食事を、次々に放り込んでいく。

 紅音特性の、体を増量するための、高カロリー高タンパク食である。

 異能力オルタビリティを発動させている間、男女差や体重差というものは存在しない。

 なぜなら、異能力には身体能力向上の効果と、精神膜ドレスによる防御がセットだからだ。


 しかし、筋肉を増やすことは決して無駄にはならない。


 強くなるために、筋肉を増やすことは最も単純かつ効果的。

 続いて技を覚え、実践の中で技の組み立てを覚えていく。

 これが、強くなるための方法である。


「で、鷹一さん。もう普通の戦いじゃ、しばらく夜雲ちゃんは受けてくれないと思うんです」


「それは、そうだろうな」


 反抗する言葉を言おうとするも、その言葉に勝てる要素がゼロだったことを途中で気づいて飲み込む鷹一。

 確かに、自分が夜雲であれば、勝った相手にスパーをする理由がないのだから。


「次に妃乃宮先輩とやるには、無視できない存在になるしかねえか。……妃乃宮先輩以外の三年、全員ぶっ倒すか」


「いつかはやってもいいかもしれませんけど。そんなことしなくてもいいんですよ。……一ヶ月後、校内対抗エキシビジョンの大会があります。それに、鷹一さんをエントリーしておきましたよ」


「その大会に、妃乃宮先輩が出るのか?」


「ええ。今、夜雲ちゃんは、プロデビューに向けて追い込み中です。期待をかけられた選手として、この学校に敵なしの状態で卒業するためでしょうね」


 一ヶ月。

 繰り返すように、鷹一は口の中で小さく呟いた。


 夜雲にリターンマッチができる、確実な機会はそう多くない。

 少なくとも、鷹一が逆の立場なら“一度倒した圧倒的格下の相手”とは、新たな旨味がなければやらないだろう。


 なぜなら、実力差があれば、それだけ大きな怪我をさせる可能性があるからだ。

 誰だって、誰かのトドメを差すことなんて避けたい。


 もっと言うなら、鷹一の師匠が不吉に映る。

 AAAの中でも、トップクラスの事故で引退した選手の戦法を使っているのだから。


「一ヶ月で、あの化け物とやりあえるようになれってかぁ」


「おやおや。鷹一さんともあろうお方が、弱気な声音ですねえ」


「明日からは強気で行くさ。が、負けた当日くらいはな……」


 鷹一は、そう言って、唇を濡らすように味噌汁をすすった。


「あのどうしようもなさは、正直言ってちょっと衝撃だったな……。シラットの動きに翻弄されっぱなしだった。つうか、多分あれって、本命の異能力オルタビリティ使ってないよな?」


「ええ、出してません。と言っても、夜雲ちゃんはレイズタイムから本格的に動き出すタイプのスロースターターですから」


「ふうん……。あの人の実力なら、レイズタイムまで待つことはないと思うが」


「なんにしても、一ヶ月しかないですからね。鷹一さんがすべきことは、暁龍衣の戦法の完成度を高めることです」


「わかってら。龍衣の臨機応変テクニック……モノにしてやる」


 鷹一の脳内に、龍衣が修行中に放った金言が再生された。


『私の武器は、たゆまぬ工夫。相手が誰であれ、絶対にその壁を越える方法がある』


 それは、まさに今の鷹一にとって、蜘蛛の糸となる言葉であった。

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