28

  ■


 ジャージにマスクをした鷹一は、自らの住まうログハウスの前で、天馬と向かい合っていた。

 様々な武器の扱い方と、経験を積むために、天馬に模擬試合を頼んでいたのだ。


 紅音はそれを離れた場所で見ており、首にかけているホイッスルを吹き鳴らす。


 瞬間、天馬と鷹一は互いに異能力オルタビリティを発動。

 鷹一は、天馬に向かって走り。

 天馬は、鷹一から離れるべくバックステップ。


 それは、互いの利害が一致しないことを示していた。


 天馬が選んだ異能力オルタビリティは、マスケット銃型のもの。

 どう考えても、中遠距離ミドルロングレンジで力を発揮する能力を持っている。


 “正義の十字クロス・ロンギヌス”のお陰で機動力が優れる鷹一ではあるが、それでもなお中遠距離ミドルロングレンジを詰めるのは手間。


 捕まえられる内に捕まえるに越したことはない。


「こっち来んな、よッ!!」


 下がりながら、天馬は銃口を鷹一に向け、引き金を絞る。


 鷹一は、正面にマフラーを硬質化させた盾を張り、そのまま放たれた弾丸を防御。

 そして、拳に巻いていたもう片側を、蹴り足にまとわせることにより、一気に距離を詰めつつ、盾をどける。


 だが、その瞬間、天馬は、バックステップからサイドステップへと切り替える。


 鷹一の盾に弾かれた弾丸は、正面へと弾かれ、そして、先程まで天馬の背後にあった木の幹に当たり、再び鷹一へと反射した。


「なにッ!?」


 反射的に、鷹一は右拳で弾丸を迎撃。

 すると、その弾丸は、まるでスーパーボールを殴ったかのように、抵抗なくそのまま跳ね返った。

 そして再び、木の幹へと向かっていき、跳ね返り、鷹一の額に返ってくる。


「あがっ!?」


 おそらく、鷹一が殴った分加速し、少しだけ威力を増しているのか、鷹一は仰け反ってしまう。


 それを確認した天馬は、銃をひっくり返って持ち、鷹一に向かって一気に踏み込む。

 そして、台尻で鷹一の横っ面を殴った。


「――ん、のヤロッ!!」


 鷹一は殴り返そうとするも、その拳は空を切る。

 天馬はすでに、鷹一の射程範囲から脱出し、再び銃を撃っていた。


 殴って跳ね返したところで、また返ってくるかもしれない。

 そう思った鷹一は、躱すことを選択し、頭を振ってダッキングして弾丸を躱す。


 しかし、今度は背後の木から跳ね返ってきて、鷹一の腰に叩きつけられた。

 ミシッ、と骨が軋むような音が体内に響き、鷹一は痛みに負け腰を抑えようと手を回そうとする。


「もうワンチャンッ!」


 再び、天馬は鷹一へ接近。

 だが、彼が一撃離脱ヒットアンドアウェイを狙っていたことくらい、すでに察している。


 腰を抑えようとしたのは、誘い。

 天馬が踏み込んできた瞬間、鷹一も踏み込んだ。


 すでに右拳は“正義の十字クロス・ロンギヌス”で保護フォローしている。


 その右拳で、銃を狙い、アッパー気味のフックを放つ。


「おおっと、甘い甘い!」


 天馬はその瞬間、ほんの少しだけジャンプし、両足を地面から離す。

 拳が銃とぶつかった瞬間、体の力を抜くことにより、鷹一の拳にその身を任せ、衝撃を逃したのである。


「マジかッ!」


 まるでカーテンを殴った時のように、ほんの少し天馬の体が押し戻される。


 こそ、想定外ではあったが、躱されることは、想定内。


 鷹一の拳に巻かれていた“正義の十字クロス・ロンギヌス”が解け、天馬に向かって伸びていき、天馬を拘束。

 そして、硬質化し、一気に引き寄せる。


 鷹一は、拳を握り、引き寄せた天馬へ向けて、拳を振るった。


「……ここまでか?」


 天馬の顔面、その紙一枚のところで、鷹一の拳が止まった。


「あっ、ああ……。さすがは、鷹一」


「いや、天馬もなかなかやるな。あの一撃離脱ヒットアンドアウェイ戦法、なかなかの鬱陶しさだった」


「鬱陶しいってひっでえなあ」


 ケラケラと笑う天馬の肩に、鷹一は拳を添えるように突き出した。

 その時、遠くから駆け寄ってきた紅音が、二人の間に立つ。


「飛騨さんの戦法、基本に忠実な銃型で、勉強になるでしょう?」


「ああ。……正直、ちっとナメてたな」


  天馬の戦い方は、銃と杖術のミックス。銃型の異能力オルタビリティは、精神膜ドレスの影響もあって、近接武器と攻撃力にそこまで差はない。

 だからこそ、先程の天馬がしていたように、牽制気味に銃弾を放ち、接近して一撃を食らわせるというのが、銃使いの戦い方の基本なのだ。


 そして、次に鷹一と戦う予定のソフィア・カッティーニも、銃使いであるという情報を、紅音が仕入れていたからこそ。こうして対策のために、天馬とのスパーをしていたのだ。


「でも、鷹一さん、珍しいですね? ソフィア・カッティーニの対策を立てたいだなんて」


「ああ。妃乃宮先輩の時は、対策なんて立てないで、真正面からぶっ倒すって気だったが。思い上がりもいいとこだったからな。しっかり対策して、次は負けねえ」


「なるほど。とってもいいことですね。情報のアドバンテージと、日頃の練習が、鉄火場での踏ん張りを分けますから」


「ソフィア先輩とやらが、銃使いってこと以外の情報はないの?」


 天馬は、持っていたマスケット銃をしまいながら、口を挟む。


「んー、そうですねえ、他には……」


「身のこなしの軽さは天下一品、稀代の美貌プリティフェイスに、舞台女優ショウウーマン!」


 三人の頭上から、そんな声が降り注ぐ。

 何だ何だと、三人は頭上を探すと、鷹一がその発信源を見つけた。


 三人の近くで伸びる、木の枝。

 そこに、金髪碧眼ゴールドブルーの、バニー姿の少女が立っていた。


「……えっ」


 声がした段階で、鷹一は別に何かを想像していたわけではない。

 が、そのあまりにも意外すぎる姿に、思わず「想像と違う」としか思えなかった。


「な、なんだ? あの発情兎ドスケベバニーは?」


 天馬がそう言うと、紅音が「あっ、ソフィア・カッティーニ……!?」と驚きで声が漏れたように言った。


「え、アレが!?」


「アレ、とは失礼な。――とうッ!」


 紅音にソフィアと呼ばれた少女バニーは、高い木の枝から飛び降り、くるりと身を翻して着地した。

 それを、ハイヒールでやってのける、抜群の運動神経に、鷹一は思わず絶句してしまう。


「チャオ! 鷹一! ソフィア・カッティーニ。どっかんと! よろしく!」


 鷹一は差し出された手を握り「どーも、ソフィア先輩」と軽く会釈をした。


「で。ソフィア先輩が、なんでこんなとこに?」


「ん~……が気にかけていた、朝比奈鷹一が、どんなのか見に来た!」


「ウルハだぁ?」


「えっ」紅音は、その名前に聞き覚えがあるらしく、唖然とした表情になる。


「う、麗羽ちゃん、って……」


 自分の知っている麗羽なのか、確かめようとしたのか、ソフィアに声をかけようとした時。

 遠くの葉がカサカサと揺れて音が鳴る。


「ソフィア~! なんで先に行くのよぉ。私、体力無いんだってぇ!」


 そして、茂みをかき分けて出てきたのは、明るい茶髪の、ツーサイドアップ。ブレザーを腰に巻いた、ギャル風な少女だった。

 身長は、一六〇後半ほどはありそうで、女性としては長身の部類に入る。


「おっと! ごめんなさい、麗羽ウルハ!」


 ソフィアはそう言って跳躍し、一足飛びでその少女の隣に立った。

 距離にして、一〇メートルほどはあったというのに、だ。

 いくら異能力オルタビリティを発動させて、身体能力フィジカルを向上させていたとしても、尋常ではない距離だ。


「ほ、ほんとに、あの麗羽ちゃんだ……」


 紅音のつぶやきに、鷹一はソフィアから視線を切らずに「誰だ」と聞き返した。


帝刻院麗羽テイコクインウルハ。私と、夜雲ちゃんと同じ、御三家トライデントです」


「えぇッ!?」


 驚きの声をあげたのは、天馬だった。

 御三家を知る人間なら、それが当たり前の反応である。

 現代日本を作った、財閥の末裔、その二人が目の前にいるのだから。

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