18

 叩きつけられた扉が開いたのを、背中の感触で感じる鷹一。

 ボタンを押していた屋上に到達したらしく、鷹一はエレベーターから転がり出るように脱出した。


「ぉ……ッ! かぁ……!」


 みぞおちを打たれたせいで、呼吸がままならない。

 呼吸を整え、そして異能力オルタビリティを発動するための時間を得るために離れなくては。


 その思いで、必死に地を這いつくばり、夜雲から距離を取った。


 しかし、夜雲は追いかけて来ない。

 ギアを操作し、パネルを出現させ、デコピンをするかのようにパネルを叩き、二振りの三日月のようなナイフを取り出した。


 それは、カランビットナイフと呼ばれるナイフだ。


 なんとか鷹一は立ち上がり、ギアを叩いて、素早く“正義の十字クロス・ロンギヌス”を発動させた。


 鷹一の首に、長く赤いマフラーが巻かれる。

 そして、いつものように右側を保護フォローし、左側は掴むだけ。

 暁龍衣の構えスタイルである。


「噂には聞いてたけど、本当に暁龍衣の構えなんだね? 右拳に全幅の信頼をおいた截拳道。楽しみだなぁ~!」


 生かしといたのは、あくまで暁龍衣を体験したかったからか、と舌打ちする。

 弱者は、強者の都合のいいようにしか生きられない。

 それは鷹一もわかっていたことではあるが、しかし納得オーケーはできなかった。


「オレは、龍衣アイツじゃねえ。朝比奈鷹一オレだ!」


 鷹一は、左手に握り込んだマフラーを鞭のように夜雲へと振るう。

 龍衣が、中距離ミドル・レンジでよく利用した、ウィップ・ジャブという技だ。

 ジャブの要領で、硬度を操作した“正義の十字クロス・ロンギヌス”を相手に向けて放つ。


 夜雲は、その鞭をナイフの刃で絡め取る。

 瞬間、その華奢の体躯のどこに詰まっていたのかと思うほど、背中の筋肉が盛り上がり、


「フンッ!!」


 という掛け声と同時に、まるで引っこ抜くように、鷹一を引き寄せる。

 鷹一は、同体型の男に比べても筋肉分重い。

 それに。鷹一もその筋肉で抵抗している。

 だというのに、まるで釣り上げられた魚のように空中へ投げ出される鷹一。


(レスラー並の筋力フィジカルとは聞いてたが、ふざけんなッ! どう考えてもそれ以上だぞ!?)


「“離別の死リモート・サイス”!」


 空中にいる鷹一へ向けてナイフを振るうと、刃が外れ、鷹一に向かって風を切りながら飛んでくる。


 夜雲が選択した異能力オルタビリティ

 “離別の死リモート・サイス

 下級Dクラス異能力オルタビリティであり、能力は単純。


 刃をブーメランのように飛ばすことができるというものであり。その破壊力は、使用者の筋力に依存する。


 下級Dクラスであろうと、使う人間が一流トップであれば、十分な脅威になるのだ。


 鷹一は、マフラーを操作して夜雲の腕から解き、渦を描くような形で固定し、盾を作り飛んできた刃をガードする。

 しかし、空中でガードしたこともあり、その威力にふっとばされてしまう。


「うぉッ!」


 鷹一はすぐに、螺旋状ドリルにしたマフラーを地面に差し、ふっとばされるのを防いだ。

 まるで、台風と戦っているかのよう。


 何をしても、暴力的なまでの腕力にふっとばされる。


「まだ、妃乃宮先輩の格闘技アーツすらわかってねえんだぞ……!?」


 地面に着地し、そうつぶやく鷹一。

 その言葉に反応したのは、この場にいない、紅音だった。


(……夜雲ちゃんの使う格闘技は、シラットです)


 それは、精神通話テレパスで頭の中に響いた言葉。


(シラット? ……聞いたことだけはあるな)


 中東で生まれ、世界的に広まったシラットは、多くの技術を取り込み、数多くの流派が存在する。

 様々な技術を吸収する、という点は截拳道にも似通っており、また、シラットの技術は截拳道にも組み込まれている。


 殺傷力の高い、実践的な技術なのだ。


(流派がたくさんあるシラットですけど、夜雲ちゃんの場合は超接近戦クロスレンジを得意にしているインファイターです。……エレベーターの中のほうが、都合がよかったはずなのに、それでもなお、鷹一さんを外に出した)


 つまり、どこでも一緒だった、ということだ。

 そもそもシラットは、都市戦やゲリラ戦を想定している格闘技。

 狭い場所であろうとも使える技術が豊富であり、鷹一がした肘打ちも、彼女にとっては十八番なのだ。


「ふざけやがって……ッ!」


 鷹一は、その激情を抑えきれず、蹴り足と地面の間に、マフラーで作ったバネを挟み込み、シャンパンのコルクが飛び出すように、夜雲へ向かった。


(鷹一さんッ!? ダメです! 夜雲ちゃんの距離ステージに飛び込む気ですか!?)


 紅音の言葉など、聞く気はなかった。


「オレの存在を、刻んでやる!!」


 鷹一は、右拳を振るう。

 小さく、鋭い右ストレート。

 鷹一が何万回も振るってきた拳である。


 しかし、夜雲はその拳を右手で引き込むようにしつつ、鷹一の脇の下へ腕を通し、左肘で、鷹一の顎を跳ね上げた。


 シラットの打撃は、肘が基点になっている。

 さらに言うなら、夜雲は“離別の死リモート・サイス”のカランビットナイフを持っているのだ。

 鷹一の拳を封じつつ、カランビットナイフで喉を掻っ切ることもできた。


 精神膜ドレスで即死級のダメージこそはなかっただろう。

 しかし、それでもなお、大ダメージは避けられなかったはずだ。


 何度挑んでも、という現実だけが押し寄せてくる。


 それは、戦う前からわかっていた。

 鷹一が、、おそらく他の生徒のように、夜雲の胸を借りるように「やっぱり強いや。オレも近づけるように頑張ります」と言えただろう。


 しかし、彼にとって試合スパーなどない。

 誰だって、倒す気概で挑む。


 そうでなければ、最強ザ・ワンになどなれない。

 最強ザ・ワンは、誰にだって負けないからこそ、最強ザ・ワンなのだ。



 肘で弾かれ、たたらを踏む鷹一。

 相変わらず、夜雲からの追撃はない。


 それは、間違いなく夜雲が「負けない」と確信し、スパーをしているからだ。


 レイズタイムが来れば、逆転の一手が来る。

 しかしそれは、相手にも同じこと。


 だが、夜雲は今、鷹一を舐めきっている。

 つまり、レイズタイムで異能力オルタビリティを獲得することは、ほぼないだろう。


 だが、だとしても、レイズタイムを待つような消極的ヨワムシな戦い方はしない。


 鷹一は、再びストレートリードの構えを取った。


「打ち合う気? いいねえ~ッ……!」


 夜雲も、拳を頬くらいの高さまで持ち上げる。

 カランビットナイフも相まって、カマキリのようだった。


(勝負する気なんですね、鷹一さん。……シラットには、象形拳の流派もあります。気をつけてください)


 そんな紅音の言葉に、小さく頷き、鷹一はハイキックを放った。

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