19

 鷹一のハイキックを、夜雲は紙一重で躱す。

 それは、完全に見えていなくてはできない動作だ。

 いや、完全に見えていたとしても、勇気がなくてはできない。

 そして“紙一重”であることが、自らの武器を活かすことを、骨身にしみてわかっていなくてはできない。


(リードストレートを見せて、不意をついたはずのハイキックだぞ!?)


「大技をいきなり放り込んでくる度胸……いいねえ!」


 紙一重で躱していた夜雲は、ハイキックを放った鷹一よりも、通常体勢ニュートラルに戻るのが早い。

 まだ足を戻し切る前の足に向かってタックルをした。


 それは、柔道の朽木倒しという技によく似ている。


 ハイキックは、威力こそ高いが、片足のみを残していることや、両足が地に着くまでに時間がかかってしまう。

 だからこそ、大技なのだ。


 その、戻すまでの時間を狙われ、タックルをされ、鷹一は倒されかけているのだ。


 鷹一のような打撃系ストライカーにとって、倒されることは攻撃力が半減してしまう。


 しかし、夜雲のように、腕力に物を言わせる競技者プレイヤーにとって、そんなものは関係ない。

 倒されれば鷹一の圧倒的不利であることは、間違いないのだ。


「おぉッ!!」


 鷹一は、背後に“正義の十字クロス・ロンギヌス”を伸ばし、バネのようにし、倒れきらないようにその体を支えた。


 倒されそうになっていた鷹一は、支えられた状態のまま、夜雲の首に向かって、三角絞めへと移行する。

 夜雲の首が締まったのを確認すると、緩やかに地面へと頭を下ろす。


「いくらアンタの筋力フィジカルが常人離れしてたって、上半身の筋肉で下半身の筋肉に勝てるわけねえんだよ……ッ!」


 もちろん、ナイフで刺されないように、夜雲の手はマフラーで包んでいる。

 鷹一に間違いも抜かりもない。


 あるとすれば、だった。


 オレはここまでやったんだから、打開されるわけがない、という慢心。

 努力をしたんだから報われる、という思い込みの慢心である。


 夜雲は、体内に残っていた僅かな酸素を燃やし、鷹一の顔面を掴んだ。


「がぁぁぁぁぁ……ッ!!」


 そして、鷹一の顔面に、アイアンクローを仕掛けた。

 プロレスラー、フリッツ・フォン・エリックの得意技だ。


 先程の握手ですでに実感しているように、夜雲の握力は万力の如し。


 鷹一の脳に、激痛が走った。


「ご、ぉぉぉおぉぉッ!?」


 人間の本能として、首を締められればその手を払おうと首元に手が伸びるように。

 鷹一もまた、脳に走った激痛から、本能的に三角絞めを解いてしまう。


 今度は、夜雲が鷹一から距離を取った。


 先程まで、鷹一が夜雲から距離を取った時は追わなかったが、鷹一が追わない理由はない。


 鷹一は立ち上がろうとしている。

 そして、夜雲は起き上がろうとしている中腰状態。

 互いに、追いかけ逃げている――であれば。汎用性の高い“正義の十字クロス・ロンギヌス”のある、鷹一が有利だった。


 長期戦で、鷹一に有利なことなど、なにもない。

 地面にバネを、そして、右拳にはありったけの布を巻きつけることで、鷹一は今の自分が放つことのできる、最高の拳サンデーパンチを放った。


 截拳道ジークンドーの始祖、故・ブルース・リーが放った一撃。


 その一撃で、ブルース・リーは截拳道ジークンドーを、自らの名を世界に広めた。


 距離の無いところでも、一撃必殺を叶える。

 その拳の名は――。


寸勁ワンインチパンチッ!!」


 鷹一は、夜雲の心臓に向けて、その一撃を放った。

 本来であれば、バネなど用いず、体重移動で放つもの。

 しかし、より威力を重視し、鷹一は“正義の十字クロス・ロンギヌス”で補強。

 今の自分にできる、最高の拳サンデー・パンチを放ったのだ。


 その拳は、夜雲の心臓に刺さった。

 寸勁ワンインチパンチには、吹っ飛ばすタイプと、浸透させるタイプの打撃がある。


 当然、鷹一が選択したのは、浸透させるタイプ。

 相手の体に、衝撃を余さず吸収させる打撃。

 こちらの方が、当然ダメージは高い。


 鷹一の手応えとして、その拳は入ったはずだった。


「いやあ……ちょっとだけ、危なかったかなあ……」


 夜雲の心臓が、いや。

 正確には、左胸が、鉄のように鈍い輝きを発していた。


「“鉄面皮スチール・シェイム”……あと少しだけ、その拳が早かったらね。ちょっと痛かったかも」


 それは、最下級Eクラス異能力オルタビリティ

 皮膚を一部だけ鉄化する能力だ。


 夜雲は、一瞬で異能力を発動させ、危機から脱したのである。


「バカな……ッ」


 たとえば、通販のページで、自分のほしいものを、一瞬で出すことができるか。

 おおよその人間が「NOムリ」と言うだろう。


 夜雲がやったのは、まさにソレだ。

 戦場イクサバでとなれば、神業と言える所業。


 しかも実況AIからの通知と、ほとんど同時に、夜雲は異能力オルタビリティを発動させた。


 今さらになって、鷹一の脳内に『さあ、両選手! レイズタイムが発動しました!』という実況が流れる。


 遅れた。

 しかし、まだ逆転の一手がある。

 

 鷹一は、ちらりとギアを見た。


 

 

 それは、最下級Eクラス異能力オルタビリティですら購入できないほどのポイント。


 レイズタイムにおいて、鷹一の逆転を信じている人間は、数人しかいないということである。


「は……?」


 それは、紅音からこれまで一週間受けてきたトレーニングが、全て無駄になった瞬間であった。

 鷹一の逆転は、すべて“反逆の激突リベル・インパクト”を獲得するというところにあったからだ。


「レイズタイムで、異能力オルタビリティの獲得――。まあ、私相手には、大体の人間が狙ってくるんだけど」


 夜雲は、そう言いながら、茫然自失ボンヤリになっている鷹一へ、一歩踏み出した。


「私相手に“勝てる”って思わせることができないと、誰も賭けてくれないんだよ」


 立ち上がった夜雲。

 そして、跪いた鷹一という構図が出来上がった。


 それはまさに、勝者と敗者を表す縮図。


 夜雲の、意趣返しのようなハイキックが、鷹一のテンプルに突き刺さった。

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