17

 転送され、目を開くと、鷹一が立っていたのはオフィスと思わしき一室だった。

 PCが乗ったデスクがいくつも並び、そこそこの会社であることが予測できる。


『さあ、両選手! 準備は完了ですねアー・ユー・レディ!?』


 と、鷹一の脳内に声が響いた。

 次いで、鷹一のギアから、ウインドウが飛び出し、目の前に表示される。


御開帳オープンベット!』


 そこに表示された倍率オッズは、


 ――妃乃宮夜雲、1.1倍。

 ――朝比奈鷹一、25倍。


 そう記されていた。


 それは、何人かの中毒者ギャンブラーだけが、鷹一に投票しており、ギリギリで賭け不成立を防いだということを示していたのだ。


 そして、周囲からは、それだけ二人の間に差があると思われているということも、同時に示している。


「ちっ……。まあ、今は、しゃあねえか」


 鷹一はウインドウをギアに戻し、急いで周囲を一瞬で見回し、誰もいないことを確認すると、しゃがみこんでそのまま窓際までこっそりと歩み寄った。


 そして、ゆっくりと外を覗く。


 そこは、ビルが立ち並ぶオフィス街で、鷹一がいるビルは、大通りに面したそれなりに高層ビルであるようだった。


 舞台が電車の時よりも広い。

 こうした舞台の場合、先に相手を見つける、そして有利な場所で待ち受けることが大事だ。

 特に、鷹一は今回、圧倒的格上へと挑む。


 相対する前に、有利な舞台を整えておくことは、ほとんど前提条件と言っていい。


 そして、そのためにすべきことは、先に夜雲を見つけること。


 であれば、高い場所から見つけるのがいいかと、鷹一はすぐにオフィスから出て、廊下のエレベーターで屋上へと向かう。


 夜雲がどういう能力を主に使うのかは、あえて鷹一は聞いていない。

 それは、本命の異能力オルタビリティを使うとは限らないということや、もしスカされた時に先入観キメツケを持って対峙したくないという思いからだった。


 鷹一が格上なら、格下相手ザコに本命の異能力オルタビリティを使って、無用な情報を漏らそうとはしないからだ。


「……ま、格下ザコ側だと、めちゃムカつくが」


 そういう意味でも、鷹一は夜雲を後悔させてやると考えていたのである。

 そんな時だった。


 ――ドスンッ!


 突然、エレベーターが揺れ、天井がメキメキと音を立てて剥がれ始めた。


「なっ⁉」


「経験が浅いね……さすがは新入生ニュービー


 天井を見上げた鷹一の視界に収められたのは、黒いワンピースドレスに身を包んだ、一人の少女。

 覇気のない、眠たげなツリ目が、鷹一を捉えている。

 

 その少女が、エレベーターの中に降りてきて、鷹一と相対した。


 ボブカットの髪にスラリと長い手足。スレンダーな体。そして、鉄板でも入っているのかと思うほどまっすぐな背筋。


「キミが、朝比奈鷹一くんだよね? 紅音がトレーナーをしている、っていう」


「……正式に、じゃねえが。アンタに一矢報いるために、力を貸してもらった」


 夜雲は、にっこりと笑って手を差し出した。


「ボクは、妃乃宮夜雲。知ってると思うけどね」


 鷹一はその握手に応じ、夜雲の手を握る。

 先程から、冷や汗が吹き出していた。


 彼女の声、立ち振舞、姿。

 その全てが、不吉を予感させる。


 まるで、死神が拷問器具を見せつけてきて「どれがいい?」と訪ねてきているような。

 そんな感覚が襲ってくるのだ。


 その感覚を抑え込もうと必死になっている時、握手をしている腕に激痛が走った。


「づッ!?」


 それは、夜雲が手を思い切り握り込んでいるからだ。

 骨から、ミシミシと音がする。何か、工業用の機械にでも、手が巻き込まれたのかと思ったほどだ。


「先に相手を見つけるのが鉄則の戦いで、居場所がバレるようなエレベーターを使うだなんてね……経験の甘さが出たかな」


 夜雲は「仕方ないね」と笑った。が、それはまだ経験の浅い一年だから仕方がないと許容されているようで、どうしても許すことができなかった。


「アンタを倒せば、文句ねえだろうが!」


 鷹一は、腕を上げ、手刀を作ると、夜雲の手を切るように振り下ろし、握手から脱出した。


 あまりにも狭いエレベーター内。

 距離が必要なリードストレートも使えないし、ギアを操作して異能力オルタビリティを発動する時間もない。


 鷹一は、迷わず右の肘打ちを夜雲の側頭部に放った。


 距離がない時、肘打ちは一定の攻撃力を望める上に、スピードも早い。

 選択としては、そこまで悪いものではないはずだ。


 だが、夜雲は、その肘打ちを腕でガードし「う~ん……なかなか」と、褒めるようなことを言うものの、次の瞬間には左の掌底が、鷹一のみぞおちを思い切り押していた。

 まるで、貫こうとするかのように鋭い掌底。

 鷹一の口から、酸素が漏れていき、耐えきれずにエレベーターのドアに、背中が叩きつけられた。



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