15

 次の日は休日だ。

 しかし、最強ザ・ワンを目指す男に休日など、あってないようなもの。

 時間があれば、自らを高めることに使うのが当然。


 早朝。鷹一と、そして紅音は、二人で専用寮の前に立っていた。

 鷹一はジャージ姿、紅音はいつものように制服だが、原付バイクにまたがっている。

 三条学園内なら、私有地なので免許がなくても乗れるため、王ヶ城家が所有している原付バイクを持ってきたのだ。


「いいですか、鷹一さん。夜雲ちゃんの強みは、絶えることのない体力スタミナと、天性の筋力フィジカルです。女の子ですけど、レスラーを相手にするようなものと思ってください」


「おいおい……メスゴリラか?」


「いや、見た目にはそうでもないですけどね」


 鷹一は、ギアを操作し、中空にネットブラウザを表示させ、「妃乃宮夜雲」と名前を呼ぶように音声入力し、検索をかけた。

 出てきたのは、とあるニュースの記事。

 見出しは「期待の新人、妃乃宮夜雲! アパレルブランド“I catch”と契約!」

 そう書かれていた。


 内容としては、夜雲がプロテストに合格したこと。

 そして、企業スポンサーがつき、プロとして大きな試合に挑むことが決まったことが決まったと報じられていた。


 見出しには、ボブカットのモデルのような少女が、黒いワンピースドレスを着た画像が貼られている。

 これが妃乃宮夜雲なのだろう、そう推測し、黙って指を差すと、紅音も黙って頷いた。


「これが夜雲ちゃんです」


「……華奢チャチな体つきしてんな。それに、美人だ。これで、レスラー級の体力スタミナ筋力フィジカルがあんのか?」


「信じられませんよね。でも、真実です」


「まあ、信じられねえが……。だが、生半可なことじゃ、学園最強ザ・スクールになんてなれやしねえからな」


「その通りです。夜雲ちゃんは、中途半端な選手プレイヤーじゃない。プロになれば、少なくとも一冠ファーストは獲るとされているほど、期待の新人ホープですからね」


「わかってら。……で、王ヶ城トレーナー様は、一体俺に、どういうトレーニングをしてくれるんだ?」


「トレーニングは、種まきです。まずは、もちろん走り込みロードワーク


「って、走り込みロードワークなら、それこそ毎日やってるぜ。俺だって、それなりに体力にゃ自信あるし」


「じゃあ、こんなんどうです?」


 そう言って、紅音はスカートのポケットから、マスクを取り出し、鷹一の口元に嵌めた。



  ■



 高山トレーニング、というトレーニング方法がある。

 標高の高い山では、空気が薄いため、より空気を取り込もうとし、酸素を運ぶ役割を司るヘモグロビンという血中成分が増加。

 酸素運搬能力が高まり、スタミナが切れにくくなるというものである。


 そして、平地で行うマスクトレーニングは、もちろんその変わりになるわけではない。


 マスクで鍛えられるのは、筋力。

 酸素を体内に取り込む、呼吸器系の筋力である。


 マスクに邪魔され、酸素を吸い込みにくくなるため、一度の呼吸でより多くの酸素を取り込もうとした結果、効率化するのだ。


 紅音が狙ったのは、それである。

 といっても、一週間そこらで、目に見えて進化できるわけではない。


 これは“鷹一の未来ザ・スクール”を見据えた、紅音の言う種まきである。


 マスクをし、学園内を走る鷹一。

 軽く流すような走りで、呼吸のリズムを一定にする。

 ランニングは全身の筋肉と精神力を鍛える、どんな競技にも通用するトレーニングだ。


「鷹一さん、截拳道ジークンドー以外の格闘技アーツはなにか使えるんですか? これまでの試合では、打撃技しか使ってないようでしたけど」


「あぁ……はっ、はっ……。別に、截拳道ジークンドーに投げと極めがないわけじゃねえが、はっ、はっ……オレの基本ベースは、暁龍衣と同じ、打撃系ストライカーだ」


右構えストレートリードで、左手には対応力に優れた“正義の十字クロス・ロンギヌス”を持ち、状況に応じて変形させる……。その対応力が、無限の技を生み出す。暁龍衣の、必勝パターンですね」


「はっはっ……」


「鷹一さん、ストレート!」


 背後からの声に反応し、いつものように右拳を前に構え、全身をひねり出すように拳を突き出した。

 截拳道ジークンドーの核となる技術、ストレートリードである。


 ボクシングのジャブ、フェンシングの体重移動シフト・ウエイトを応用し、最も威力の高い武器を相手の近くに置き、さらに拳を縦に打ち出すことで、力が逸れずに相手を撃ち抜くことができる。


 一撃必倒ワンパンチという思想の元に洗練された技術だ。


「初めて生で見ましたよ、ストレートリード。世界的に使い手が少ないですからね。それに、対応力フレキシブルに優れた“正義の十字クロス・ロンギヌス”なら、技の幅に問題はないでしょうね」


「……じゃあ、あとは?」


 再び走り出す鷹一。

 その背後からついてくる、原付のエンジン音に向かって声をかける。


決め手フィニッシュ・ブロー


 鷹一は、その言葉を聞いて、押し黙った。

 それは、暁龍衣の時から言われていた“正義の十字クロス・ロンギヌス”の弱点である。


 あくまで自前の身体能力のみで勝負するため、強大なパワーの前には押されやすい。


 そしてそれは、レイズタイムで新たな異能力オルタビリティを得ることで解消される。


 鷹一が“この身に太陽をジービート”を選択しているのも、パワーのみを求めた結果だ。

 が、あくまで「自分に賭けてくれる人間」がいて、初めて上乗せができる。


 格上相手では、いつも通りの“この身に太陽をジービート”は使えるか怪しいのだ。


「身体能力のトレーニングはもちろんですが……決め手フィニッシュ・ブローを得るため、まずは異能力上乗せレイズタイムまで生き残らないといけません。それも、ある程度ポイントを得ることができる状態で。……夜雲ちゃん相手に得られるポイントは、おそらく、下級Dクラス。下手したら、最下級Eクラス


「……中級Cクラスの“この身に太陽をジービート”も使えねえな」


「ええ。そこで、なんですけど……最下級Eクラスの能力で、その弱点をカバーするための、異能力オルタビリティの提案です。体力強化と平行して、使い方を練習しませんか」


 そうして、紅音は一つの異能力オルタビリティのことを告げる。

 

 それこそ、夜雲の顔色を変える、最弱Eクラスの意地だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る