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「よぉ、鷹一。あそこ見ろよ」


 格技場スタジアムを出て、鷹一達三人で歩いていると、少し後ろを歩く天馬が、鷹一の背中にそう声をかける。

 紅音は、まるで天馬を鷹一の隣を歩かせないようにしようとガードをしているので、それに従った結果、並んで歩くより少し後ろを歩くことを選択したのだ。


「ん? どしたよ」


「あっち、風間じゃん」


「んお」


 天馬が廊下の先を指差すと、そこには、壁にかけられた掲示板を睨んでいる風間がいた。

 風間のみならず、数人の生徒も、似たような表情をしている。


「よぉ、風間」


「ん、朝比奈……それに、飛騨と、王ヶ城さんか」


 片手を上げて、風間は軽い挨拶をする。


「何見てたんだ? 学校の掲示板って、クソ情報しか基本乗ってないだろ」


「どういう偏見だ?」


 と、鷹一の何気ない言葉を制し「これだよ」と、掲示板のど真ん中に貼り出された紙を指さした。


 そこには「妃乃宮夜雲きさきのみややくも、スパーリングパートナー募集中」と書かれている。

 人数無制限、そして日付は一週間後の放課後。

 場所は、第一格技場ファーストスタジアム


「妃乃宮、って……」


 さすがに、数日前のことを忘れるほど、鷹一もバカではない。

 その名字は、王ヶ城家と同じ御三家トライデントのものであった。


「ふうん。やんのか?」


 鷹一の問いに、風間が頷く。


「あぁ。勝てるとは思わないが……それでも、学園最強ザ・スクールに挑む、絶好の機会ビッグ・チャンスだからな」


「あ? 学園最強ザ・スクール?」


「詳しくは、王ヶ城さんなり、飛騨なりに聞いてくれ。スパー相手で、勝てないだろうとはいえ、傷跡くらいは残したいからな。すぐにでも練習だ」


 と、そう言って風間は、とっととその場を去っていった。


「王ヶ城、妃乃宮夜雲って?」


「夜雲ちゃんは、この学校の三年生です。入学当初から注目されてて、二年の今頃には学園最強ザ・スクールになったって聞きました。すでにAAAのライセンスも持ってるし、本格的にデビューする前から、企業と契約してる企業勢スポンサードですね」


「……プロデビュー前だが、プロが内定してる、学生ってことか」


「え、ってか、夜雲ちゃん?」


 納得する鷹一と、引っかかった風の天馬。


「そりゃあ、同じ御三家トライデントですから。幼馴染、ってやつですかね? ……鷹一さん、夜雲ちゃんとやるんですか?」


「そりゃあそうだろ。オレは、最強ザ・ワンになるんだぜ。学園最強ザ・スクールに挑まないなんて、クソだろ」


「……私は、鷹一さんのそういうところが好きですし、その気持ちは当然だと思います」


 惚気か? と呟く天馬を無視し、紅音の表情が酷く真剣なものになる。


「でも、正直に言うと……今の鷹一さんじゃ、夜雲ちゃんには勝てません。それは、私の計算上ソロバンでは、ほぼ確実です」


「へっ。上等じゃねえか」


 鷹一はニヤリと笑い、掲示板の張り紙を見る。


「予約とかはいらねえのか? オレと風間で、少なくとも二人いるわけだが……まさか、全員一気にやるつもりなんかな」


「夜雲ちゃんなら、まあ苦にしないでしょうね」


「そんなに……?」


「よお、天馬はどうすんだよ?」


 いきなり話を振られて、一瞬地団駄を踏むようにうろたえる天馬。


「お、俺? いや、俺は……」


「出ようぜ。どうせなら、高みを知っておくのはいいことだし。失うものなんてねえだろ」


「まあ、それはそうなんだけどさぁ。……いや、そうだな。男らしく、挑んでみるか!」


「さすが、友達マイメン!」


 鷹一は拳を突き出すと、天馬も遠慮がちに拳を合わせる。


「うんうん、最強ザ・ワンに挑む……これぞ、まさに男の子ですねえ」


 まるで、猫同士のじゃれ合いを見るように、喜びに満ちた顔で、紅音は鷹一と天馬を見ていた。


 その視線に気色の悪いものを感じながらも、鷹一は頭の片隅で考えていたことを口にする。


「王ヶ城、お前……妃乃宮先輩と知り合いってことは、戦法とかいろいろ知ってるってことだよな?」


「まあ、そうですね。一応、夜雲ちゃんのことはとっても知ってます」


「勝てないかもしれないが、だからといって、勝つことを諦めたわけじゃねえ。勝つために、練習見てくれねえか」


 そう言って、鷹一は小さく頭を下げる。

 その頭頂部を、信じられないものを見るような紅音の表情が、どんどん赤く染まっていく。


「えっ、それって。わ、私を、トレーナーに……?」


「正式にじゃねえぞ。今、妃乃宮先輩を倒すための、最善手ってだけだ」


「なんかその発言、天邪鬼ツンデレっぽいな?」

 

「うるせえよ! 誰がツンデレだ!」


「せっ、精一杯がんばります!」


 背筋を今まで以上に伸ばし、敬礼をする紅音は、まるで理想に燃える新人警官のようだった。

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