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「……おい鷹一。さっきので何連戦目?」


「五戦目だな……」


 鷹一は、格技場スタジアム控室バックヤードで、天馬と紅音に見下されながら、絞り出すように言った。


「鷹一さん、Aクラスを倒したEクラスだからか、注目されてますねえ」


 鷹一は先程、教室の前で話しかけてきた生徒と試合をし、すぐさま殴り倒した。

 そしてその後、鷹一のあまりの記録ログのなさにやきもきし、とりあえずぶつかってみようとした一年生達から連戦を申し込まれ、全員倒したものの。

 さすがにもう無理と倒れ込んでいた。


「あのなあ! 戦後のボクサーじゃねえんだぞ! 一日に何連戦させんだ⁉」


 鷹一がそう叫ぶと、紅音は思わず「でも、試練に立ち向かう鷹一さんも素敵ですよ?」と、倒れている鷹一のそばにしゃがみ込む。

 連戦の噂が紅音のもとにも届き、彼女も駆けつけたのである。


「もう無理。さすがに無理。脳の奥が痒い。綿棒を限界越えるまで突っ込んだらかけるか?」


「死んじゃいますよ?」


「冷静に言わないで」


 ため息混じりに言う鷹一の頬を撫でる紅音。


「まったく。いい加減、私のことをトレーナーにしてくれたらいいのに。こういうスケジュール管理も、トレーナーの仕事なんですから。どうせ鷹一さんは「売られた喧嘩を買わねえのは男じゃねえ」なんて言って、全部受けちゃうんだから」


 そう言いながら撫でる紅音の手を、鷹一はなんとか払い除ける。


「トレーナーがいようが、誰からの挑戦でも受ける。それがオレだ」


「でもさ、鷹一。もうそろそろ、脳が焼き切れるんじゃねえか?」


 異能力オルタビリティは、脳の奥底ブラック・ボックスにある力をギアで引き出しているが、本来は引き出せないものを出しているわけなので、あまり乱用していると脳に負荷がかかる。

 それは、高レベルの能力を引き出した時もまた同じ。


 いくら鷹一が、この五連戦で“正義の十字クロス・ロンギヌス”しか使っていないとはいえ、そろそろ限界リミットが来ていた。

 というより、ギアが警告音アラートを発しているので、鷹一は今日一日、異能力オルタビリティが使えないということを示している。


「ああ。さすがにもう、今日は無理だな……。鼻血出そう」


「あのですね、鷹一さん。そんなに連戦してたら、選手生命ライフが削れちゃいますよ? ボクサーと同じで、脳のダメージは蓄積するんですから。売られた喧嘩を買わないのも、最強ザ・ワンにとって大事なことですよ? 鷹一さんみたいなタイプにこそ、トレーナーって必要だと思いますけど」


「それがお前なのは怖いんだよッ! トレーナーってどういう仕事か言ってみろ!」


「それはもう、試合前の練習、スケジュール調整に、試合展開のアドバイス。血となり肉となる料理を作り。日常のお世話をし、その肉体を徹底的に管理するというのがトレーナーで……」


「お前にそれ言われると怖いんだよ! オレの住処ヤサまで決めやがって!」


 叫んで、一瞬深呼吸すると、鷹一は身を返して、地面を押して立ち上がろうとする。

 だがさすがに、連戦が祟っているのか、腕が震えていた。


「お前、いつもボロボロになるんだな……」


 天馬に起こしてもらい、鷹一は「いつもってほどじゃねえ」と舌打ちをする。


「怪我は……あんましてないみたいだな? んじゃ、しばらく休むだけでいいか」


 天馬は、鷹一を持ち上げると、パイプ椅子に座らせた。


「おお、サンキュー」


「なあ、鷹一ぃ。トレーナー、つけた方がいいんじゃね?」


 天馬の恐る恐るという言葉に、紅音はパッと顔を明るくする。


「おぉっ。飛騨さん、たまにはいいこと言いますねっ!」


「たまに、ってほど付き合いがあるわけじゃないだろ!? まだ二日目とかなんですけど!」


「もっと言ってください、もっと……!」


 小さい声だが、天馬への要求ワガママはバッチリ鷹一にも聞こえていたため、その顔が丸めた紙のようにシワだらけになった。


「オメーまでそんなこと言うのかよ! こえーんだよこの女! 俺のことエロい目で見てるもん。昨日、こいつの家でシャワー浴びてる時、背後にいつもより強い視線感じたし」


「みっ、見てませんけど!? 大体、脱衣所前までで我慢しました!」


精神性メンタルをスケベに振ってんじゃねえ!!」


「王ヶ城さん、女の子がここまで言われるの相当だよ?」


「違っ、違いますぅ〜! 私、文学少女ユメミガチですよ? 純愛ピュアにスケベはありません!」


「聞きたくねえッ。お前がトレーナーになったら、スケベなことされそうでヤなんだよ」


「ひどい! 女の子に言っていい内容じゃないですよ⁉」


「だったら言われないように振る舞え。なあ天馬、腹減ったんだけどよぉ。飯食いに行かね?」


 紅音の抗議デモは無視して、鷹一は体をストレッチしながらそう言った。


「あれ、鷹一大丈夫なんか?」


「ああ。ちと疲れてるけど、もう歩ける」


「だったら、がっつり行きたくね? お前、今日五連戦したんだから、相当持ってるべ。奢ってよぉ~」


「お前だってオレに賭けたんだから、結構持ってるだろ?」


「いやぁ……」


 目を逸らす天馬に、鷹一は「ギア出せお前ッ!」とジャブの要領で、彼の左腕を素早く掴んだ。


「ごめーんッ! 穴狙ったんだよぉ! 今回は全体的に鷹一のほうが倍率オッズ低かったからさぁ!」


「なんて友達甲斐フレンドシップのない……」


「わ、私はしっかり鷹一さんに賭けましたよ!」


「それは、ありがとう。ハンバーガーが食いてえんだけど」


「だったら、私が作ります! 鷹一さんの血となり肉となるものは、私が!」


「そのフレーズ怖いんだよ! 普通にカフェテリア行こうぜ……」


 そう言われて、肩を落とす紅音。

 が、鷹一にとって、紅音は同じ屋根の下で暮らすだけの他人であるため、慮る理由もない。


 なので、そんな紅音を無視しつつ、鷹一は衣装ファイトスーツから制服に着替えることにした。


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