1『Players’ Player』

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 朝比奈鷹一は、自分を朝比奈鷹一だと自覚してから、毎日早朝に走り込んでいたロードワーク

 すると、朝に走らないと気持ち悪いとすら思うようになり、今では昨日までの古い水分を捨てるような気持ちで、汗を流すためランニングをしている。


 ジャージを着て、学校の敷地内を、昨日の自分を一歩でも越えるようにイメージして、イヤホンでヒップホップを流しながら、走り続けるのだ。


 ヒップホップのいいところは「俺はすげえ」と言い続けるところ。

 それを聞いていると、自分もすごいやつだと信じやすくなる。

 プロのスポーツ選手にも、ヒップホップをトレーニング中に聞いている選手は多いという。


 鷹一がそれを知っているわけではなく、ただの趣味ではあるが。

 彼にとっては、自分をすごいやつだと信じるのは、非常に大事なことなのである。


 まだ朝靄が覆う空気を切り裂きながら走る鷹一の眼の前には、幻想の女メモリアルが一人走っていた。


 自分の視界にいる幻想だから、というのもあるが、現実でも鷹一は彼女を一度も追い越したことがない。

 今日こそはと、鷹一は蹴り足を強く踏み込んだ。


 ランニングによって鍛えられるのは、基礎体力と、そして、土壇場で爆発する精神力。


 諦めを遠くへ追いやる、日々の儀式である。


 だがしかし、今日はそれだけではない。


 男子高校生エロガッパにとって、女子と二人、一つ屋根の下で暮らすことは、鷹一の想像以上にダメージが大きかった。


 同じ部屋で寝ようとする紅音をなんとか押しのけたものの、風呂上がりであったりソファでテレビを見ながらくつろぐ姿を見てから床につくのは、非常に精神衛生上よろしくない。


 鷹一に、紅音への恋愛感情などはない。

 ないが、なくても魅力的な女性を見ればそうなるのは、ある意味仕方のないことではあった。

 思うだけなら自由なのだ。


 そして、そんな悶々とした気持ちを振り払うためのランニングでもある。



  ■



 三条学園は、通常の高校カリキュラムと、AAA選手用カリキュラムの両方があり、土曜日だけはAAA選手用のカリキュラム。

 今日は、AAA選手用のカリキュラムである。


 AAAの座学においては、異能力オルタビリティの仕組みであったり使い方などを学ぶ。


 実技においては、基礎体力作りのカリキュラムや、格闘技アーツ習得などを行う。

 AAAの学科においては、どんな選手になりたいかを自分で選び、そして試験に挑戦できるまで単位を集める。

 そうして、中間、期末と試験をこなしていくことで、三年後に卒業となるのだ。

 普通の学科は、普通の学校と変わらないが。


 そして本日は、基礎戦闘概論。

 要するにAAAへの理解をより深めるための授業である。


 E組の教室にて、教師が黒板に文字を書いていきながら、気だるげに喋っていた。


「え~……。AAA勝利において、自らの基礎体力もそうですが。いかに自分の習得している格闘技に沿って、異能力オルタビリティを選択できるか。そして、ハコの条件を正確に理解できるかが大事なのです。ハコの条件においては、勝利条件も敗北条件も変わってきますので」


 と、教師のそんな話を聞きながら、鷹一はあくびをする。

 真面目に聞いているつもりではあるが、さすがに最初の方の授業は、ある程度すでに理解していることを言われるだけなので、どうしても退屈を感じてしまうのである。


 そんな時、後ろの席に座っている天馬が喋りかけてきた。


「……で? どうなのよ、鷹一」


「あぁ? 何がだよ」


「どう、って――王ヶ城さんとの生活だよッ」


 天馬は小声で、叫ぶような声色を作る


「生活って、なんで知ってやがる」


「そりゃお前、もう男子寮全体に知れ渡ってるよ。突然王ヶ城さんが軽トラ引き連れて、大声で「鷹一さんの荷物全部運び出してください~」って言ってたからな」


「おいおい……勘弁してくれよ。ってことは、絶対女子寮にも波及してるじゃねえか」


「だろうな」


 くくく、と喉奥で声を押し殺すように笑う天馬に、舌打ちを返す鷹一。


「オレがモテなくなったらどうすんだよ?」


「王ヶ城さんが聞いたら激怒するぞ。っていうか……鷹一、モテたいとか思うタイプだったん?」


「いや。ノリで言っただけ」


「だろーね。つうか、マジな話していい?」


「この世にマジな話しちゃダメな瞬間なんてねえよ」


「授業中でも?」


「むしろ推奨されてるだろ」


「そらそうだ。……鷹一、


 その言葉に引っ張られるように、鷹一の口角がつり上がった。


「Aクラスの風間をぶっ倒したんだ。しかも、最底辺Eクラスのお前が。みんなこう思ってんぜ。「偶然ラッキーパンチだ」ってな。だから、お前ぶっ倒して名前あげようって野心家ノブナガが、お前について調べてるっぽい。お前のこと聞かれた。出会ったばかりだからあんま知らねえって言ったけど」


「最高」


「そうかぁ? 俺ぁお前がわかんねえよ。こんな、学校生活アオハルが始まったばっかでそんな生き急いじゃって。卒業前に潰れんなよ?」


「言ってんだろうが。オレぁ、最強ザ・ワンになる男だって。学生レベルで潰れるようなら、それまでってことだ」


「お前さあ、なんでそこまで、最強ソレにこだわんの? いや、いいことだとは思うんだけどさ」


「それ、王ヶ城にも聞かれたな。……競技者プレイヤー最強ザ・ワン目指すのに、理由いんのか?」


「……じゃあ、ねえの?」


「いや、あるけど」


「言えよそれを」


「言いたくねえ。五万払おうが」


「いや、いらねえけど……。なんで五万?」


「お前がオレをぶっ倒したら教えてやってもいいぜ」


「俺はもう少し、お前を探ってから」


「お前も探ってんのかよッ」


 避難するような声色を出し、鷹一は天馬に振り向く。

 しかし、天馬の毒気を抜くような笑顔に、鷹一はソレ以上何かを言う気になれなかった。


「朝比奈くん、飛騨くん……入学してすぐで、もうおしゃべりですか? 仲がいいですねえ」


 と、教壇から話に割り込むように、教師からの声が響いた。

 刺々しい、というより、やんわり諭すような言い方だ。

 こういう言い方をしている内に、態度を改めたほうがいい。


 鷹一も天馬も、それがわかっている程度には常識があった。



  ■



 その後は大人しく授業を終えて、放課後を迎えた。

 鷹一と天馬は、同時に伸びをし、顔を見合わせる。


「今日はどうする?」


 そう天馬が言うと、鷹一は咳払いをする。


「オレらってさぁ、AAA好きじゃん」


「そらそうだ。だからこそ、三条学園サンジョウに入学したんだし」


「でもさぁ、好きだからって、一日に接種できる量があるじゃん」


「そうだなあ。一日授業しっぱなしで、疲れたよ。今日はもう遊び行こうぜ。鷹一、風間に勝ったんだし、金あんべ? 奢ってよぉ~」


「お前も稼げって! なんのためにAAAの選手になろうとしてんだ⁉」


「そういう話じゃなくない? 今、ポイントがあるやつがギブるべきなんだよ」


「お前なあ……。金あるとき、お前が奢れよな」


「あざーっす!」


 と、頭を下げる天馬を横目に、鷹一は「アホか」と言いながら、互いに鞄を持って立ち上がる。

 そうして、二人で教室を出ると、ちょうど一人の生徒が、Eクラスを訪ねようとしているところだったらしく、鷹一たちとぶつかりそうになる。


「おっと、悪いね」


 と、鷹一は謝ってその場を離れようとする。が。


「朝比奈鷹一、だよね」


 そう言われ、鷹一は思わず振り返る。

 その男子生徒は、鷹一と目が合うと、にやりと笑った。


「……君のことさぁ、探ってみても、全然情報がなくてさ。どうせだったら、もう直接ぶつかってみようと思って」


 そう言って、男子生徒は、顎を上げて鷹一を見下すように言った。


「俺と、試合やらない?」


 それは、あからさまに挑発するような態度だった。

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