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 鷹一はまず、ポトフで口を潤す。

 どれくらいの時間煮込んでいたのかは知らないが、たまねぎもにんじんもホロホロだ。

 おそらく、茹でる前に一度しっかり炒めているのだろう。

 香ばしい出汁も味わい深い。


 その味に誘われるように、鷹一はステーキも齧り付く。


 特殊な調理方法クッキングをしているのかもしれないし、いい肉なのかもしれないが、柔らかく、噛むとほどよく肉の繊維ナカミがほどけ、甘い肉汁が溢れ出てくる。


 悔しい……が、美味い。

 そっけない対応をしてやろうと思っていた鷹一ではあるのだが。

 そう思えば思うほど、胃が食べ物を求める。


 やはり、感情こそが調味料スパイスなのだ。


「……王ヶ城。うまかった。ごちそうさま」


 と、鷹一は食べ終わり、紅音にそう頭を下げた。


「お粗末様でした」


 ほころぶように笑う紅音に、鷹一は、コイツいつもなんか嬉しそうだな、と思った。


「さてさて、それじゃあここからは、お互いの親交を深めるターンと行きましょっか!」


「……親交だぁ?」


「ええ。私達、出会ってまだ二日ですからね。鷹一さんに惚れ込んでる私ですが……あんまり鷹一さんのこと、知りませんから」


「それ、改めて言葉にされると、意味まったくわかんねえな」


「なので、鷹一さんのことを教えてもらいたいな、と思って」


「オレのこと、ねえ……スマホのパスと、性癖以外なら別に応えてもいいけど」


「まあそれは追々」


 いつかは聞くのかよ、と思いつつ。

 鷹一はコーヒーを啜った。


「私が聞きたいのは……鷹一さん、あなたが理由です」


 鷹一は、コーヒーの入ったマグカップを置き、紅音を見つめた。

 睨んでいるわけではない。ただ、どういうつもりで訪ねたのかを探るように。


「あなたの体重移動シフトウエイト、筋肉の設計理念コンセプトが、あまりにも暁龍衣に似通っています。それに……まだまだ荒削りではありますけど、ただの真似とは思えないほど、完成度クオリティが高い」


「そりゃあ、オレは暁龍衣のビデオは、失神寸前ブラックアウトまで見たからな」


 肩をすくめてほくそ笑む鷹一。

 だが、そのあからさまに本当のことを言っていないという態度に、流石にナメられていることを察したのか、紅音はムキになったのを隠すように、わざとらしく笑顔を作って見せる。


「ところで、鷹一さん? シャトーブリアンって、ご存知ですか?」


 突然、なぜか紅音の方から話をそらしてきた。


「なんかいい肉によくついてる言葉だな、くらいの認識だが」


「牛のフィレ肉で、フランスの食通貴族グルメ“フランソワ・シャトーブリアン”が愛した部位がそう呼ばれているんです。鷹一さんが「いい肉」って言ったのは、ハズレてはないんですよ」


「へぇ~」


 純粋に、鷹一は関心したように何度か頷いた。

 しかし、頷いてその言葉を飲み込んだことにより、一つ疑問が増えてしまう。

 なんでいまその話をするのだろう、と。


「今、鷹一さんが食べたのは、ちょっといいお肉でして。えーと、たしか五万くらいしましたかね?」


「ッ!」


 鷹一は、AAAの試合において、舌戦ディベートも用いて戦うタイプの選手である。

 人間は隠し事をしようとしても、言葉の端々にその痕跡を残すもの。


 それはつまり、察しが悪くては、舌戦ディベートを制することはできない。

 鷹一は、察した。


 応えなければ、請求すると言っていることを。


 風間に勝ったことで、鷹一はそれなりのポイントを得ている。

 払えないこともないが、今後に備えて多くのポイントを持っておくべきだ。

 そもそも、稼いだばかりの有り金ポイントを吐き出すことになる。


 成功者だって、自分の辛い過去を売って稼いでいるのだ。

 であれば、自分が過去を話してちょっと得をするのは、仕事としてはいいものなのでは。などと自分の心を誤魔化しながら、鷹一は意を決した。


「そりゃあ、習ったんだよ。龍衣本人にな」


 紅音はその言葉に、驚く素振りもなく、納得したように息を漏らした。

 まるで、解けかけていたパズルの、最後のピースを見つけたかのように。


「やっぱりそうでしたか。……暁龍衣は、表舞台からは完全に消えたっていうのに。鷹一さんは、その行方を知っているんですね」


「ああ。オレはだからな」


「どーりで、鷹一さんの身のこなしが、とっても暁龍衣と重なったわけですねえ。ただ、そうなると、もう一つ興味が湧いたのですけれど。どうやって暁龍衣と繋がったんですか? それに、どうしてそこまで最強ザ・ワンにこだわるんですか」


 鷹一は一瞬、口を開こうとした。

 しかし、どうやって繋がったのかを話すことは、鷹一にとってあまり話したくないことまで話したくなければならない。


「悪いが、それ以上はもう少し仲良くなってからだな」


「……五万払っても?」


「ああ。払っても避けたいし、払ったら、オレは不貞腐れて、お前のことをちょっと嫌いになる」


「うっ。それは避けたいですね……。これから二人で暮らすんですし、選手とトレーナーとして、男女として、いい関係を築かなくては……」


「あっ!」


 紅音の言葉に、鷹一の意識が急激に入れ替わり、思わず声が出た。

 突然の大きめな声に、紅音の肩が跳ねる。


「そうだよ、ちょっと待て。美味いメシでごまかされるところだった! マジか!? 高校生の男女が、ここで二人で暮らすのか!?」


「そりゃそうですよ。ここは私が入学記念オメデタで作ってもらった、私専用寮ですからね。あっ、もう鷹一さんと私の、専用寮オアシスですけど」


「いやいや……オレ、普通の男なんだけど。いくらなんでも、親御さん許さないだろ……」


我が家オウガジョウは代々自主性を重んじる家系なので」


「重んじすぎだろ! 間違いチョンボとか起こったらどうすんだ!?」


 男女が二人入れば、恋愛の可能性が生まれる。

 いま現在鷹一は恋愛などする気はないが、それはあくまで今現在は余裕があるからだ。


 思春期の男子エロガッパは、可愛い女子に対しては、赤子の手をひねるようにチョロくなるのだから。


「私にとっては、間違いチョンボじゃないので?」


「冗談じゃねえッ」


 とはいえ、鷹一が一人で引っ越すにしても、いくら荷物が少ない鷹一と言えど、時間がかかる。

 つまり、どちらにしても今日はここにいなくてはならない。


「くそっ。金の力を乱用しやがって。親の金で食ういい肉は美味いか?」


「鷹一さん、私のこと誤解してますね。王ヶ城家は、お金を稼げるようになってから一人前だと認められるんです。私はもう、王ヶ城家から一人前だと認められている……。つまり、この専用寮も、ご飯も、私のお金で買ったものなんです」


「このログハウス、自分で買ったの……?」


 鷹一は思わず、言葉から力が抜けてしまう。

 まるで、扱うのが怖いものを、あまり力を入れずに振れるかのように。


「ええ。主に株とかですけど……小学生の頃から、お金稼ぎの手段ばかり模索してきましたからね。かれこれ一〇年近く働き続けて、はいこれ」


 そう言いながら、紅音はギアを操作し、そして空中にウインドウを出現させた。

 そこには、サラリーマンの生涯年収を遥かに越える金額が貯蓄された銀行口座が映し出される。


「……王ヶ城」


「はい?」


「結婚しよう。家事全部オレがやるから」


「今一番嬉しくないタイミング!! 鷹一さん!? 最強ザ・ワンになるんじゃ!」


「いや、なったあとの食い扶持が必要だろうが」


「私を保険にしようとしている!? もっと、ときめく口説き文句がいい!」


「結婚のメリットって互いの資産が合わさることだろ」


「なんですかその擦れきった結婚観ファンタジー! その理論でいけば、今現在私にメリットゼロなんですけど!」


最強ザ・ワンになった時には、結構な残高ヒットポイントがあるはずだからな」


残高ヒットポイントじゃなくて心に惹かれてほしいんですけど……。私、文学少女ユメミガチなので……」


「オレは現実主義者リアリストだから」


「いやあ! 現実嫌い!」


 トレーナーって現実的に物事を見ないといけないのでは?

 と、思いつつ。鷹一は頭を抱える紅音を無視して立ち上がり、鷹一は冷蔵庫を開けて、なにか甘いものはなにかと探すことにした。


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