突き刺さった拳の先から、細い硝子の棒を折ったような音が響いてきた。

 風間の骨がいくつか折れたのだろう。


 ふっとばされた風間は、ドアに背中を強打し、電車が軽く揺れた。


「ぐッ……くそ……」


 風間の瞳から、徐々に瞳が失われていき、そして、地面に座ってうなだれた。

 意識が無くなり、そして、鷹一の脳内に実況AIの声が響く。


依頼完了ミッションコンプリート! 勝者、朝比奈選手!』


 その瞬間、風間の体が、光の粒になって消えていく。

 続いて、鷹一の体も少しずつ消えていき、電車内から誰もいなくなった。



  ■



 次に目を開いた時、鷹一の目には閉じられた転送ポッドの扉があり、その扉が開いた先には、嬉しそうな顔をした紅音と、信じられないようなものを見るような天馬の顔があった。


 試合前に居た控室バックヤードに戻ってきたのである。


「さっすが鷹一さん! 一年程度に負けるわけ無いって、信じてましたよっ!」


 転送ポッドから鷹一が降りてくる前に、紅音が鷹一に抱きついてきた。


「うわぁ王ヶ城さん! 鷹一いま血まみれだよ!?」


 避ける気力もない鷹一だったが、言いたいことは天馬が言ってくれたので、無駄口を利かずともよくなった。


「血は戦士の誉ですからいいんです!」


「なにそれ、蛮族ギャングの掟か?」


 鷹一は紅音を体から剥がし、転送ポッドから出ようとする。

 が、全身から流している血のせいか、一瞬足がもつれてしまう。


「おっとと……大丈夫か」


 それを、紅音の反対側から、天馬が支える。


「血ぃ着くって言ったの、お前だろ?」


「ああ~……ま、ついやっちまった。勝ったから儲かったんだろ? クリーニング代、出してくれよ」


「……なんで飛騨くんとのほうがいい感じになってるんですか?」


 その時、紅音が出した殺気に、思わず鷹一と天馬は、いつ爆発するかわからない爆弾に触っているような気持ちにさせられた。


「いいからとっとと医務室連れてってくれ。傷治さねえと」


 学園の医務室では、特別な治療ポッドが用意されており、そこである一定の傷までは直すことができる。


 なので、紅音と天馬は、鷹一を両側から支えて、控室から出ていこうとする。

 が、控室の入り口に、風間が立っていた。


「……ボロボロだな、朝比奈鷹一」


 風間も、そこそこに満身創痍という姿ではあったものの、腹を押さえている程度で、鷹一よりは平気そうだった。


「情けねえ。手加減したつもりだったが、どうやら芯食っちまったみてえだな?」


 強がりをやめない鷹一だが、自分よりも血を流し、二人の人間から支えられている相手に対し、流石に怒れないらしい風間は、苦笑した。


「芯まで効いたのは確かだが……。お前、根っからの負けず嫌いだな」


「それがオレだからな。んで? なんの用だよ」


 鷹一が気だるそうに言うと。数秒ほど迷ったように、たっぷりと間を取り、風間は右手を差し出した。


「お前の戦いぶりに敬意を表し、今までの無礼を謝りに来たんだ」


 その差し出された右手を見つめると、鷹一は吹き出したように笑い、紅音の肩に回していた手を抜き、風間の手を取った。


「そうけ。詫び入れるってんなら、受け入れてやらぁよ」


「これで友達ツレか? 風間」


 そう笑いかける天馬に、風間は一瞬間が抜けた表情をする。


「まあ……それもいいかもな」


り合ったら友達マイメンってか? 流行らねえだろ今時。別に遊ぶやつが増えるのは、構わねえけど」


「うわあ~……。殴り合ったらお友達、って。本当なんですねえ」


 見るものすべてが新鮮と言わんばかりに、紅音の目が輝いていた。

 さっきからずっと輝きっぱなしだな、と鷹一は内心で呆れる。

 昔の自分もそうだったのか、と少しだけ懐かしみながら。


「王ヶ城さん。僕はもう、あなたをトレーナーにしようとは思わない。少なくとも、では、僕より朝比奈を選んだあなたは、慧眼だ」


「そうですか。まあ、今回負けたとしても、いつか鷹一さんが、私を取り戻してくれると思ってましたけど」


「……これは、シンプルな疑問なんですが」


 風間は、恐る恐るといった口ぶりで、もったいぶって、話始めた。


「そもそもの話、なぜ朝比奈なんですか? いや、確かに朝比奈は強い。なんでEクラスにいるのかわからないくらいに。……筆記テストがめちゃくちゃ悪かったのか?」


「いいわけじゃねえが、悪かったわけでもねえ! ……なんでか、つったら、やっぱかなあ」


「あれ?」


「教師をな、はっ倒したんだよ」


「えっ」

「なにぃ?!」


 風間と天馬が驚いている中、紅音だけが「それ、同じ試験会場だった私、見てました~」と、目を細め、笑いながら手を上げていた。


「いや、もちろん戦闘試験中だったし、オレだってあそこまでっちまうつもりはなかったんだけどもよ。最強ザ・ワンになるのは無理だどーだとか、現実リアルを教えるのが大人の役目だとか、なんか臭えこと言い出しやがったからさ。世間の厳しさリアルを教えてやろうと思って。……けど、それがどーも、学年主任だとか、そういうやつだったらしくてさぁ」


 やれやれ、大人気ねえよなぁ?

 と、ため息を吐きながら、同意を求めるように、鷹一は風間と天馬を交互に見つめる。

 が、風間も天馬も、思わず目をそらしていた。


「あぁ!? なんだよ! 友達マイメンがどーとか言ってたやつらが目ぇそらすなよ!?」


「と、とにかく……。王ヶ城さんは、朝比奈のその強さを見込んだ、ってことですか」


「ん~……それだけじゃないんですよね」


 紅音は血まみれの姿で、鷹一を担ぎ直して、言った。


最強ザ・ワンを目指すって、迷いなく言える人じゃないと。組む価値ないですからね」


 紅音は笑顔を浮かべていたものの、その声は酷く冷淡シビアなものだった。その声がなぜ生まれたのか、どこから出てきたものなのかという未知が、風間と天馬の恐怖心を煽ったのだ。


「なんでもいいんだけど。そろそろ医務室に連れてってくれねえ……? 血ぃ出すぎて、意識遠くなってきた……」


 鷹一の顔がどんどん真っ青になっていく。


「ああっ! 鷹一さんしっかり! すぐ連れていきますからっ! 飛騨さん、行きますよ!」


「王ヶ城さん、僕が変わりますよ! 怪我をしてるが、僕のほうが力がある!」


 と、紅音と風間が鷹一を担ぐのを交代し、四人は医務室へと走っていった。

 鷹一は担がれながら「前途多難ハチャメチャだなぁ」などと考えていた。

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