「朝比奈鷹一。お前は、確かにEクラスにしてはいい選手プレイヤーだった」


 風間はそう言いながら、一歩踏み出した。

 すでに“幻想の刃イメージ・フルーレ”の刃は回復している。


 鷹一の髪が“幻想の刃イメージ・フルーレ”の風によって揺れた。


 鷹一は“幻想の刃イメージ・フルーレ”の能力について「風の刃」程度にしか理解していないが。

 どちらにしても、今問題なのは“幻想の刃イメージ・フルーレ”ではない。


 解禁された“理想の騎士団サークル・ナイツ”である。


「だが――僕が“理想の騎士団サークル・ナイツ”を発動させたのなら。お前はもう終わりだ」


 風間は、フェンシングの型を選んだ。

 “幻想の刃イメージ・フルーレ”と“理想の騎士団サークル・ナイツ


 この二つの異能力を活かすのならば、その方が最適だと、風間は思っているのだろう。

 それはつまり――風間にとって、慣れた異能力オルタビリティを発動させた、勝利の手順ハメパターンということに他ならない。


 “理想の騎士団サークル・ナイツ”は、一五体の遠隔で操作できる鎧騎士メイルを生み出す能力である。


 それだけ聞くと、なぜこの能力が上級異能力レベルBオルタビリティに指定されているのか、首をかしげる人間も多いだろう。


 しかし、そもそも、操作する対象が増えると、それだけ脳に負担がかかる。

 さらに言うなら、数は力だ。上級レベルB異能力オルタビリティだけあって、一体一体には、付加価値がある。


 それは――


 全員が、使い手の発動させている異能力オルタビリティを、合わせて使用可能である、ということ。


 “理想の騎士団サークル・ナイツ”全員が“幻想の刃イメージ・フルーレ”を使えるということだ。


 一人が使っているのなら“幻想の刃イメージ・フルーレ”は、そこまで怖い異能力オルタビリティではない。


 少なくとも、普通の剣が届かない距離まで逃げれば、攻撃を受けることはないからだ。


 しかし、複数人となると、間合いの管理は圧倒的に難易度が上がる。


 集団戦チームでこそ輝く“幻想の刃イメージ・フルーレ

 自らの異能力を知っているからこその選択チョイスだと言えよう。

 それに、電車内では“理想の騎士団サークル・ナイツ”の集団戦法を活かせない。

 そういう意味でも、計算ずくだったのだ。


 駅のホーム程度の広さがあれば、その集団戦を活かすことができる。


『四番線、発車いたします――』


 電車の発車を告げるアナウンスが鳴る。

 そして、鷹一は選択を迫られた。


 電車に乗って逃げるか、それとも、ここで叩くか。

 だが、鷹一はその内の一つを、即断で捨てた。


(逃げる――そんな弱い考え、オレがしてたまるかッ)


 鷹一の脳内に、再び金言パンチラインが炸裂する。


『危険を避けようとか、リスクを避けようとか。そんな考えは捨てなさい。AAAはギャンブル。いざって時には、自殺するくらいの考えが必要な時もある』


 鷹一は、その声に従い“理想の騎士団サークル・ナイツ”に向かって、飛び込んだ。


 風間はきっと“理想の騎士団サークル・ナイツ”に自分を削らせることで、一気に勝負をつける気だと考えていた。


 確かに、鷹一の“正義の十字クロス・ロンギヌス”は利便性が高い。

 が、それでも器用貧乏という評価から抜け出せないのは、圧倒的に決め手サンデーパンチに欠けるからだ。

 しかし、そんなもの、すでに対策してある。


 鷹一の右拳に、どんどん“正義の十字クロス・ロンギヌス”が集まり、そして鷹一の拳がバランスボールほどの大きな鉄球ゲンコツで包まれた。


 布であろうと、量が増えれば重くなる。


 鷹一はその拳で、思い切り鎧騎士メイルをぶん殴った。

 ガゴンッ! と鈍い音がして、鎧騎士メイル達が吹っ飛んでいく。


「“巨人の拳ギガント・ブロウ”!」


 異能力オルタビリティを発動させている鷹一は、その身体能力フィジカルを向上させている。

 だからこそ、重くなった拳も振りかざすことができるのだ。


 鷹一は、叩き込まれた空間把握能力で、覚えた“幻想の刃イメージ・フルーレ”の間合いを躱していく。

 だが、それでもまだ、鷹一は未熟。

 体が切り刻まれていき、全身がミキサーでかき混ぜられたかのように、どんどん傷が増えていく。


「ぐぅ……ッ!」


 鷹一はまだ、自分が無傷で勝てるほどの力を持っているとは思っていない。

 だが、これほどの手傷を負うとは思っていなかった。

 出血多量の一歩手前ガケップチ、鷹一は思わず舌打ちをする。


 しかし、それでも、風間をぶん殴って倒せるなら、安い代償だ。


 もう一度、発奮のために、鷹一は“理想の騎士団サークル・ナイツ”の先にいる風間を見た。

 だが――


 そこに、


「なにぃッ!?」


 思わず、鷹一は周囲を見る。

 風間は、ドアが閉まる電車の中に乗っていた。


『あぁーッとぉ! 風間選手、電車に乗り込んでいるッ! 朝比奈選手は設定上、風間選手を狙う殺し屋です。電車に追いつけないと判断された段階で、任務失敗! 朝比奈選手の負けで試合終了となってしまいます!』


 と、AI実況の声が脳内に響く。


「マジかよクソッ!!」


 鷹一は周囲の“理想の騎士団サークル・ナイツ”を見る。

 電車がホームを抜けるまでに、倒せる人数ではない。


 鷹一は、思わず舌打ちをする。


「とっておきたい、……だったんだがな」


 ギアを操作し、鷹一は新たな異能力オルタビリティを発動させた――。



  ■



 風間は、電車内で遠ざかっていくホームを見つめ、そして、鷹一が追ってこないのを確かめると、ため息を吐いて、椅子に腰を下ろした。


「やれやれ……朝比奈鷹一、苦戦させられた」


 なぜあいつがEクラスなんだ?

 と、首を傾げる。


 が、どちらにしても、風間は勝った。

 それが今、この時の事実である。


 勝負事ギャンブルに、過去と未来は関係ない。

 まさに今、この時だけがすべてだ。

 過去に強かろうと、未来に強かろうと、今負けてしまうのならすべて関係ない。


 仮に、鷹一がこれから先、偉大な選手プレイヤーズプレイヤーになったとしても。

 ここで風間に負けたという一敗は、彼の歴史テキストに刻み込まれる。


 一敗の価値は、それほど重いのだ。

 だからこそ、誰だって負けたくない。

 一敗は、百回勝たなくては取り返せないから。


 その思いは、炎となって、さらなる力を呼び起こす。 

 かつての風間なら、“理想の騎士団サークル・ナイツ”を囮にして、条件勝ちテクニカルを狙うなんてしなかっただろう。


 しかし――、朝比奈鷹一という選手の存在が、彼を成長させた。

 負けたくないという思いが、風間の眠れる才能を引き起こしたのだ。


「朝比奈鷹一……。お前に、敬意を払おう」


 そう言って、風間は気づく。

 AAAは、勝利が確定すれば、実況AIから勝利宣言が入り、そして控室へ自動転送される。


 だというのに、まだ勝利宣言も転送も始まらない。

 すでに鷹一がいるはずの駅は、遠く離れているというのに。


 その事実に気づいた時、風間は立ち上がった。


 


 まるで、気づくのを待っていたようなタイミングで、風間の乗る車両に、鷹一が乱暴にドアを開けて入ってきた。

 血まみれの姿で、肩で息をして。


「はぁーッ……はぁーッ……!」


 まるで、猛獣が喉を鳴らして威嚇するような息遣い。

 鷹一は射抜くような眼差しで、風間を睨んだ。


「朝比奈、鷹一……ッ!」


「全力、出させてもらうぜ……ッ!」


 鷹一は、ギアの画面を指先で叩いた。

 そして眼の前に現れた三✕三のパネルの内、一つを殴る。


 レイズタイムにて獲得した、新たな異能力オルタビリティ


「“この身に太陽をジービート”ッ!」


 殴った瞬間、鷹一の全身が、橙色オレンジの炎に包まれる。

 それは、暁龍衣が使っていない、鷹一の独創性オリジナリティ


 異能力オルタビリティにおいて、評価レベルの基準となるのは、主に3つ。


 攻撃力アタック

 相手の精神膜ドレスを突き破る力。


 適用範囲レンジ

 どれだけ広い範囲にその効果を適用できるか。


 維持時間スタミナ

 脳に与える負荷と、どれだけ異能力オルタビリティを維持できるか。

 

 である。


 鷹一の纏った“この身に太陽をジービート”は、これらの内、適用範囲レンジ維持時間スタミナが極端に低い。


 レベルにすると、Cがいいところである。


 そんな、鷹一の“この身に太陽をジービート”を見て、風間は考察した。


(僕以上に、朝比奈がポイントを稼いでいる可能性はゼロではない――が)


 風間は知っている。

 “この身に太陽をジービート”の能力を。


 エリートの、エリートたる所以。

 それは、当然努力をしている、ということだ。


 風間は、自らが使わないであろう異能力オルタビリティの研究もしている。



 “この身に太陽をジービート

 レベルC。

 熱の無い炎。

 しかし、炎の熱以外の性質を、炎以上に再現することができる。

 だ。


 簡単にいうと、RPGで言う、攻撃力アタックを上げる魔法バフである。


「こいつは、使いたくなかったよ」


 鷹一は、そう呟いた。


「少なくとも、るまでは、とっておきたい、とっておきだったんだが。……まあいいや」


 鷹一が拳を握ると、全身を包んでいた“この身に太陽をジービート”が、鷹一の右腕を覆うのみとなった。


 発生させていた炎を、一部にのみ集中させることで、より出力を引き上げているのだ。


「ま、まずいッ、“理想の騎士団サークル・ナイツ”を戻さなくては……!」


 その瞬間、再度発動させた“理想の騎士団サークル・ナイツ”が、鷹一から風間を守る壁となる。


「オレは、貫く男ランスだ……ッ!」


 そう言って鷹一は拳を突き出し、ぼうぼうと音を立てて背後へ噴射する“この身に太陽をジービート”の勢いに乗せて、放った。 


 その拳は、まだ“正義の十字クロス・ロンギヌス”によって、巨大化している。

 そして“この身に太陽をジービート”による、爆発的推進力の獲得。


 そして、鷹一の全身を一本の槍へと変えた――。


 倒せなくとも、数が売りの“理想の騎士団サークル・ナイツでは、限界まで密度と硬度を高めた“正義の十字クロス・ロンギヌス”と“この身に太陽をジービート”の推進力を止められない。


 木偶で作った壁が、まさに木っ端微塵に吹き飛び、風間までの道を切り開く。


 そして、全身を槍と化した鷹一の拳が、風間の腹に突き刺さった。

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