電車内であるならば、震度マグニチュード七の地震を起こすことは、地上よりも容易である。

 異能力オルタビリティの力であれば、さらに容易であろう。


「バカなッ――!?」


 風間は、鷹一の拳を躱すと同時に、大きく背をのけぞっている。それほどまでに体勢を自ら崩していたのなら、たとえどれほどの体幹バランスを誇っていたとしても、関係ない。

 問答無用で、体勢を崩す事ができる。


 鷹一は、まるで眼の前から歩いてきた人間を避けるように一歩、風間へ向けて踏み出し、肩を掴んで、テコの原理で地面に向かって叩きつけるように投げた。

 有名な柔道の技、大外刈りである。


「がっ……!」


 背中を叩きつけられた風間の口から息が漏れた。

 剣を使う武道の人間が、転がされてから使う技は、ほぼ存在しないと行っていい。


 鷹一は素早く風間の肩口に膝を押し当て、剣を振るうことができないように押さえつける。


 そして、“正義の十字クロス・ロンギヌス”で保護フォローした拳を、風間の顔面に思い切り振り下ろす。


 ったッ!


 一足早い勝ち名乗りが、鷹一の内心で行われる。

 たが、それはまだまだ甘い鷹一の、早とちりにすぎない。


出力全開フルパワーッ!」


 瞬間、風間の握っていた“幻想の刃イメージ・フルーレ”を中心に、突如、爆発が起こったかのような突風が吹き荒び、鷹一は吹っ飛ばされた。

 

 車両と車両をつなぐドアまで吹き飛ばされ、先程風間にしたように、鷹一の背もドアに叩きつけられる。


 そして、鷹一の全身に、まるでナイフで切りつけられたような傷が刻まれていた。


 とろりと血が流れその頬を赤く染めた。


「隠し玉か、クソッ」


 そう悪態をつく鷹一、今ので仕留められなかったのは、正直言って痛手だ。


「まさか、Eクラス相手に、ここまでもつれ込むとはな……。とっておきたい、とっておきたったんだが」



 “幻想の刃イメージ・フルーレ”は、風の刃だ。

 だからこそ、鷹一を盾ごと吹っ飛ばすことができた。

 そして、出力を全開にして放てば、周囲に台風にも匹敵するかまいたちを発生させることができる。が、それを使ってしまえば、一定時間刃を発生させることはできなくなってしまう。


 だが、風間はそれを使わざるを得ないほどに追い詰められた。


 とはいえ、そろそろ使っても問題のない時間だからこそ、取った行動ではあるのだが。


『さあ、両選手! が発動しました!』


 鷹一と風間の脳内に、AIの実況音声が発生した。

 AAAが他の格闘技と違うのは、選手が相対した時から五分経過する(あるいはハコによって指定されたタイミング)まで、観客側オーディエンスは選手に賭け直すことができる。


 もちろん、最初に賭けたのを取り消すことはできないが、戦況次第で「勝ちそうだな」と思ったほうにも賭けることができるのだ。


 そして、賭けられた分は、レイズポイントとして選手に配布される。


 そのポイントは、試合終了後にファイトマネーに換金することができるが、試合中に使うこともできる。


 風間は、ギアの画面をちらりと見る。

 それに釣られるように、鷹一も画面を見た。


 二人に配布されたポイントが表示されており、風間はニヤリと笑う。


「……十分なポイントが入ってるな」


 鷹一も画面に入っているポイントを見ると、Cクラスの異能力オルタビリティ使用制限ロックを解除することが精一杯だ。


 実のところ、人間には異能力オルタビリティをいくつも使うことが可能だ。

 というより、多くの人間に同じ能力がある、というべきか。だからこそ、いくつもを同時に発動することができる。


 しかし、一気にいくつもの能力を発動させれば、個々人の才能の容量メモリにもよるが、脳が負荷に耐えきれず深刻なダメージを負ってしまう。


 そんな異能力オルタビリティを、安全に、かつ直感的に操作することができるのが、腕時計型異能力制御装置こと“ギア”である。


 そのギアに、ポイントによる限定解除アンロックを行うことで、試合中に使える異能力オルタビリティを増やすことができるのだ。


 最初に持ち込める異能力オルタビリティは、AからEまでの内「レベルC」まで。

 しかし、ポイントさえ稼ぐことができるのなら、最大級レベルA異能力オルタビリティまで獲得することができる。


 ここまでは、鷹一が押していた。

 だが――風間の勝利に賭けた観客たちは、風間を負けさせまいと、一気に上乗せレイズを行う。


 結果――押していたはずの鷹一に、あまりポイントが入らないということになっているのだ。


 つまり、今鷹一がやるべきことは、一つ。


「オレが能力獲得ソレを許すとでも、思ってんのかッ!?」


 鷹一は“正義の十字クロス・ロンギヌス”で作ったバネに乗り、一瞬で風間の元へ跳躍。


 異能力オルタビリティを獲得するためには、ギアを操作し、何を限定解除アンロックするか選ばなくてはならない。


 だからこそ、鷹一は懐へ飛び込むことを選択。

 自分が信じる拳で、風間を倒そうとしたのだ。


 もちろん鷹一は、現在風間が“幻想の刃イメージ・フルーレ”を使えないことなどわかっていない。

 が、出力全開フルパワーであの程度なら、防御は可能だという勝算ソロバンがあってのこと。


 そこに、鷹一のがあった。

 風間はAクラスなのだ。

 雑魚ではない。


 風間は、鷹一が振りかぶった右拳を、横っ飛びで躱した。

 電車内で、大げさなほどの大きな動き。


 それは、風間が電車の外に飛び出すためだった。


「なっ……!」


 風間は、体ごと窓に体当たりをすることで、外に出る。

 本来であれば、外に叩きつけられるはずだったが、電車は少しずつそのスピードを落とし、駅に止まろうとしていたのだ。


 そして――風間は駅のホームに、転がり落ちる。

 遅れてしまった鷹一は、一瞬風間の脱出を見送るしかなく。


 、すぐさま同じように、駅へと飛び出すものの。

 その時点で五秒ほどが経過していた。

 走っていた電車から、風間に五秒遅れで飛び出したということは、少なく見積もっても、風間に到達するまで一〇秒はかかる。


 あの一瞬で、一五秒稼がれた。


 それはつまり――。

 風間秀也、新たな異能力オルタビリティの解禁である。


「チッ……」


 駅のホームに降り立った鷹一は、思わず舌打ちをした。

 遠く、一〇メートル近く離れている風間は、すでに異能力オルタビリティの選定を終えている。


 風間の右手に復活した“幻想の刃イメージ・フルーレ”が。

 そして、風間を守るように、一五人の鎧をまとった騎士達が立っていた。


 あまりにも色濃く映し出された殺意に、鷹一の皮膚が泡立つ。


 上級レベルB異能力オルタビリティ

 “理想の騎士団サークル・ナイツ”解禁である。

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