6
■
デビュー直後の彼女は、普通のAAA選手であった。
いや、むしろ、普通よりも圧倒的に不利なハンディキャップを背負っていた。
AAAの選手には、
どんなタイプの
そして、どれだけの威力を発揮できるのか。
どれだけの範囲で扱えるのか。
どれだけ相手の攻撃に耐えられるのか、など。
いくつかの項目に分けられて定められるその中で、彼女には一際、他のAAA選手よりも劣っているものがあった。
それは異能抵抗力という、簡単に言えば、
普通の人間には、他人の
つまり、この
ボクシングや他の格闘技で、
だからこそ、暁龍衣も、デビューしてすぐに勝ち星を上げることはできなかった。
そんな彼女が「
ジークンドーとは、触らせずに、相手の攻撃を
流れる水のように型なく、留まることなく探求する武道だ。
“
■
スポーツ、ゲーム、創作活動……何においても、勝負事ならなんでもいい。
大抵の勝負事には“
そういう存在は、周囲に
しかしもし、まだ
自信満々にその
普通は「素人が何をかっこつけているんだ」とか「そんなことよりもまずやるべきことがあるだろ」とか、言いたい言葉がたくさん溢れ出てくるだろう。
それが、怪我が原因で引退した選手の構えを真似していたとあっては、いい感情を抱かれないのは、当然といえば当然だった。
誰にも真似のできない戦い方。
誰しもが宝だと思った戦い方。
誰も彼もが尊敬し、愛し、熱狂し、時には憎んだ。
その
「……一応聞こう、朝比奈鷹一」
風間は小さく震え、より怒りが大きく燃えないように、俯いて鷹一を視界に入れないようにした。
「お前がジークンドーを、その
「
「知っていて選んだんだと言うのなら、お前はにわかですらない! 愚か者だッ!!」
「勝負は
「俺は……暁龍衣を尊敬しているッ! 彼女の試合は何度も見た! 彼女の最後の試合“
風間の激昂が、鷹一の
だが、激昂など、戦いの最中に見せていい感情ではない。
鷹一の脳裏に、
『相手が怒った時はチャンスだよ。怒った相手は、行動の幅が狭まるからね。ガンガン怒らせちゃいなさい』
「憧れてんなら、お前がやったら良かったんじゃん? お前なら赤いマフラー似合うと思うよ。それに、俺のは真似じゃなくて、
と、鷹一はどこにも結びつけていない左端をくるくると回しながら、風間を見下すように言った。
その鷹一の言葉が燃料になったかのように、風間の顔が赤くなっていく。
暁龍衣の戦い方は、真似できるなら、多くの選手が真似したいと考える。
誰にも触れさせない、華麗なる戦い。その戦い方から、彼女は“
憧れと同じ戦い方ができるなら、ほとんどの人間がそうするだろう。
しかし、風間は、風間以外の何人ものAAA選手達は、暁龍衣の戦い方を真似ようとはしなかった。
山に登る誰もが、エベレストを登ろうと考えるわけではないのと同じように。
「猿真似なんぞに、やられる僕じゃあない……ッ!」
怒りを落ち着けようと、風間はそんな言葉を吐く。
それは「だから怒る必要はない」と、怒りを発散させるための言葉である。
「口ばっかじゃなくて、手ぇ動かせって」
ボソリとつぶやく鷹一に、思考の糸が切れた風間が、大股で一歩踏み出す。
「“
刃のない、鍔だけの
そして一瞬で、数メートル離れた鷹一に距離を詰めた。
「ひゅうッ!」
鷹一は、遊ばせていたマフラーの左側で渦を巻いて盾を作る。
その瞬間、何もないはずだというに、盾になにかがぶつかって、鷹一はふっとばされた。
「おぉッ!?」
空中で姿勢を制御しつつ、追撃を仕掛けてくる風間をしっかりと見つめる。
(やっぱ見えない切っ先って能力か。間合いは……一メートルないくらいってとこかな)
盾でぶつかった距離から
そして、ぶっとばされたということから、相手の
(消えるってだけじゃ、ふっとばされる理由がわかんねえな。すげえ力で押されたようだったけど……?)
追撃してきた風間は、手首を返し、突き出し、上下左右からの
その度に、鷹一の前髪も揺れる。それほどまでに激しい斬撃なのか、と鷹一は内心で風間の鍛錬に敬意を評した。
切っ先は見えないが、元々鷹一は切っ先を頼りにしていないこと、間合いを測っていたこともあって、避けることができる。
「どうしたどうしたッ! 暁龍衣は、そんな逃げ一辺倒じゃなかったぞ!」
鷹一は、その言葉には返事をせず、躱し続ける。
確かに暁龍衣は、今の鷹一よりももっとアグレッシブではあった。
だが、挑発を得意とする鷹一は、風間の慣れない挑発になど、心揺れない。
今の自分にできることを、精一杯こなすだけ。
鷹一は、剣が大振りになった一瞬を突き、蹴り足で一気踏み込み、一瞬遅れて拳を突き出す。
体重をしっかりと乗せるための
逃げ一辺倒だった鷹一が突然拳を打ち出してきたことに一瞬風間は驚いた。
特に、攻撃と攻撃の隙間に差し込まれたのだから、風間は
しかし、さすがは
風間は、体を捻って、乱暴に鷹一の拳を弾く。
そしてそれは、鷹一を守るものがなくなった――はずだった。
ガードが開いた鷹一の、遊ばせていたマフラーの左側が、まるで鉄球のように丸くなり宙吊りになっている。
“
ここは電車だ。
そこに、予定外の衝撃が加われば――。
大地を殴るよりも簡単に揺れるのは、自明の理だった。
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