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 暁龍衣アカツキルイ

 デビュー直後の彼女は、普通のAAA選手であった。

 いや、むしろ、普通よりも圧倒的に不利なハンディキャップを背負っていた。


 AAAの選手には、異能力オルタビリティをどれだけ扱えるかによって、基礎能力ステータスが評価される。


 どんなタイプの異能力オルタビリティを得意としているのか。

 そして、どれだけの威力を発揮できるのか。

 どれだけの範囲で扱えるのか。

 どれだけ相手の攻撃に耐えられるのか、など。


 いくつかの項目に分けられて定められるその中で、彼女には一際、他のAAA選手よりも劣っているものがあった。


 それは異能抵抗力という、簡単に言えば、異能力オルタビリティに対する防御力ガードである。


 普通の人間には、他人の異能力オルタビリティに抵抗する精神膜ドレスがあり、そのの強さが異能力オルタビリティに対する防御力ガードになる。


 つまり、この精神膜ドレスが脆いと、それだけAAAにおいて打たれ弱いということになるのだ。


 ボクシングや他の格闘技で、硝子の顎グラス・ジョーと称されるようなもの。


 だからこそ、暁龍衣も、デビューしてすぐに勝ち星を上げることはできなかった。

 そんな彼女が「無垢なる拳イノセント・ブロウ」と呼ばれ、現在に置いても最強議論テッパンに名を連ねているのは、“正義の十字クロス・ロンギヌス”を用いた戦法を会得したからだ、と言われている。


 正義の十字クロス・ロンギヌスは、彼女が扱うジークンドーに、非常に適していたのだ、


 ジークンドーとは、触らせずに、相手の攻撃をつことを目指す道。

 流れる水のように型なく、留まることなく探求する武道だ。


 “正義の十字クロス・ロンギヌス”をメインに据えてからの彼女は、最後の一戦まで、相手に一度も触れさせなかった――。



  ■



 スポーツ、ゲーム、創作活動……何においても、勝負事ならなんでもいい。

 大抵の勝負事には“伝説レジェンド”と称される存在がいる。


 そういう存在は、周囲に大いなる影響ムーブメントを与えており、競技によってはルールすら変えてしまう。


 しかしもし、まだ学生アマの分際で。

 自信満々にそのやり方スタイルを真似ていたとしたら。


 普通は「素人が何をかっこつけているんだ」とか「そんなことよりもまずやるべきことがあるだろ」とか、言いたい言葉がたくさん溢れ出てくるだろう。


 それが、怪我が原因で引退した選手の構えを真似していたとあっては、いい感情を抱かれないのは、当然といえば当然だった。


 誰にも真似のできない戦い方。

 誰しもが宝だと思った戦い方。

 誰も彼もが尊敬し、愛し、熱狂し、時には憎んだ。


 その構えスタイルを鷹一が選択したことは、少なくともいい感情を呼び起こさないだろう。


「……一応聞こう、朝比奈鷹一」


 風間は小さく震え、より怒りが大きく燃えないように、俯いて鷹一を視界に入れないようにした。


「お前がジークンドーを、その異能力オルタビリティ選んだのは、偶然か?」


偶然ラッキーなわけねえじゃん。AAAの選手志望しといて、暁龍衣を知らねえのは、にわかすぎるだろ?」


「知っていて選んだんだと言うのなら、お前はにわかですらない! 愚か者だッ!!」


「勝負はやってみるまでわからないシュレディンガー、だろ?」


「俺は……暁龍衣を尊敬しているッ! 彼女の試合は何度も見た! 彼女の最後の試合“悲しみの無歓声サイレント”は、涙した……ッ。憧れてやり方を真似るにしても、相手を選んでやれ!」


 風間の激昂が、鷹一の肌感覚アンテナにビリビリと伝わってくる。

 だが、激昂など、戦いの最中に見せていい感情ではない。


 鷹一の脳裏に、金言パンチラインが再生される。


『相手が怒った時はチャンスだよ。怒った相手は、行動の幅が狭まるからね。ガンガン怒らせちゃいなさい』


「憧れてんなら、お前がやったら良かったんじゃん? お前なら赤いマフラー似合うと思うよ。それに、俺のは真似じゃなくて、尊敬サンプリングなの」


 と、鷹一はどこにも結びつけていない左端をくるくると回しながら、風間を見下すように言った。


 その鷹一の言葉が燃料になったかのように、風間の顔が赤くなっていく。


 暁龍衣の戦い方は、真似できるなら、多くの選手が真似したいと考える。

 誰にも触れさせない、華麗なる戦い。その戦い方から、彼女は“無垢なる拳イノセント・ブロウ”と呼ばれるほどの選手になった。


 憧れと同じ戦い方ができるなら、ほとんどの人間がそうするだろう。


 しかし、風間は、風間以外の何人ものAAA選手達は、暁龍衣の戦い方を真似ようとはしなかった。

 山に登る誰もが、エベレストを登ろうと考えるわけではないのと同じように。


「猿真似なんぞに、やられる僕じゃあない……ッ!」


 怒りを落ち着けようと、風間はそんな言葉を吐く。

 それは「だから怒る必要はない」と、怒りを発散させるための言葉である。


「口ばっかじゃなくて、手ぇ動かせって」


 ボソリとつぶやく鷹一に、思考の糸が切れた風間が、大股で一歩踏み出す。


「“幻想の刃イメージ・フルーレ”ッ!!」


 刃のない、鍔だけのエペを、風間は鷹一に向かって突き出した。

 そして一瞬で、数メートル離れた鷹一に距離を詰めた。


「ひゅうッ!」


 鷹一は、遊ばせていたマフラーの左側で渦を巻いて盾を作る。


 その瞬間、何もないはずだというに、盾になにかがぶつかって、鷹一はふっとばされた。


「おぉッ!?」


 空中で姿勢を制御しつつ、追撃を仕掛けてくる風間をしっかりと見つめる。


(やっぱ見えない切っ先って能力か。間合いは……一メートルないくらいってとこかな)


 盾でぶつかった距離から間合いレンジを。

 そして、ぶっとばされたということから、相手の異能力オルタビリティを推測する。


(消えるってだけじゃ、ふっとばされる理由がわかんねえな。すげえ力で押されたようだったけど……?)


 追撃してきた風間は、手首を返し、突き出し、上下左右からの縦横無尽デタラメな斬撃で容赦なく鷹一を襲う。

 その度に、鷹一の前髪も揺れる。それほどまでに激しい斬撃なのか、と鷹一は内心で風間の鍛錬に敬意を評した。


 切っ先は見えないが、元々鷹一は切っ先を頼りにしていないこと、間合いを測っていたこともあって、避けることができる。


「どうしたどうしたッ! 暁龍衣は、そんな逃げ一辺倒じゃなかったぞ!」


 鷹一は、その言葉には返事をせず、躱し続ける。

 確かに暁龍衣は、今の鷹一よりももっとアグレッシブではあった。


 だが、挑発を得意とする鷹一は、風間の慣れない挑発になど、心揺れない。


 今の自分にできることを、精一杯こなすだけ。


 鷹一は、剣が大振りになった一瞬を突き、蹴り足で一気踏み込み、一瞬遅れて拳を突き出す。

 体重をしっかりと乗せるための足運びステップである。


 逃げ一辺倒だった鷹一が突然拳を打ち出してきたことに一瞬風間は驚いた。


 特に、攻撃と攻撃の隙間に差し込まれたのだから、風間は反撃カウンターが難しい、


 しかし、さすがは一流Aクラス

 風間は、体を捻って、乱暴に鷹一の拳を弾く。


 そしてそれは、鷹一を守るものがなくなった――


 ガードが開いた鷹一の、遊ばせていたマフラーの左側が、まるで鉄球のように丸くなり宙吊りになっている。


 “正義の十字クロス・ロンギヌス”で作り出したその鉄球を、鷹一は思い切り床に落とした。


 ここは電車だ。

 決まった路線レールを走っているとしても、揺れることのある電車だ。


 そこに、予定外の衝撃が加われば――。


 大地を殴るよりも簡単に揺れるのは、自明の理だった。

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