■


 三条学園サンジョウに通う生徒は、通うことを許された時点で、異能力オルタビリティを扱うことも同時に許可される。


 そして、それと同時に、学園内にある格技場スタジアムを予約してAAAの試合を行うことが許可されるのである。


 挑んだほうがその予約を行うのは、三条学園の学生としての流儀マナーだ。


 今回挑んだのは風間なので、風間がスマートウォッチ、ギアのメニューから予約を取った。


 第三格技場サードスタジアム

 風間秀也VS朝比奈鷹一。


 そう記されたギアの画面を見ながら、鷹一は放課後を待った。


 そして、いよいよその時がやってきたのである。


「鷹一~。マジでやんのぉ? Aクラスとぉ?」


 眠っていた鷹一を起こしたのは、心配そうな天馬の声だった。

 顔を起こし、天馬と寝ぼけ眼を合わせる。


「あんだよ、お前……。昼休みは逃げただろーが」


「その説は」と、手を合わせて頭を下げる天馬。「でもさ、鷹一も鷹一だぜ~。なんで王ヶ城さんに惚れられたり、その王ヶ城さんを取り合って、Aクラスの風間とることになるんだよ? 俺らがEクラスってこと、忘れてないか? 少なくとも、まずは一個上からだろ」


「お前さ」


 鷹一は立ち上がって、伸びをする。


「喧嘩売られて、相手が自分より強いからって、殴るの我慢するのか?」


 その鷹一の表情には、ただ純粋シンプルな疑問だけがあった。


「いや、そりゃあ……。俺だって、AAAの選手プレイヤーだし。挑戦の気持ちチャレンジ・スピリッツはあるけどさ」


全試合勝つ気オール・インでやんねえとよ。じゃなきゃ、最強ザ・ワンになんてなれねえ」


 と、鷹一はそう言って、教室を出た。


「あ、おい鷹一! 待てって!」


 天馬もその後ろを追いかけ、二人で格技場スタジアムへと向かった。


 廊下を堂々ズンズンと歩いていく鷹一の背後から、天馬が割れ物ガラスを触ろうとするような、恐る恐るという雰囲気を匂わせ声をかけてきた。


「なあ、お前さ……。最強ザ・ワン目指してるの、マジなんか?」


「そりゃマジだろ。じゃなきゃ言ってねえし」


「お前さ、AAAの試合、ちゃんと見てっか?」


「当たり前じゃん。一〇年くらい前に初めて見てから、毎日見てるよ」


「それから最強ザ・ワンになったやつ、見たことあるかよ。最高マックス、ニ冠までだろ」


「だなぁ」


「知ってっか? すげえ選手がいたの。最強ザ・ワンに最も近いって言われた選手でさ……。俺、あの人の大ファンなんだよ。触れさせない、まさに最強って戦い方をしてた……」


暁龍衣アカツキルイのことか?」


「な、なんだよ。知ってるんじゃん」


 暁龍衣。


 それはAAAの選手の一人だ。

 すでに引退しているものの、AAAのファンが口を開けば「暁龍衣が最強ザ・ワンに近い」「いや、暁龍衣よりも強いやつはいる」と、最強議論が始まるだろう。


 つまるところ、それだけファンの心に自らを刻み込んだ選手である。

 では、一体どういうところが、人々の心を掴んだのか。


 一撃で倒すのは、体格など生まれ持ったものが響きすぎる。

 しかし、触らせずに勝つことは、技術を磨きさえすれば、決して不可能ではない。

 もちろん、それでも常人には到達不可能アンタッチャブルな極地であることに変わりはないのだが。


「鷹一だって、暁龍衣の戦い方がすげえことくらい、わかってんだろ?」


「もちろん」


「あんな人でさえ、最強ザ・ワンになれなかったんだぞ? それでもお前は目指すってのかよ」


「たりめーだ」


「いや、いやいやッ。お前、暁龍衣より強くなれると思ってんのかよ!」


 天馬の性格キャラには合わない大声だった。

 AAA選手候補として、暁龍衣の凄さは身にしみてわかっているから。


 それがわからないようであれば、そもそもAAAの選手なんて目指す資格はない。


 AAAの選手が扱う異能力オルタビリティは、それこそ無限と言っていいほどの種類がある。


 そんな能力に対応し、相手に触れさせず勝ったこともある暁龍衣は、異常と言ってもいい高みである。


 だからこそ、声が大きくなった。

 それがどんな感情から発せられたのかは、彼にもよくわかっていないが。


「高い壁があったとして、その壁に立ち向かわねえのは、男が廃るだろ」


 そう言われてしまえば、天馬はもう黙るしかなかった。

 鷹一の言葉を信じたわけではないし、彼が暁龍衣を超えられると思ったわけでもない。


 しかし、夢を語る男をバカにしては、同じ男として恥ずかしいと。そう思ったのだ。


「……わかった。もう何も言わねえ。でもさ、鷹一」


「あん?」


 天馬は、少し小走りで鷹一の隣に立つと、その首に気安く手を回した。


「俺は、まだお前と付き合いは短いけどさ。でも、友達ツレだと思ってる。友達ツレが怪我しないかくらい、心配させてくれよ」


「ふっ」


 鷹一は小さく笑うと、天馬の手を取った。


「ならお前、ギア見せてみ?」


 鷹一はにこやかに言うが、それとは対照的に、天馬の表情は血の気が引いたようだった。まるで太陽と月のよう。


ご立派な演説スペシャルスピーチ垂れたんだ。さぞかしたくさん、オレに賭けたんだろうな?」


「い、いや、それは、あ、当たり前じゃん!」


 鷹一は素早く天馬のギアを操作し、画面を表示する。

 そこには、風間に一〇〇〇ポイント賭けたという証が示された。


 生徒は、放課後に格技場スタジアムで行われる試合で、勝利者がどちらかを賭けることができる。

 そして、賭けたほうが勝ったらポイントをもらい、より今後の生活クオリティー・オブ・ライフを豊かにすることができるというわけだ。


「……大層クソ友達マイメンだなあ」


「い、いやあ。だってほら、こっちも生活かかってるからさ?」


「お前なあッ! 友情語るんなら身銭切れよッ!! オレが最強ザ・ワンになるって信じてねえな!? っちまうぞ!?」


 そのまま、鷹一は天馬へのヘッドロックへと移行した。

 こめかみを締め付けるような、痛みを重視した形である。


「わーッ! ごめん、ごめんて! 次から全部鷹一に入れるオールインするから許して!」


 鷹一は、天馬の言葉を信じたかのように、ヘッドロックから開放する。


「チッ。まあ、まだ今のオレじゃあ、実績がねえからな……。今回だけは許してやんよ」


「さ、サンキュー……」


 鷹一は天馬を開放し、再び並んで歩き出す。

 その様だけ見ると、まったく男子高校生クソガキのじゃれ合いではあるものの。二人にとっては、真剣な話ガチンコファイトクラブだったのだ。


 そうして二人は、格技場スタジアムに向かう。

 鷹一の足取りは軽く、浮足立っているようにすら思える。


 これが、彼にとって始めての公式戦ガチマッチ

 そう思えば、高揚ワクワクするのも仕方のないことだろう。



  ■



 校舎を出て、鷹一が紅音に告白された桜の木を横目に、三条学園の敷地を奥へ行くと、六つの蜂の巣ハニカム構造のスタジアムが並んだ場所がある。

 一つ一つは、一般的な体育館程度の大きさではあるものの、そこは御三家トライデントが技術の粋を集めて作った最新鋭のスタジアムだ。


 ここで授業を行い、そして放課後の試合マッチメイクをする。

 ある意味では、校舎以上に大事な施設なのだ。


 その六つの内の一つ、三の数字を割り振られたスタジアムに足を踏み入れた。

 受付の女性職員に「試合の予約してる、朝比奈です」と告ると、慣れた笑顔で「では、第ニ控室へどうぞ。トレーナーがお待ちですよ」


 と案内された。


「……トレーナー?」


 試しに、上空を見て、思い当たる人物の顔を思い描いてみる鷹一だが。

 何度も、どういう思い返し方をしてみても、一人しかいなかった。


  ■



「あっ、来ましたね、鷹一さん!」


 控室に入ると、そこにはやはりと言うべきか、紅音がいた。

 大きな姿見の前で、髪型を直していたらしい。

 白い壁の狭い室内に、椅子と鏡があるだけの簡素な部屋。


 その奥に、ひときわ目立つ、でかい筒型の機械があった。


「ったく。なんで王ヶ城がここにいんだよ」


「そりゃあ、鷹一さんのトレーナー候補ですからっ! ああ、鷹一さんの最強ザ・ワンへの伝説が、ここからはじまるんですねえ~!」


「あ~……俺は即逃げちゃったから、あんま詳しいことわかってないんだけど。なんで王ヶ城さんは、そこまで鷹一が最強ザ・ワンになるって信じてるん?」


「ええっ。そんなの、これですよ」


 天馬の疑問に、紅音は自らの瞳を指差した。


「えっ。……勘?」


「勘ではなく、目です。私が見て来た人の中で、鷹一さんが一番ときめいたんで」


「入学してまだ一週間も経ってないのに、決めなくてもいいんじゃないの? 時期尚早、っていうか」


「じゃあ天馬さん。天馬さんは、服って買いに行ったことあります?」


「えっ、そりゃあ、まあ。俺、こう見えてもおしゃれ大好きなんで」


「では、服を買いに行って、いくつかの店を見て回った時。「あ~、結局、最初の店がいちばんピンと来たなあ」って思ったことは?」


「そりゃ、まあ……あるけど」


「そういうことですよ。順番なんて、運命には関係ないんです」


 息を漏らす天馬は、その態度から論破されたことがわかってしまう。

 そんな言い争いをしている紅音と天馬を見ながら、鷹一はようやく口を挟んだ。


「よぉ、もうそろそろ始まるんじゃねえのか?」


 その声に、二人は鷹一の方を振り返る。

 すると、鷹一は、黒いズボンに、上半身裸。その上に、青いスカジャンを羽織った姿になっていた。


「あれ、もう衣装ファイトスーツに着替えてる?」


「ああっ、鷹一さんの着替えを見逃したっ!」


 紅音は天馬を射殺すような、鋭い視線を向けた。

 その視線にビビったのか、視線をそらしながらも、背筋を伸ばす天馬。


「なあ王ヶ城。トレーナー志望なら、もうの情報は仕入れてんだろ?」


「も、もちろんです!」


「都合のいい時だけ、トレーナー扱いは可哀想じゃね?」


 天馬の言葉は無視され、紅音は手首のギアを操作し、大きなパネルを空中に出現させた。


「さっき発表されてましたよ。今回の設定ハコは、朝の誰もいない電車に乗っている標的を殺すために雇われた殺し屋、ですね」


「どっちが殺し屋だ?」


「鷹一さんですね」


「お、そりゃあよかった」


 鷹一は楽しそうに笑うと、拳同士をぶつける。ゴッ、と、肉と骨がぶつかった鈍い音が響いた。


「殺し屋側ってことは、開示情報はこっちのほうが多そうだな。標的ターゲットのことは調べてから、ってほうが設定に忠実だろうし。……こっちがEクラスだから、ハンデつけられたっぽいけど」


 そして、次の瞬間。

 ブザーが鳴り響き、続いてアナウンスが発せられる。


『風間秀也、朝比奈鷹一。両選手。転送ポッドに入ってください』


 鷹一は、その声に応えるように、両手で髪を後ろに撫で付ける。


「さて……。伝説8マイルの始まりだ」


 そう言って、鷹一は踵を返し、控室の奥に鎮座する、白い筒状の大きな機械に手を触れる。

 すると、自動ドアがプシュッと空気が抜けるような音を立てて開き、人が一人収まりそうなスペースが露出した。


 ここに入ることで、戦場へと転送されるのである。


「あっ、鷹一さん」


 その呼びかけに振り返ると、紅音が鷹一の左手を取り、自らのギアと、鷹一のギアの画面をあわせた。


精神通信テレパスをつなげるの、忘れてました。これで、私が指示オーダーを飛ばしますからね』


 笑顔の紅音は、に、そう言った。

 異能力使いオルタビリティホルダー同士だからこそできる、精神通信テレパスである。


『相手はトレーナーいんの?』


 それに対し、鷹一も、脳内で交信を返した。


『え? えと……確か、まだいないはずです。私に交渉アプローチしにきたくらいですし』


「だったら黙って見てな。喧嘩売ってきた相手を叩き潰すコツ、知らねえの?」


 鷹一は口でそう言って、転送ポッドに収まる。


「……叩き潰すコツって?」


「簡単。同じ土俵で、同じ条件で、だ」


 そう告げると、ポッドは鷹一を認識したのか、再び自動ドアを閉じた。 

 そして、鷹一を戦場ステージへと誘う。


 作り出された亜空間に存在する、に適した場所へ。

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