■



 AAAルール。


 試合は、地形と設定が決められたハコと呼ばれる亜空間で行われる。

 ハコの地形、勝利条件等は、試合前にランダムで決められた設定に左右される。


 試合開始前に持ち込んでいい異能力オルタビリティは、一つ。


 ただし、試合中に条件を満たすことで、



  ■



 まっすぐ伸びる誰もいない電車の中に、鷹一は立っていた。

 ガタンゴトンと音を鳴らし、揺れている車内で、鷹一は揺れずに立っていた。


『さあ、両選手! 準備は完了ですねアー・ユー・レディ!?』


 鷹一の脳内に、司会女性AIの声が鳴り響いた。

 同時に了承すると、勝手に鷹一のギアから宙に画面が飛び出してくる。

 そしてそれは、風間の方でも起こっていることだ。


御開帳オープンベット!』


 その画面に記されていたのは、鷹一と風間の試合を観戦している生徒、そしてネットを通じた配信で、この試合を見ている会員からの賭け金に応じた倍率だった。


 観戦側オーディエンスの生徒は、賭けた方が勝てば、その倍率オッズに応じたポイントを貰える。

 出場側プレイヤーは、その倍率オッズに応じたポイントを貰える。

 そうして稼ぐのが、三条学園のルールである。

 現時点の倍率オッズは、


 風間秀也、1.25倍。

 朝比奈鷹一、10倍。


 それは、下馬評では、鷹一が圧倒的不利であることを示していた。

 当然だろう、最高峰Aクラス最底辺Eクラスの生徒、どちらが勝つのかを賭けろと言われたら、多くの人間が風間を選ぶはずだ。


 鷹一が勝つと賭けるのは、よほどの中毒者ギャンブラーだけ。


「へへへっ。いいねえ。ナメられてりゃ、それだけ衝撃インパクトもでけーし」


 そう言って、鷹一は拳をぶつける。

 そして瞬間、試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。


 試合開始、だが。

 そこですぐ選手同士が殴り合わないのが、AAAの醍醐味である。


 相手と向かい合わない時、相手が何を想像し、自分が有利になるためにどんな作戦を考えているかを、鷹一も、そして風間も考えている。


 そして二人の頭の中を、今見ている観客達も考えているのだ。

 あるだろう、ここからのために。


 鷹一はギアを操作し、開示情報を閲覧する。


 今回のように、鷹一は殺し屋側キラー、そして風間は標的側で別れているのなら、標的側ターゲットである風間は狙われていることすらわからない(もちろん試合なので、完全な情報遮断はできないが)。

 しかし、鷹一には「相手がどこからスタートしたのか」の情報が与えられている。


 それは、殺し屋が相手の行動を調べてから行動しているという設定ハコだからだ。


 ギアから表示されるウインドウを見ると、風間は3号車からのスタートであること、ドアの上に貼られた表示を見ると、今鷹一がいるのは、六号車だとわかった。


「さて……オレがあいつなら、どうすっかな?」


 イタズラを考える少年のように、鷹一は笑い、顎を擦る。

 風間は、鷹一がどこからスタートしているのかは知らない。


 であれば、鷹一がするべき行動は、一つ。


「行くかッ。“正義の十字クロス・ロンギヌス”!」


 鷹一は、ギアから飛び出したウインドウを殴り、“正義の十字クロス・ロンギヌス”を発動させ、右拳を巻くと、


 



  ■ 三号車、風間。



 風間は、転送装置ポッドから解放され、目が覚めると、そこは電車の中であった。


 ドア上の表示を見ると、そこが三号車であることがわかる。


(……今回、僕は標的側だったな。朝比奈には、なにか開示情報があると見るのが自然だ。殺し屋側で考えるとなると、位置情報くらいが自然だろうな)


 風間は立ち上がると、ギアを操作し、自分の目の前にいくつかのウインドウを出現させ、そのうちの一つに触れた。


「“幻想の刃イメージ・フルーレ”」


 その瞬間、ウインドウが砕け、そして、風間の腕には、フェンシングの剣が握られていた。

 ナックルガードに丸い柄。しかし、そこには刃がない。


 持ち手だけがある、フェンシングの剣が、風間の手には握られている。


 相手と出くわしてから能力を発動させても遅い。

 だからこそ、こうして先んじて発動させておくのだ。


 それに、自分がどんな能力を使っているのかを観客に伝えておくことは、AAAにおいて戦術の一つでもある。


(……朝比奈がどこから来るかはわからないが、少なくとも、まっすぐこっちに向かってくるのは、ほぼ間違いないだろう)


 風間は、電車の進行方向に向けて、歩き出した。


 今風間が、電車の中で恐れるべきこと。

 それは、背後からの奇襲である。


 進行方向に向けて三号車から歩き出すということは、二号車に向かうということ、そしてその先には一号車がある。


 つまり、一号車まで行き、運転席を背後にしてしまえば、気にするべきスペースが片方なくなるということだ。


「今目指すべきは、一号車だ」


 仮に、鷹一が一号車から向かってくるとしても、正面から迎え撃つことができる。


(四号車から向かってきたとしても……現段階で、音もなく接近するほどの強い異能力オルタビリティは獲得していないはずだ。適度に背後バックを気にしつつ、一号車で待ち伏せしておけば、不意打ちアンブッシュはほぼない)


 そうして、風間は一号車を目指すことにした。


 不意打ちアンブッシュを警戒しているし、すでに異能力オルタビリティを出している。


 格上Aクラスである風間に、負ける理由はなかった。


 相手が、規格外バカでなければ。

 風間は、背後バックを気にしながら、一号車を目指した。


 走る電車が切り裂く、風の音、その音の隙間の中で。


獲物ウサギが自分の想像通り動くと、気分いいよな?」


 と、そんなが聞こえた。


「ッ――!?」


 警戒している限り、鷹一が近寄った気配などなかった。

 風間は驚きの勢いのまま、振り返る。

 だが、そこに鷹一はいない。風の音源であろう、わずかに開いている窓だけが、そこにあった。


「なん、だ……?」


「こっちだよバーカッ!」


 その瞬間、進行方向である一号車の方、背を向けてしまった方から、ガシャンッ! と甲高い音が響き、そして、次の瞬間には、後頭部に鈍い痛みが走っていた。


「ガッ……!?」


 倒れそうになりながら、風間が背後を振り向くと、右足に赤いマフラーの端を巻き、ハイキックを放った右足を、標準の位置ニュートラルに戻そうとしている、鷹一が目に入った。


「さぁ、どんどん行くぜッ!」


 鷹一は、右足に巻かれていたマフラーで、今度は右手を保護フォローする。

 そして、右拳前の、半身の構えで鷹一は風間に対して殴りかかった。


(あの構え、截拳道ジークンドーのストレートリード。そして、あの異能力オルタビリティ……!?)


 鷹一の使う異能力オルタビリティを知っている風間は、背後から鷹一の声がしたのに、進行方向からの奇襲が成功した理由がわかった。


 鷹一の使っている異能力オルタビリティ、“正義の十字クロス・ロンギヌス”は、硬度と長さが自由自在のマフラーを生み出す能力である。


 まず鷹一は、電車の屋根に出て、こっそりと風間の三号車へと向かった。


 そして、硬化した正義の十字クロス・ロンギヌス”を円筒状に伸ばして、開けておいた窓から、風間へ声をかける。

 そうすることで、風間は背後にいると思い、後ろを向く。

 その隙に奇襲を仕掛けるというのが、鷹一の作戦だったのだ。


 確かに意表を突かれたが、それ以上の意味はない、はずだった。


 しかしなぜか、風間は――。


 いや、風間だけではない。

 この戦いを見ている、AAAファンの多くが、その異能力オルタビリティと構えを見て、度肝を抜かれた。


 風間は。鷹一の拳を、腕を振るって、弾く。


 刃などないはずの剣が、自らの拳を叩き落とすその現象に、鷹一は驚き、すぐさまバックステップをして風間から距離を取った。


 そして、改めて、自らの戦闘態勢ファイティング・ポーズを取る。


「お前……正気か?」


 風間の言葉は、鷹一、そして紅音以外の誰もが聞きたい言葉だった。


 “正義の十字クロス・ロンギヌス”を纏い、そしてその布を右拳に巻いた、その構えスタイル


 それはまさに、無垢なる拳イノセント・ブロウ――暁龍衣の戦闘態勢バトルスタイルだった。

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