うまそうな飯に罪はない。

 そして、目の前に差し出された据え膳ゴチソウを食べないのは、男の恥である。


 が、それはそれとして、鷹一には言っておかないとならないことがいくつかあった。


「……あのな。オレぁ昨日、断っだろーが」


 鷹一は、少しだけ声を落とす。


「付き合うってことも、最強ザ・ワンになる手伝いってことも」


 鷹一は、紅音にキスされてすぐ。

 彼女の拘束を振り払った。そして、唇を拭い、一言。


 “悪いがどっちもお断りだ。オレは、強くなる方法なら教わってるし、恋人オンナ作ってる暇もねえ”


 と言って、紅音の元から立ち去ったのだ。


 しかしそれでも、紅音は昨日の事など全くなかったかのように、こうして鷹一の元に訪れている。

 少し恐怖はあるが、いい根性をしていると、見直してもいた。


「そうですね。でも、私だって、すぐに白馬の王子様スパダリから認められるとは思っていません。むしろ、鷹一さんがすぐに了承ヨロシクしてくれたら、多分私から断ってました。認めてもらうまで、鷹一さんにアプローチするつもりです。私、そう決めてます」


「重たい決意だこと」


「それに、どうせ中間試験では、パートナーを組まないといけないんですから。トレーナー志望の私、優良物件ウッテツケだと思いますよ?」


 ニコニコと微笑み、自分を指差す紅音。優良物件であるということを、自分で信じ切っている様子だ。


 そういう自信満々なところが、鷹一は嫌いではない。


「その点については、今後次第ケースバイケースだが。まあ、考えとくよ」


「うふふ。きっと、鷹一さんを惚れさせてみせますね」


「王ヶ城さん、そんな男に執着ベッタリすることはないですよ」


 鷹一には聞き覚えの無い声が、その場に響いた。

 その声の主は、紅音の背後に経っている、男子生徒だ。

 

 少し眺めの金髪をセンター分けにしている、体格のいい男。その表情には、鷹一を、Eクラスを侮蔑する感情がありありと出ている。


 もしやと思い、クラスを表示する腕章を見ると、そこにはA と表示されていた。


「……げっ」


 小さな声で、紅音がそう言ったのを、鷹一は聞き逃さなかった。


「風間くんじゃないですか……」


 なんだかすでに疲れている様子の紅音だったが、鷹一はそれを心配するよりも、風間と呼ばれた男から、侮蔑的な視線を向けられていることが気になった。


「よお、負け組Eクラス。僕はA組の、風間秀也カザマシュウヤ


「ご丁寧にどーも。オレは朝比奈鷹一」


「はっきり言う。王ヶ城さんに近づくな」


 はっきりは言われたが、鷹一からすれば自分から近づいたことはないので、まったく意味がわからなかった。


 ここをどこだと思っているんだろう、わかってないのか?


 と、風間のミソが心配になるほどだ。


「引き取って帰るってんなら、それは全然構わねえよ?」


「生意気な口調だな。お情けで入学できたクセに……。まあ、いいか」


 鷹一にその気がないとわかったからか、風間は完全に鷹一から視線をそらし、紅音に視線を固定ロックオンした。


「王ヶ城さん、パートナーを探しているなら、同じAクラスから探したほうが断然いい。王ヶ城さんは、トレーナー志望だったよね? オレなら王ヶ城さんの期待に応える選手になれる。ここにいる連中とは違うんでね」


 それは、視線こそ紅音だけを捉えていたが、鷹一含めたEクラス全員に発せられた言葉でもあった。


 この学校の常識セオリーにおいて、風間の考えは、そこまで外れたものでもない。


 この学校に通う生徒は、主に選手志望とトレーナー志望の二つに分かれる。

 鷹一はもちろん選手であり、そして話の通り、紅音はトレーナー志望。


 生徒同士、選手とトレーナーに分かれてパートナーを組み、試験に挑むことになる。

 当然、双方優秀レアな人間と組みたい。

 トレーナー志望が異能力オルタビリティを使えるのも、自らの有能をアピールするためである。


 紅音が鷹一にやったように、トレーナー志望が選手志望を襲うのも、学園ではわりとよくあるのだ。


 だからこそ、風間も紅音に粉をかけているのだろう。

 周囲からも、彼女が優秀なトレーナーとして認められているから。

 

 それはわかった。

 のし上がるために取れる手段を取るのは、まったく当たり前だ。鷹一でも同じことをするだろう。やり方の気に入る、気に入らないはあるだろうが。


 しかし、鷹一にとって、喧嘩を売られているというこの状態がどうしても我慢ならなかった。


 自分がナメられていると思ったら、どうしても相手クソをギャフンと言わせたくなる。


「あのですね、風間くん。私、さっきも断りましたけど……。私は、私がときめく人じゃないと、一緒にやっていこうっていう気にならないって」


 ため息と同時に喋っているような、疲れている口調が、まだ一日の付き合いではあるものの、鷹一にとって新鮮レアだった。


「それで、同じAクラスに行くならわかりますけどね。なぜEクラスなんです? 失礼ですが、どう考えても王ヶ城さんの目が曇っているとしか」


「ですから――」


 鷹一は、紅音の前に一歩出て、風間と向き合った。

 もう我慢の限界だったからだ。


「人のクラス来てすげえはしゃぎっぷりだな。口説くんなら自分のとこでやれって。このままじゃ、最底辺Eクラスでフラれるって大恥チョンボ晒すことになるんじゃねえの? せめてお友達クラスメイトのいるところでやった方がいいと思うんだけどな。慰めがいるだろ、フラレちまったら」


「は?」


 その声には確かな怒気があり、そして、信じられないことに出くわしたかのようだった。

 風間の頭で、状況の整理が行われているような、空白の時間が流れる。


「……朝比奈、って言ったか? 口がすぎるな。実力に伴ってない」


「そうか? オレはお前のこと、面白いと思うけどな。他所のクラスに来て、漫談ジョークなんてただ者じゃねえ」


 鷹一は、先程の風間の表情カオ真似コピるように、思い切り見下した表情をしてみせる。

 まるで、鷹一の一挙手一投足が燃料になるかのように、風間の顔が赤くなっていき、体もかすかに震えているようにすら見えた。


「お前……ッ!」


 風間は、鷹一の胸元へと手を伸ばし、ネクタイの結び目を崩すかのように、乱暴に掴んだ。

 そして引き寄せようとしたのだろうが、鷹一はぴくりとも動かなかった。


(っ! ……なんだ、こいつ。体格はそこまででもないくせに、硬いし重いッ)


 風間は、ここまで侮っていた鷹一をしっかりと見た。

 黒髪のベリーショートに、童顔だが強い意志を感じさせる鋭い瞳。

 身長は一七〇ちょっとだろうが、それでもその内部にある筋肉がブレザーを押し上げていた。


 風間はこれでも、さすがにAクラスというだけあり、実力はある。周囲もまた、実力を認められた人間達で固まっている。


 そんな連中とも、Eクラスの連中とも、鷹一は違っているような気がしたのだ。


 AAAは他の格闘技とは違うところが多くあるものの、格闘技であり、対人競技であるところは変わらない。


 だからこそ、相対した相手の力を把握するのも、大事なセンスであり、風間にもそれはある程度あった。


 そのセンスが、鷹一に対して警報サイレンを鳴らしていたのだ。


(ビビってるのか、僕が? ……Eクラスに対して)


 一流トップに近い人間ほど、恐れる自分を嫌うものだ。

 そういう気概ガッツがある風間は、一流に到達する資格チケットを持っていた。


「……なんだよ? 掴んだまま黙りやがって。制服にシワがつくだろーが」


 鷹一は、胸元で固く結ばれたその手を払い除ける。

 そして、風間の表情が、ナメているというものから、警戒に変わったのを、感じ取っていた。


「朝比奈鷹一。……なるほど、王ヶ城さんに注目されるだけのことはありそうだな」

 

「あん? 王ヶ城コイツ添え物マッシュポテトかよ、オレは」


「うわぁ……“コイツ”ですって!」


 とっておきの甘いものでも食べたかのように、頬を抑えて顔をほんのり色づける。


「お前はなんで嬉しそうなんだ……?」


「えへへ。白馬の王子様スパダリが私を巡って喧嘩する……そういう光景、憧れてたんです! 文学少女ユメミガチなので」


「オレをその脚本ドラマに巻き込むな!」


「おい、僕を無視するな!」


 鷹一と紅音の乳繰り合いマンザイに苛立ちを隠せなくなった風間は、怒鳴って割り込んだ。


「おっと、悪い悪い。一言言いたいやつが多くってな。テメーも、とっとと王ヶ城連れて帰れ。オレ、腹減ってんだよ」


「ええっ、鷹一さん、お弁当は?」


 紅音の言葉は無視した。

 そうでなければ、ずっと食事ができないからだ。


「それだけの口を叩くってことは、お前。僕が挑んでも、逃げないよな?」


「おっ!」


 鷹一の声は、明らかに弾んでいた。先程まで苛立っていた様子だったというのに、まるで「遊んであげる」と大人に言われた子供であるかのようですらある。


「もちろん! 一発、ってくれんなら話は別だぜ! オレは最強ザ・ワンになるためにここに来たんだからな。一人でも多くぶっ飛ばす。その第一号ファーストになってもらうぜ!」


 その大声に、大口に。

 教室にいた紅音以外の生徒たちは、全員が度肝を抜かれた。


 最強ザ・ワン


 それは、AAAにおいてのチャンピオン。

 三つの王冠トリプルクラウンと呼ばれる、三つの試合を勝ち抜くことによって手にできる栄光ある称号タイトル


 かつて、この座に輝いたものはそう多くない。

 そして、プロの選手でも、その夢を語る者は少ない。


 それだけAAAの世界が厳しいということの証左でもある。


 そんな最強ザ・ワンになると、最底辺Eクラスが喚いている。

 ただの戯言ウソに過ぎない大言壮語アメリカンドリーム


「お、お前……本気か? 本気で、最強ザ・ワンになれるって?」


 大きすぎる夢だと、誰しもが思う。

 口になどしない。高い場所に登ろうとして落ちた時、その痛みに耐えきれないと、登らなくてもわかるから。


 笑わないのは、それが冗談で語っていい夢ではないと、風間もわかっているからだ。


 彼の、鷹一を差す指も、そして喋りかける声も、震えていた。


「当たり前だろ。朝比奈鷹一の名前を、全世界に刻んでやるぜ。まずはお前だ、風間秀也」


 鷹一はそう言って、ニヤリと笑った。

 全く自分を疑わない、そのまっすぐな瞳。


 それを横目で盗み見ていた紅音は、その身を震わせていた。


 まさしくその言葉プレゼントが欲しかったのだと、言わんばかりに。

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