Alternationオルタネーション Abilityアビリティ Artsアーツ

 略称、AAAトリプルエー


 人間の脳ブラック・ボックスに特定の電気信号パルスを送ることにより、多くの素質センスある人間が異能力を発揮することができるようになった。


 その能力は、人が進化の果てに掴み取った能力オルタネーション・アビリティを略して、“異能力オルタビリティ”と呼ばれることとなる。


 多くの国は“異能力オルタビリティ”を駆使し、研究し、軍事の増強を行うはずだった。


 しかし。何をどう間違えたのか、異能力オルタビリティを用いた格闘技マーシャルアーツが世界的に流行。


 日本においても、競馬、競輪、競艇、オートレースに続く公営ギャンブルとなった。


 そして、そのAAAの選手となるためには、AAA選手育成学科が存在する、三条学園に入らなくてはならない。


 朝比奈鷹一、一五歳クソガキ

 彼はAAAの選手となるため、その門戸ドアを叩いたのだった。



  ■



 入学して、かれこれ四日目となった。

 三条学園は普通の高校教育も行っており、その日は通常授業の日。

 AAA関係のことではなく、勉強に勤しむ日となっていた。


 そのため、勉強に興味のない鷹一は、片耳で授業を聞き流し、片耳のイヤホンで音楽を聞いていた。


 そうしていると、だんだんと眠くなってきて、あっという間に眠りに落ちる。


 どこでも変わらない、高校生の姿だ。


「堂々とした寝入りグッスリっぷりだなぁ。まだ新入りニュービーだってのに」


 暗い意識を切り裂くように、そんな声が頭上から降ってくる。

 鷹一はゆっくりと頭を起こし、目の前に立つ少年をぼやける視界で捉えた。


 身長一八〇後半に差し掛かっている巨漢ノッポであるものの、その体格は痩せており、猫背だ。

 茶髪のウェービーヘアに、気だるげな表情。


 その少年の名は、飛騨天馬ヒダテンマ

 鷹一の友達クラスメイトである。 


「よお、起きたか鷹一。昼休みチルタイムだぜぇ~」


「なんだよ天馬……今、ちょうどいいとこだったのにさぁ」


「なんだよ、いい夢見てたんか?」


「いや。聞いてるラップがちょうど最高潮パンチラインだったんだよ。母音「」で畳み掛けるとこでさ。ここを聞きたいがために、この曲を聞いてるとこもあってさあ。いや、そこに至るまでのフリも最高なんだけども」


「あ~、はいはい。お前、ホントにヒップホップ好きだな」


「ヒップホップが一番自分ってものを歌ってるからなあ。で? なんか用かよ」


「いや、別に。友達ツレとちょっとでも、楽しい昼休みチルタイムを過ごそうと思ってさ。飯、お前は購買ミセだろ。はよ行かねえと、売り切れちゃうぜぇ」


「あ、やべ。そうじゃん!」


 鷹一は、耳に嵌っていたイヤホンを取り、ケースにしまって立ち上がる。


「鷹一、今いくら持ってる?」


「あん?」


 鷹一は、左腕のスマートウォッチ――通称、ギアを操作し、電子マネーの残高を表示する。

 この三条学園では、月初に一定額ポイントが支給され、そのポイントで買い物をしなくてはならないのだ。一ポイントは、そのまま一円の価値がある。


 と言っても、稼ぐ方法は支給だけではないが。


「三万ポイントってとこかな」


「まあ、入学してすぐなら初期ポイントか。早いやつは、もう稼ぎ始めてるらしいぞ。放課後、格技場スタジアム行かん? 俺も稼ぎたいし」


「ん~。客側オーディエンスでかぁ? どうせだったら、オレぁ試合がしたいんだが」


「相手を見つけるのが苦労すんだよなあ~。一年の、まだ一週間も経ってないこの時期に「オイ、殴り合いをしよう」って声かけるのは、今後の高校生活アオハルに影響あるだろ」


「別のクラスならいいんじゃねえの?」


「……俺ら、Eクラスだぜ?」


 天馬はそう言って、自らの右腕に巻かれた腕章型ディスプレイを指差した。

 鷹一の右腕にも、同じものが巻かれており、Eクラスと表示されている。

 これは、二人が同じEクラスに属していることを意味していた。


 この学園の一年生は、A からEまで五つのクラスがある。

 そして、等級クラスの名の通り、入試での成績スコアによって割り振られるのだ。


 つまり、Eクラスである鷹一と天馬は、入学ギリギリの成績だったということになる。


「上のクラスの連中に挑むのは、ちと時期尚早なんじゃねえの」


「あんだよ天馬。俺が負けると思ってんのかよ」


「威勢がいいのはいいけど、今はEクラスだろ。って、そんな話はいいから、まず飯を買いに行こうぜ。んで、飯食う時に話そう」


 天馬は親指で教室の入り口を指差し、鷹一はそれに釣られて扉を見ると、その時、扉が勢いよくスライドした。


「すみませーん! 鷹一さんいますかー!」


「ゲッ」


 入ってきたのは、なぜか大きな風呂敷包みを抱えた、王ヶ城紅音その人であった。


 紅音は、周囲を見渡し鷹一を視界に捉えると、まるで飼い主に甘える子犬のように駆け寄ってくる。


 その光景に、周囲がざわめいた。

 鷹一の元に紅音が訪れる――Eクラスの生徒の元に、Aクラスの生徒が訪れるという光景が、驚きだからだ。


 全員が、夢への競争のためにやってきているこの場所で、下の生徒と関わるメリットはそう多くない。


「よかった! 教室出てくるの遅くなっちゃって。鷹一さん、購買に行っちゃったかと思いましたよ」


「え、Aクラス?」


 天馬は、紅音の腕に巻かれた腕章型ディスプレイを見ていた。


 Aクラス。

 それが示すのは、紅音が鷹一と天馬より“上”だと学校側から評価されているということだ。


「え、ってか。王ヶ城さんじゃん!? 鷹一、知り合いなの!?」


「天馬こそ、こいつ知ってるのか?」


「私はこんな人知りません」


 紅音は、訝しげに天馬を睨んでいた。

 一瞬で警戒しているとわかる表情である。


「ああ、いや。俺も、話したのは始めてだけど。……つか、なんで鷹一知らねえんだよ! ほんとに中学出たのか?」


「なんでこいつ知らねえってだけで義務教育を疑われんだ!?」


 そう叫びながら、鷹一は紅音の顔を指差したが「指差すな、首が飛ぶぞ!」と、天馬は鷹一の手を叩き落とす。


「痛ッ! なんでだ!?」


「ちょっと待ってろ!」


 天馬は自身の腕に巻かれていたスマートウォッチを操作し、空中にウインドウを出現させた。

 指先を振るって、鷹一にウインドウを向ける。


 それは、電子大百科ウィキのウェブページであり、日本の財閥について書かれていた。


「……御三家トライデント?」


 鷹一はそのページを流し読みしてみる。

 戦前から会社を起こし、日本経済の発展に努めてきた、三つの家があった。


 それこそが、日本の御三家と呼ばれる、


 王ヶ城オウガジョウ

 妃乃宮キサキノミヤ

 帝刻院テイコクイン


 この三つの財閥のこと。


 そして、この三つの財閥が共同となり、異能力オルタビリティを研究する機関を設立した。

 その、設立された御三家条約研究機関を略したのが、三条学園サンジョウである。


 と、そのページには記されていた。


「つまり、ここにいらっしゃる王ヶ城さんは、学園を作った創設者一族クリエイターの末裔なんだよ!」


 天馬の叫びに、Eクラス内でのざわめきが高まった。開演前のライブ会場くらいには、声がうるさくなっている。


「へ~すっげ~」


 鷹一の声はまるで「この話、まだ続くの?」と言いたげでった。


「ええッ! なんでそんなリアクションなの!?」


「いや、驚いちゃいるけど。いまいち興味が持てなくって」


「そんなっ。鷹一さん、もっと私に興味を持ってくださいよ!」


「オレは強いやつにしか興味ねえ」


 顎を撫でながら、昨日の紅音との戦闘を思い出す。

 紅音がどこまで本気を出していたのかはわからないが、手応えとしてはそこそことしか言えない。


「うふふ。鷹一さんは強かったです。やっぱり、私の見る目に間違いはなかったですね」


「は? 鷹一、王ヶ城さんに喧嘩売ったんか!」


「売ったのはオレじゃねえし、野良ストリートでやっただけだし。こいつも、どこまで本気ガチかはわからんかったし」 


「ま、マジ?」


 珍しく、天馬の笑顔が歪む。

 そして周囲の空気も、張り詰めたようになった。


 Aクラスの生徒に勝つ。

 たとえばそれは、普通の勉強で考えてもらえばわかりやすいだろうが、偏差値三〇の生徒が、偏差値六〇の生徒にテストの点数で勝てるわけがないだろう。


 しかもAAAというのは、普通の格闘技とは違い、異能力の素質もまた、強さに密接な関係がある。Aに所属しているということは、それだけ異能力を使いこなすことができるということでもあるのだ。


野良ストリート本番ステージじゃ、勝手は違うっつっても……。よく勝てたな、鷹一」


「オレは誰にも負けねえッ!」


 と、胸を張る鷹一に。

 紅音はパチパチと手を叩く。


「さすが鷹一さん! 私が惚れた人!」


「すんなり信じられるのも慣れねえなあ……」


 鷹一はまるで、靴の中に小石ジャリが入っていて気になるような、そんな微妙な表情をした。

 今まで、最強になると口癖のように語ってきたものの、その夢を信じてくれた人間は一人を除いていなかったからだ。


「え、つか。王ヶ城さんは一体何用?」


 天馬は、紅音の抱える風呂敷を見ながら尋ねると、紅音は「そうでした!」と言いながら、鷹一の机にその風呂敷を置いた。


「鷹一さんの体のことを考えて、お弁当作ってきたんです! 食べませんか?」


 風呂敷を解くと、そこからは漆塗りの五段重ねの重箱が出てきた。


「え、全部、飯?」


「はいっ。どれくらい食べるかわからなかったので、時間が許す限り、作り続けました」


「嘘ぉ」


 試しに、鷹一は弁当の蓋を開けてみた。

 そこには、まるでおせち料理を思わせるような、豪勢すぎる中身メシがあった。

 一瞬、宝箱を開けたかのようにすら錯覚してしまう。


「……手作り?」


 鷹一は、思わず紅音の顔色を伺うかのように、腰を折った状態から、顔だけ上げて、紅音の顔色をチラってみた。


「もちろん! 鷹一さんの血となり肉となるものは、今後すべて、私の手で作りますからねっ」


 うっとりとした表情の紅音に、鷹一と天馬は、思わず顔から血の気が引いていた。


「てっ、天馬くん。オレ一人じゃ食いきれねえから、手伝っ――っていねえッ!!」


 鷹一が隣を見ると、すでに天馬はいなかった。

 おそらく、面倒トラブルな匂いを感じ取ったのだろう。


 強者を育成する学校の生徒としては、無い方がいい才能かもしれないが、普通に生きていく分には、とても大事な才能スキルだった。


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