姫様は最強をご所望です!
七沢楓
■0『1for the money 2for the show』
1
桜吹雪が舞い散る桜の木の下。
下駄箱に入っていた手紙には「一番大きな桜の木の下に来てください」と書かれていたのだ。
何かのイタズラかと思っていたが、しかしそれならそれで、待っていたやつをブン殴る口実になるのでそれはそれでよかった。
鷹一の通う
その根本に立っていた少女は、思わず鷹一が驚くほどの
光を飲み込む漆のような、腰まで伸ばした黒髪。
後頭部に結ばれた赤いリボン。
少しタレ目気味な、眠たげな顔をしている印象があった。
高い鼻に、血色のいい、つややかな唇。スレンダーで均整の取れた体。
彼女を構成するパーツ一つひとつが、まるで一流の職人が作ったかのようだとすら思う。
鷹一と同じ、三条学園の制服である紺色のブレザーを着ているというのに、彼女が着ていると、まるでハイブランドのものに見える。
誰だ?
鷹一は彼女の二の腕を見ると、腕章型ディスプレイには「A」と記載されていた。
それはAクラスという意味であり、Eクラスの鷹一とは別のクラス。
鷹一は彼女の前に立つと、思わず「オレで間違ってねえのか?」と尋ねる。
彼に気づくと、少女はパッとその表情を明るくした。
「あ、鷹一さん……! お待ちしていました!」
本当にオレでいいのかよ。
そう内心で呟き、どんどん心の中で疑問が風船のように膨らんでくる。
「手紙、読んでいただけたんですね」
「ああ。読んだけど……オレに用なの?」
そう言うと、一瞬少女は傷ついたような表情をする。が、一瞬でその表情を隠して、
知り合いか? と思うものの、さすがにそれはない。
鷹一は三条学園に知り合いはいないのだから。
「私は、
「まさしくそうだけど。オレになに用?」
「あの、実は……」
紅音は顔を赤くし、指先をもじもじと動かしている。
照れくささをごまかそうと、体を動かし。
つばを飲み込み、息をふうと吐いて、大きな声を発した。
「お命、頂戴しますっ!」
次の瞬間、少女の右腕には光がそのまま剣になったような棒が握られており、その剣を鷹一の顔面へ向けて突き出してきた。
「うぉッ!?」
鷹一は、左下に頭を振るようにして
そして、すぐさま爪先の力だけで地面を蹴り、紅音の間合いから脱出しようとした。
「命だぁ!? そんなもん狙われる義理はねえんだけどッ!!」
「
少女はおそらく、剣道、剣術をしっかりと学んでいるのだろう。
鷹一は桜吹雪と共に舞うその
悪くはない。
が、よくもない。
鷹一は、拳を握らず、速度だけを重視し、紅音の顔面を叩いた。
「うぷっ!?」
それは、鞭のように腕を使った
目が一瞬でも見えなくなれば十分。
鷹一は、その僅かな間で一気に紅音の間合いから脱出。
「うふふ……鷹一さん、容赦なく私の顔を殴ってくれますね……」
嬉しそうに、頬を紅潮させる紅音。
それは、鷹一の拳で赤く染まったわけではないらしい。
不気味なものを感じながらも、鷹一は首をひねり、指を伸ばしながら、
「……なんだかよくわかんねえけど。剣を向けた以上、オレも本気出させてもらうぜ」
そう言って鷹一は、腕に巻いていたスマートウォッチの画面を軽く叩いた。
すると、鷹一の正面に、三✕三の、文庫本程度の大きさをした、半透明のパネルが現れる。
そのど真ん中のパネルには、赤いマフラーが描かれており、鷹一はそのパネルを思い切り殴って、貫いた。
「“
瞬間、鷹一の首に、赤いマフラーが巻かれていた。
両端を翼のように伸ばした、真っ赤なマフラー。
そのマフラーは、まるで意思を持っているかのように、うねうねと動き始める。右端が右腕全体を包帯のように包み込み、左端はそのまま。
そして、右を前にして半身となり、鷹一は拳を突き出す。
これが、鷹一の
その
「ああ……ッ! 鷹一さん! 私にはわかります……! その
鷹一は、足さばきを悟らせず、一瞬で間合いを詰めた。
それは、スティール・ステップという技術。
後方に置いた蹴り足と、前方に置いた踏み出す足。この距離をこっそりと縮めることで、蹴り足で距離を稼げるようにするのだ。
「わおッ!」
紅音は楽しそうに笑いながら、突き出した鷹一の拳に、自らの
“
硬度、長さが自由自在のマフラーを発現させる
今、鷹一は右腕全体を覆い、鉄以上の強度にまで引き上げている。
だからこそ、紅音の
拮抗する二人の得物が、ガチガチと音を鳴らす。
互いに
この
「“
紅音の左手に、もう一本同じ
だが、鷹一もまた、伸ばしっぱなしにしていたマフラーの左端を掴んで螺旋を描き、その剣を防ぐ。
「さすが! ――ッ!?」
咄嗟に防いだことに驚いたのではない。
鷹一が作ったのが、
思い切り
「はぐッ……!」
鷹一は、作り出したバネを、蹴り足で踏む。
そして、その反発力をで思い切り紅音に向かって弾丸のように飛び込む。
「りゃあぁぁぁッ!!」
ズドンッ!
まるで大砲のように、桜の木を揺する。
そして、桜吹雪は猛吹雪となって、二人を覆い隠した。
「……あれ」
紅音は、ちらりと横を見る。
そこには、鷹一の拳が突き刺さっていた。
「王ヶ城って言ったっけ? 何が目的なんだよ。 “AAA”の選手が本業じゃねえよな?」
「バレちゃいました? ……腕には自信が、そこそこあったんですけど」
「詰めが甘々。そもそもなんだよ、お命頂戴って」
鷹一は、桜の木から拳を引き抜く。
「だって、鷹一さんの本気を味わって見たかったんですもん。……入試の時、本気じゃなかったですよね?」
鷹一の脳裏に、一瞬で入試の時のことが思い出される。
入試は、面接と学科、そして実技の三つの試験を行う。おそらく彼女が言っているのは、その内の実技のことだろう。
「本気じゃなかったわけじゃねえ。オレはいつだって本気だ。あん時は、向こうがオレをナメてたのが悪い」
言いながら、鷹一は紅音から離れようとする。
「……ねえ、鷹一さん」
が、紅音から離れようとした瞬間、鷹一の首に、紅音が手を回す。
その瞬間、なぜか鷹一は「捕まった」と本能的に思った。彼ならば、別に本気を出せば脱出できるというのに。
「本当の要件を言いますね。私、鷹一さんが好きです。私と、付き合ってください。そして私に、あなたが
そう言うと、そっと紅音は、鷹一の唇にキスをした。
触れ合うだけの軽いキス。
だが、それは鷹一の魂に何かが刻み込まれるかのようで、脳髄がピリッと痺れるのを感じた。
これが、朝比奈鷹一と、王ヶ城紅音の出会い。
そしてこれは、鷹一が“
三日目の出来事であった。
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