姫様は最強をご所望です!

七沢楓

■0『1for the money 2for the show』

 桜吹雪が舞い散る桜の木の下。

 朝比奈鷹一アサヒナタカイチは、一人の少女と向き合っていた。


 下駄箱に入っていた手紙には「一番大きな桜の木の下に来てください」と書かれていたのだ。


 何かのイタズラかと思っていたが、しかしそれならそれで、待っていたやつをブン殴る口実になるのでそれはそれでよかった。


 鷹一の通う国立三条学園サンジョウの校舎裏には、大きな桜の木があり、そこは幻想的ファンシーな雰囲気すらある。


 その根本に立っていた少女は、思わず鷹一が驚くほどの美少女プリティフェイスであった。


 光を飲み込む漆のような、腰まで伸ばした黒髪。

 後頭部に結ばれた赤いリボン。

 少しタレ目気味な、眠たげな顔をしている印象があった。

 高い鼻に、血色のいい、つややかな唇。スレンダーで均整の取れた体。

 彼女を構成するパーツ一つひとつが、まるで一流の職人が作ったかのようだとすら思う。


 鷹一と同じ、三条学園の制服である紺色のブレザーを着ているというのに、彼女が着ていると、まるでハイブランドのものに見える。


 誰だ?


 鷹一は彼女の二の腕を見ると、腕章型ディスプレイには「A」と記載されていた。

 それはAクラスという意味であり、Eクラスの鷹一とは別のクラス。


 鷹一は彼女の前に立つと、思わず「オレで間違ってねえのか?」と尋ねる。


 彼に気づくと、少女はパッとその表情を明るくした。


「あ、鷹一さん……! お待ちしていました!」


 本当にオレでいいのかよ。

 そう内心で呟き、どんどん心の中で疑問が風船のように膨らんでくる。


「手紙、読んでいただけたんですね」


「ああ。読んだけど……オレに用なの?」


 そう言うと、一瞬少女は傷ついたような表情をする。が、一瞬でその表情を隠して、満面の笑顔ヘブン・スマイルで塗り替えた。

 知り合いか? と思うものの、さすがにそれはない。

 鷹一は三条学園に知り合いはいないのだから。


「私は、王ヶ城紅音オウガジョウクインっていいます。あなたは朝比奈鷹一アサヒナタカイチさん」


「まさしくそうだけど。オレになに用?」


「あの、実は……」


 紅音は顔を赤くし、指先をもじもじと動かしている。


 照れくささをごまかそうと、体を動かし。

 つばを飲み込み、息をふうと吐いて、大きな声を発した。


「お命、頂戴しますっ!」


 次の瞬間、少女の右腕には光がそのまま剣になったような棒が握られており、その剣を鷹一の顔面へ向けて突き出してきた。


「うぉッ!?」


 鷹一は、左下に頭を振るようにして回避ダッキング

 そして、すぐさま爪先の力だけで地面を蹴り、紅音の間合いから脱出しようとした。


「命だぁ!? そんなもん狙われる義理はねえんだけどッ!!」


問答インタビューコレでお願いしますッ!」


 少女はおそらく、剣道、剣術をしっかりと学んでいるのだろう。

 光剣ビームカタナという色物ハデでごまかされるが、その剣筋と足さばきモーションには迷いがなく、鍛錬を匂わせていた。


 鷹一は桜吹雪と共に舞うその剣戟ダンスをしっかりと見据え、彼女の鍛錬を味わう。


 悪くはない。

 が、よくもない。


 鷹一は、拳を握らず、速度だけを重視し、紅音の顔面を叩いた。


「うぷっ!?」


 それは、鞭のように腕を使った目眩ましフラッシュジャブだった。

 目が一瞬でも見えなくなれば十分。

 鷹一は、その僅かな間で一気に紅音の間合いから脱出。


「うふふ……鷹一さん、容赦なく私の顔を殴ってくれますね……」


 嬉しそうに、頬を紅潮させる紅音。

 それは、鷹一の拳で赤く染まったわけではないらしい。


 不気味なものを感じながらも、鷹一は首をひねり、指を伸ばしながら、


「……なんだかよくわかんねえけど。剣を向けた以上、オレも本気出させてもらうぜ」


 そう言って鷹一は、腕に巻いていたスマートウォッチの画面を軽く叩いた。

 すると、鷹一の正面に、三✕三の、文庫本程度の大きさをした、半透明のパネルが現れる。


 そのど真ん中のパネルには、赤いマフラーが描かれており、鷹一はそのパネルを思い切り殴って、貫いた。


「“正義の十字クロス・ロンギヌス”」

 

 瞬間、鷹一の首に、赤いマフラーが巻かれていた。

 両端を翼のように伸ばした、真っ赤なマフラー。

 そのマフラーは、まるで意思を持っているかのように、うねうねと動き始める。右端が右腕全体を包帯のように包み込み、左端はそのまま。


 そして、右を前にして半身となり、鷹一は拳を突き出す。

 これが、鷹一の戦闘態勢ファイティングポーズである。


 その戦闘態勢ファイティング・ポーズを見て、紅音はまるで自らの身体を抱くようにし、身震いをさせていた。


「ああ……ッ! 鷹一さん! 私にはわかります……! その設計理念コンセプト!」


 鷹一は、足さばきを悟らせず、一瞬で間合いを詰めた。


 それは、スティール・ステップという技術。

 後方に置いた蹴り足と、前方に置いた踏み出す足。この距離をこっそりと縮めることで、蹴り足で距離を稼げるようにするのだ。


「わおッ!」


 紅音は楽しそうに笑いながら、突き出した鷹一の拳に、自らの光剣ビームカタナを合わせる。

 光剣ビームカタナと拳がぶつかり、ガキンッ! と甲高い音を鳴らした。


正義の十字クロス・ロンギヌス

 硬度、長さが自由自在のマフラーを発現させる異能力オルタビリティだ。


 今、鷹一は右腕全体を覆い、鉄以上の強度にまで引き上げている。


 だからこそ、紅音の光剣ビームカタナに拳で対抗できるのだ。


 拮抗する二人の得物が、ガチガチと音を鳴らす。

 互いに異能力者ホルダー異能力オルタビリティを発動させている以上、男女のパワー差というものはほぼ存在しないと言ってもいい。


 この拮抗状態テンビンを先に動かそうとしたのは、紅音だった。


「“血染めの刃ストロベリー・スウィッチブレイド”!」


 紅音の左手に、もう一本同じ光剣ビームカタナが握られていた。

 だが、鷹一もまた、伸ばしっぱなしにしていたマフラーの左端を掴んで螺旋を描き、その剣を防ぐ。


「さすが! ――ッ!?」


 咄嗟に防いだことに驚いたのではない。

 鷹一が作ったのが、シールドではなく、バネだったことに驚いたのである。


 思い切り光剣ビームカタナで斬りつけようとしたこともあり、彼女の腕力がそのまま反発力となり、紅音は思い切り後ろへとふっとばされ、桜の木に背を叩きつけられた。


「はぐッ……!」


 鷹一は、作り出したバネを、蹴り足で踏む。

 そして、その反発力をで思い切り紅音に向かって弾丸のように飛び込む。


「りゃあぁぁぁッ!!」


 ズドンッ!

 まるで大砲のように、桜の木を揺する。


 そして、桜吹雪は猛吹雪となって、二人を覆い隠した。


「……あれ」


 紅音は、ちらりと横を見る。

 そこには、鷹一の拳が突き刺さっていた。


「王ヶ城って言ったっけ? 何が目的なんだよ。 “AAA”の選手が本業じゃねえよな?」


「バレちゃいました? ……腕には自信が、そこそこあったんですけど」


「詰めが甘々。そもそもなんだよ、お命頂戴って」


 鷹一は、桜の木から拳を引き抜く。


「だって、鷹一さんの本気を味わって見たかったんですもん。……入試の時、本気じゃなかったですよね?」


 鷹一の脳裏に、一瞬で入試の時のことが思い出される。

 入試は、面接と学科、そして実技の三つの試験を行う。おそらく彼女が言っているのは、その内の実技のことだろう。


「本気じゃなかったわけじゃねえ。オレはいつだって本気だ。あん時は、向こうがオレをナメてたのが悪い」


 言いながら、鷹一は紅音から離れようとする。


「……ねえ、鷹一さん」


 が、紅音から離れようとした瞬間、鷹一の首に、紅音が手を回す。

 その瞬間、なぜか鷹一は「捕まった」と本能的に思った。彼ならば、別に本気を出せば脱出できるというのに。


「本当の要件を言いますね。私、鷹一さんが好きです。私と、付き合ってください。そして私に、あなたが最強ザ・ワンになるための、お手伝いをさせてください」


 そう言うと、そっと紅音は、鷹一の唇にキスをした。

 触れ合うだけの軽いキス。

 だが、それは鷹一の魂に何かが刻み込まれるかのようで、脳髄がピリッと痺れるのを感じた。


 これが、朝比奈鷹一と、王ヶ城紅音の出会い。

 そしてこれは、鷹一が“異能力格闘技オルタネーション・アビリティ・アーツ”を学ぶ三条学園に入学して、


 であった。

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