あたりまえ
「あたりまえ」
と聞くと、みなさん何を思い浮かべるでしょうか。
あたりまえの日常、あたりまえの風景、あたりまえの習慣、あたりまえの常識、とまあ様々ありますが、意味的には「そうあるべきもの」とか「自明のこと」といったのが当てはまります。
「あたりまえ 意味」で検索してみると、次のような説明が出てきました。
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当たり前の語源には、二通りの説がある。
ひとつは、「当然」の当て字「当前」が広まり、訓読され「あたりまえ」になったとする説。
もうひとつは、分配される分を意味する「分け前」、取り分を意味する「取り前」などと同じく、漁や狩りなどの共同作業では一人当たりに分配される取り分を「当たり前」と言い、それを受け取るのは当然の権利であることから、「当然」の意味を持つようになったとする説である。
語源由来辞典「当たり前/あたりまえ」
https://gogen-yurai.jp/atarimae/
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「当然」の意味は「道理に適っていること」「誰がどう考えてもそのようになること」らしいです。すなわちこれは「自明(自ずと明らか)」であり、「説明しなくてもわかること」であることが「あたりまえ」の構成要素のようなのです。
なんで今回そんなことを題材にしたかというと、つい最近、それこそ「あたりまえ」と言われてカチンときた事案がありまして、ついつい「なんで?」と食い気味で聞き返してしまったんですね。
その前段階ですでにイラっとしたポイントがあったのもあり、経緯がちょっと複雑なのでここでは割愛しますが、要は「あたりまえじゃないことをして得たものをあたりまえのように受け取るな」ということなんです。言い換えるならば、「あなたがそれを受け取るのは自明のことではない」といった感じです。
「あたりまえ」であることはもちろん貴くはありますが、時に権威主義的でひどく押し付けがましくもあります。
コロナ禍以降、東欧で戦争が起き、物価高騰+鳥インフル蔓延による鶏卵の急騰、電気代値上げなどなど、もはや今までの「あたりまえ」があたりまえとは呼べない昨今。最近ではアフリカ豚熱も各所で発生していて今度は豚肉が急騰するかもしれません。さらには交付金15万円が貰える代わりに乳牛1頭の殺処分など……挙げ句の果てには突如立ち現れたコオロギ食の話題。ええ、将来の日本人は畜肉や牛乳を捨て、大豆ミートなども素通りし、コオロギやその他昆虫食のみでタンパク質を確保するかもしれませんね……。
とまあこっそりそんな皮肉のひとつも言いたくなるようなことが「あたりまえ」という言葉の裏にはあったのです。
とりとめない内容ですが、ともかくもうあらゆることが「あたりまえ」ではなくなっています。なぜ「あたりまえ」ではない/なくなったのか、その上で変えてゆくべき「あたりまえ」と、変えるべきでない「あたりまえ」については、各々がよく考えなければならないと思います。
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