不味いウニだな

「不味いウニだな」


『チェンソーマン』第2部最新話のデンジのセリフです。永遠の悪魔によってループする水族館に囚われ苦肉の策で水槽内の生き物(ヒトデ)を食べて飢えをしのぐシーンですね。


知らない人はごめんなさいなのですが、今回なんでこのセリフを取り上げたかというと、それは「セリフによる匂わせ」の妙を感じやすいセリフだったからです。


『チェンソーマン』と言えば藤本タツキさんの大人気漫画ですが、実はちゃんと読んだことがありません。「ジャンプ+」で第2部が開始されたのを機に第1部の内容をネットで調べながら読んでいます(ちゃんと漫画で読んだ方がいいという指摘はごもっともですがひとまずご容赦ください)。


で、このセリフの本題に入る前に、まずデンジの背景を知っていることが前提なのでその辺を押さえます。


デンジは両親がおらず、ヤクザから仕事を貰いながら「ポチタ」という額にチェンソーを生やした小型犬のような悪魔と暮らしていました。ヤクザに分け前のほとんどを取られるその生活は悲惨そのもので、パンの耳をポチタと分け合って食べるほどのものです。だから夢に見るのは「普通の生活」、つまりふかふかのベッドや温かい食事などが苦もなく手に入る生活でした。そんな彼が悪魔に憑かれたヤクザに襲われ瀕死になり、ポチタと契約し新たな心臓を得、復活した姿がチェンソーマンです。その後政府の組織にスカウトされ、今度は文字通り政府の犬として悪魔狩りに勤しむことになります。


第2部はその過程を経ています。


デンジが「不味いウニだな」というのは、翻って言えば「美味しいウニを知っている」=「第1部終了から第2部までの描かれなかった物語の外で美味しいウニを食べる経験があった」ことを示しています。最初期のデンジの悲惨な生活を知っていると、その変化にささやかながら胸を打たれるセリフとなっています。


茹でたヒトデを「不味いウニだな」ということで、「ああ、ヒトデって不味いウニの味がするんだ」と表面的に捉えることは簡単です。


ですが、セリフというのは「その人」から出た言葉であり、地の文で形容するのとは異なる文脈(個別の人生や経験や人となりといった背景)があって存在する、ということなんですね。


最新話のデンジのセリフはその辺いろいろと察することができる回となっており、ネットで聞きかじりの第1部情報を得ている自分としても面白い回でした。藤本タツキさんはセリフの回し方や使い方が上手で参考になります。


みなさんも、ふだん読む小説のセリフにいつも以上に意識を向けると、新たな発見があるかもしれません。


そして、自分の作品に生かしていきましょう。






追記

一昨年の年末、夕方の情報番組でボーナスの話題になった時、お天気キャスターが「ボーナスが貰える人が羨ましいです~」とポロっと口走ってしまったシーンを思い出しました。

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