ニ 彼女の話

 あの人は、ほんとに来てくれるんだろうか?


 わたしは今夜もこの岬に立ち、いつもと変わらない海の景色を眺めている……。


 でも、今夜は少しだけいつもと違う……今夜は、彼と約束をした満月の夜なのだ。


 一月前の満月の夜、この岬で出会った彼はわたしのことを好きだと言ってくれた……そして、死別したあの人の代わりになってくれるのだと。


 嬉しかった……。


 正直なところを言えば、その場ですぐにでも彼の申し出を受け入れてしまいたかった。


 でも、彼を受け入れるということは、彼もわたしと同じ目に遭わせることになる……。


 だから、わたしは素直な感情をぐっと押し殺し、もう一度、よく考えてみる時間を彼に与えた。


 ただ一時の気の迷いから、彼はそんなことを思わず言ってしまったのかもしれない……。


 だから、わたしは半分期待を抱きつつも、半分は諦めた気持ちで彼を待っている。


 わたしは、すべてを正直に彼に話した……。


 わたしの話を聞いた後では、さすがに心も揺らぐだろう。そんな簡単に決心がつかなくても仕方のないことだ……。


 もしかしたら、彼は心変わりをしてもう来てくれないのかもしれない……と、わたしが溜息混じりにそう思ったその時。


「やあ、こんばんは。約束通り、会いに来たよ」


 背後から、あの夜と同じように声をかけられた。


「どうして……?」


 振り返ったわたしは、唖然と目を見開き、彼に尋ねる。


「言っただろう? 必ずまた来るって。僕の気持ちは変わらないよ」


 だが、彼はその顔に笑顔を浮かべると、迷うことなくすぐさまそう答える。


「じゃあ、いいのね? 本当にあの人の代わりになってくれるのね?」


「ああ。もちろん、そのつもりでここへ来た。覚悟はできてる」


 もう一度、わたしは改めて確認をとってみるが、その質問にも彼は力強く頷いてくれる……どうやら、その気持ちに嘘偽りはないようだ。


「うれしい……」


 わたし達は歩み寄ると、お互いに優しく抱きしめ合う。


「これでもう、わたし達はいつまでも一緒よ……」


「ああ。いつまでも一緒だ……」


 そして、わたしは彼の体を強く抱きしめたまま、あの日・・・と同じように岬の突端から身を投げた──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る