第004話 この素晴らしき二度目の人生に幸せを

「まさか成功するとは思わなかったな……」


 無事にカバンを回収して家に向かって歩きながら俺は呟く。


 何が成功したのかと言えば転生だ。


 アルフレッドはファンタジーな異世界からこの日本に転生してきた。


 民衆に大賢者と呼ばれ、人々を助けるために魔族、魔王、魔神、その他様々な悪しき者達と戦ってきたアルフレッド。


 終いには王になってくれなどと言われたが、それを断りながらも、死ぬギリギリまで人々に尽くしてきたと思う。


 ただ、そんな風に他人ひとのために生きていたら、アルフレッドには友達も伴侶も子供も弟子も何もなかった。


 いざ死ぬという段になってアルフレッドはたった一人。


 その時アルフレッドは自分の人生はなんだったのだろうと思った。


 民は幸せになった。

 それは確かにそうだろう。


 じゃあアルフレッドは?

 アルフレッドの幸せはどこにあったのだろう?


 地位も名誉も手に入れたのは間違いない。しかしアルフレッドの周りには誰もいなかった。居たのは彼を大賢者と崇め、人として扱わずに遠ざける者達ばかり。


 民に尽くしてきたのにアルフレッドに最後に残ったのは、大きな大きな孤独だった。


 だから次の人生で自分の幸せのために生きるべく、アルフレッドは研究していた転生魔法を使用した。


 その結果が今ここにある。


 今の俺がアルフレッド・ソロモンなのか、鬼一秋水なのかと言えば秋水だというのは間違いない。それは記憶が戻ったのがここまで育ってからだったからだ。


 秋水をベースにして、アルフレッドの記憶や技術を取り込んだ状態だと言えるだろう。


 変わったのは魔法を思い出したことと、この若さで前世の自分に並ぶ程の膨大な魔力がこの身に宿しているということだ。


「今世では普通に就職して、普通に嫁さんを貰って、普通の家庭を築いて、普通の幸せをつかんで見せるぞ!!」

「ねぇねぇお母さん、あの人何言ってるの?」

「見ちゃいけません!!」


 俺はそんな決意を胸に天に向かって拳を突き上げて一人で叫んだら、周りの人たちが変な目で見られてしまった。


 いたたまれなくなって逃げるようにその場から立ち去った。



 目の前にあるのは武家屋敷のような壁に囲まれた広い敷地にある大きな屋敷。歴史があると言えば聞こえがいいけど、壁には亀裂や崩れがあり、苔が生えている。屋敷も至る所が崩れていて、オンボロ屋敷という方が正しい。


「ただいま~」

「おかえりなさ……まぁまぁ、まぁまぁまぁまぁ!! どうしたのそれ!? いじめ!? いじめられたの!?」

「いやいや違うよ。ちょっと派手に転んだだけ。大丈夫だよ母さん」

「本当に!? 怪我は!? 怪我はない!?」

「だ、大丈夫だって……」


 いつものように玄関の引き戸を開けて家の中に入ると、割烹着をきた母さんがやってきて、俺の姿を見るなり、血相を変えて俺の体のあちこちを触って確認しだした。


 俺はそんな母さんの姿を見て苦笑する。


 そういえば怪我は魔術で治したけど、服は治していなかった。こん棒で殴られた際にボロボロになっていたのを忘れていた。


「うーん、大丈夫みたいね……良かった………」


 満足するまで俺の体を調べた母さんは何もないことに安堵して俺から離れる。


「母さん心配しすぎだって。俺ももう高校生なんだから転んだくらいなんともないよ」

「でもでも、お母さん心配だわぁ……」


 少々過保護が過ぎるので呆れるが、悲しげに俯いてしまう母さん。


「全く心配性なんだから……」

「大切な息子が服をボロボロにして帰ってきたら心配もするでしょう?」


 俺が仕方ない人だな、と苦笑いを浮かべると、少し不機嫌そうに頬を膨らませる母さん。


 俺を若い時に産んでいるので母さんはまだ三十代。童顔のせいで二十代半ばと言っても良いくらいの見た目をしている。かなり明るい茶髪を後ろで纏め、割烹着を着る姿は何処かの居酒屋の若女将みたいだ。


 そんな母さんの怒った姿は可愛らしい。美人な母さんが苦労人の父さんを選んだ理由が気になる所だ。


「ありがとう。本当に大丈夫だから」

「そう?」

「うん」


 母さんは俺に霊力が全くない事が分かってから、凄く過保護になったし、それまで以上に溺愛してくれたように思う。


―ジュワァッ


「あっ、あっけない。鍋を火にかけっぱなしだったわ!! 全身ドロドロだからお風呂に入っちゃいなさい!!」

「分かったよ」


 鍋が吹きこぼれた音で夕飯の支度中だったことを思い出した母さんは、台所にパタパタと戻りながら少し振り向いて叫んだ。


 俺は指示に従ってすぐに風呂に入った。制服はこっそり魔術で直しておいた。


 ――ガラガラガラッ


「た、ただいま……」

「ぐすっ……うっ……」


 風呂上がりに玄関の前を通ったら、丁度良く扉が開いて二人の人物が入ってくる。前者は腕を布で釣って片足を引きずりながら歩き、後者は顔をぐしゃぐしゃにして涙を流しながら前者を支えていた。


 それは怪我を負ったらしい父さんと、いつもは母さんに似た端正な顔立ちの俺の弟だった。

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