第003話 ありえないってことはありえない(別視点)

■葛城美玲 Side


「私も帰りましょうか……それにしてもあいつ六歳の時に自分が言ったことを忘れてるのかしら? 普通に接してくるなんてなんのつもりなの?」


 私はシュウの背を見送った後で独り言ちる。


 未だに忘れていない霊力測定の直後の出来事。


 突然あいつから自分が霊力ゼロの落ちこぼれだから一緒に遊べないという伝言を貰ったと両親から聞いている。


 私は由緒ある陰陽師の家系である葛城家の息女。


 確かに能力のない人間と付き合うべきではないのかもしれない。でも私の気持ちも聞かずに勝手に離れていったことは全く納得できなかった。


 その言葉を聞いてそんなこと関係ないのにと泣き喚いたのを覚えている。


『僕が君を解放するよ』


 そう言ってくれたあいつの言葉をずっと信じていたのに……。


 両親がどうにか私を宥めて落ち着いたけど、未だにあの時のことを私は引き摺っていた。


 そのせいで小学校に入ってからずっとギクシャクした関係が続いていたというのに、久しぶりにあったら普通で釈然としない気持ちになった。


―サァーッ


 少し肌寒い風が吹く。


「考えても仕方ないわね……もう話すこともないだろうし」


 私は髪の毛を耳に掛ける仕草をして空を見上げた。


 今回はたまたま話す事になったが、あいつと私では住んでいる世界が違う。私は陰陽師でアイツは一般人。同じ高校に通っているけど普段全く話すことはないし、接点もない。


 心がざわつくけど、暫くすれば落ち着くはず。


 私は独り言のように首を振った後、公園から立ち去った。




―コンコンッ


 私は陰陽師を束ねる組織である陰陽師協会の支部に帰り着き、報告をするために上司の執務室のドアを叩く。


「入れ」

「失礼します」


 気持ちを切り替えて中に入ると、執務室というより書斎というのが近い空間が広がっている。


 その奥の中央にどっしりとした重厚な机が置いてあって、そこには支部長が座って書類仕事をしていた。


「おお。美玲か。それで任務はどうだった?」

「それが連絡を受けてすぐにその場所に向かったのですが、私が行った時には妖はどこにも見当たりませんでした」

「なんだと!? どういうことなんだ?」


 私の報告を受け、支部長は信じられないと言いたげな表情に変わる。


「私にも分かりませんが、探知班の勘違いかと」

「そんなバカな……未だかつて探知班の情報が間違っていたことはここに支部が出来てから一度もなかったのだぞ?何か変わったことはなかったか?」


 まさか今まで一度も外れることがなかった探知が外れたとあって、驚愕しながら支部長は私にもっと詳しい話を尋ねてきた。


「いえ何も……あ、何故かあの場にはシュウが居ました」

「シュウ?……ああ、あの能無しか」


 私は何もないと報告する途中であの場所にシュウが居たことを思い出し、報告を行った。支部長はあいつの名前を聞き、暫く記憶を探っていたようだけど、思い出した途端、露骨に見くだすような態度を表す。


 何を隠そうこの支部長は私の父だ。父はシュウのことをよく知っている。距離が近く、昔から付き合いのあった鬼一家の長男で面識があるから当たり前だ。当然彼が霊力が全くないことも知っている。


 陰陽師の世界において霊力を持たずに生まれてきた人間は無能扱いされる。父があいつを蔑むのは普通の事だった。


 ただ、私は自分以外があいつを悪し様に言うのは何故か腹立たしく思ってしまう。しかし、グッと堪えて話を続ける。


「……はい。彼はと言っておりました」

「もし、強い妖が居る場所にあの落ちこぼれが居て生きているわけがないからな。それは本当のことだろう。しかし、それなら現れたはずの第二級の妖は何処に行ってしまったのか。まさか無能が倒したなどいうことはありえないだろうが」

「それはあり得ません」


 私は父の言葉を強く否定する。


 彼が妖を倒したなどいうことはあり得ない。


 何故なら彼は霊力ゼロ。霊力がなければ妖は倒せない。だから彼が妖を調伏したという話は天地がひっくり返ったって起こりえない。


 それに探知されたのは第二級の妖。


 妖は上から、王級、特級、一級、二級、三級、四級、五級という風に等級が別れている。一応各等級の間には準を付けることでどちらにも入れずらい等級を表す場合もある。例えば、準二級といった感じだ。


 五級であれば一般人がまぐれで倒せる可能性もないこともないけど、その三つ上の第二級ともなれば、中堅以上の実力をもつ陰陽師でなければ祓うことはできない。


 だからこそ、霊力も陰陽師としての技術もないあいつが現界した妖を消滅させたという話は絶対にない。


「美玲の言う通りだが、それではその妖はどこに行ったのだと思う?」

「私には分かりかねます。ただ、やはり一番の可能性は探知班の誤探知ではないかと」


 今まで一度も間違ったことのない探知結果から向かった先にいるはずの妖がいない。その場に妖を倒せる人間もいない。


 となると、父の質問に対してやはり私には探知の方を疑う他なかった。


「そうか。妖が何かしている痕跡などはなかったか?」

「ありませんでした。最初から何もいなかったように綺麗さっぱり」


 考えるそぶりしてからさらに問いを重ねる父に、私は首を振って答えた。


「そうなると誤探知が濃厚か……。今まで一度もなかったことだ。調査させることにしよう」

「それがよろしいかと」

「ああ。それでは下がっていいぞ」

「分かりました。失礼します」

「あっ。例の件、考えておいてくれよ」


 話を終え、私は執務室から出ようと父に背を向けるが、彼は思い出したくもない話題を振る。


「あの件はお断りしたはずです」


 私は振り返って父を睨みつけてキッパリと言い放つ。


「まぁそういうな。お前には悪い話じゃないはずだ」

「良い悪いの問題ではありません。失礼します!!」

「あっ、美玲!! 待ちなさい!!」


 父が諭すように言うが、私にとってはこれ以上検討の余地のない話のため、それ以上聞かず部屋を後にした。


「はぁ……には力の強い家との結び付きが必要なのは分かるけどね……」


 扉をもたれかかるようにして閉めて一人ため息を吐いて呟き、下腹部を撫でた後で再び哨戒任務へと赴く。


 しかし、突然の再会と拒否したはずの話を蒸し返され、頭の中が一杯になって任務にあまり身が入らなかった。


『まさか無能が倒したなどいうことはありえないだろうが』


 任務を終え、自宅への帰り道でふと父が言ってた事を思い出す。


「もし……本当にもし仮に、あいつが倒したっていうのなら……いや、そんなことは探知班のミスよりもありえないわね……今日の私はどうかしてるわ」


 変な事を呟いた後で私はハッと我に帰って頭を振る。


 今日は色々あったせいで頭がおかしくなってるみたいなので足早に家に向かった。


 

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