第002話 自分の常識は他人の非常識
「死んだか。そうなると前世のFランク程度のモンスターと同等レベルかな」
俺は目の前で起こった現象を顎に手を当てながら異世界の知識と照らし合わせて分析する。
Fランクモンスターとは異世界において最弱のモンスターのランクだ。
冒険者であれば少し鍛錬を積み、魔力による身体強化を覚えれば簡単に倒せるくらいの強さ。初級魔術のファイヤーボールで倒せるのならそのくらいのランク付けになるはず。
おそらくこちらの世界でもその程度の認識のはずだ。ただ、街中に妖が出るのはとても危険だな。流石になんの訓練も受けていない子供が勝てる相手じゃない。
「おっと忘れていた。考えるのは後だ。先に子供を起こさないとな」
俺は思わず考え込んでしまったが、元の目的は子供を助けること。それを忘れてはいけない。
「あんな記憶はない方が良いよな。ヒュプノ」
俺はプロテクションを解除して気を失っていた子供に回復魔術を使用した後、鬼に襲われた記憶だけを精神魔術で破壊しておく。
これで恐ろしかったことは思い出すことはない。
「ん……んん……」
気付けの魔術をかけると子供はゆっくりと瞼を開ける。
「起きたみたいだな」
「お兄ちゃん誰?」
俺の顔を見るなりきょとんした様子で尋ねる幼女。
「俺は
「ふーん。私はどうしてこんなところで寝てるの?」
俺が名乗ると、彼女は上体を起こしてあたりをきょろきょろと見回して首を傾げた。
「転んで気を失っていたんだよ。もう日も暮れるから
「そうなんだ。分かった。ばいばいお兄ちゃん」
俺が忘れてしまった記憶を補完するように説明すれば、素直に受け入れた幼女は起き上がって尻についた砂を掃い、俺に手を振る。
「ああ、またな」
俺も軽く手を挙げて応え、タッタッタと家に駆けていく彼女の姿を見送った。
「さて、俺も帰るか」
幼女が見えなくなるまで見守った俺は、自分の鞄を取りに公園の外に歩き出した。
「ちょっと待ちなさい」
しかし、後ろから少し聞き覚えのある声を掛けられ、すぐに立ち止まらざるを得なくなる。
「美玲……」
「あら、誰かと思えば落ちこぼれのシュウじゃない」
俺が振り返って相手の名を呼べば、彼女は俺の正体に気付くなりバカにした。
彼女は俺の幼馴染で
人目を引く美少女で、ハーフアップにした燃えるような赤髪と少し気の強そうな黒い瞳を持っている。黒い着物のような陰陽服のトップスと赤のスカートという出で立ちでスタイルのいい彼女によく似合っていた。
彼女の家も陰陽師の家系だ。しかも力の強い。両親から聞いた話だが、小さな頃から美玲は霊力が高くて優秀で、現在は高校生であるにも関わらず、この辺りの陰陽師の仕事を手伝っているらしい。
六歳くらいまでは一緒に遊んでいたはずだが、霊力測定で俺の霊力がゼロだと発覚するなり遊べなくなり、その後は学校でたまに顔を合わせる程度。
その時も自分には話しかけないでと言わんばかりの態度で、それ以降の彼女のことはあまり知らない。
「うるせぇよ。それで何の用だよ?」
「はぁ……あんたみたいな無能とは話したくはないんだけど仕方ないわね。ここで少し強力な妖の反応があったんだけど、あんた何か知らない?」
不貞腐れながら返事を返せば、うんざりした表情で俺に尋ねる。
「いや、それらしいものは何も見てないな」
俺は首を振って答えた。
流石に霊力ゼロの俺でもそんなに強そうな存在がいればすぐに分かる。しかし、彼女の言う強い妖とは会っていない。
俺が遭遇したのはFランクモンスター程度の雑魚だけ。あの弱すぎる鬼が強力な妖なわけないからな。
改めて言う必要もないだろう。
「そう。おかしいわね……。探知班が間違うはずないのに……」
俺の言葉に考え込む彼女。
「たまにはそんなこともあるだろ。その探知班って人も人間なんだし」
「そうね。辺りに妖の気配は綺麗さっぱり何もなし。怪しい雰囲気も感じないし、何か仕掛けた痕跡も、どこかに行った気配もない。どうやら探知班のミスの可能性が高いみたいね」
俺の返事に納得したらしい美玲はヤレヤレと肩を竦める。
「そうだろうな。そんじゃあ俺は帰るわ」
「ええ。あまり出歩くんじゃないわよ? もうすぐ逢魔が時。私達が見回っているとはいえ、妖が活発になる時間の一つ。あんたみたいな
「なんだ? 心配してくれるのか?」
まさか美玲からそんな言葉を聞くことになるとは思わなくて、俺は思わず聞き返していた。
「べ、別にそんなんじゃないわよ!! 陰陽師としての当然の義務よ!! 義務!! さっさと帰りなさいよ!! しっしっ!!」
「へいへい。さいですか。そんじゃあな」
不機嫌そうに慌ててそっぽを向き、流し目で俺の方を見ながら組んだ腕の一部を崩して手で追い払う仕草をする美玲。
そこまで嫌わなくても良いだろうに……。
その態度に少し落ち込みつつも、顔に出すことなく別れを告げ、彼女に背を向けた。
「それにしてもおかしなこともあるものね……」
歩き出して美玲から離れた俺の耳に、彼女の小さな呟きが届くことはなかった。
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