心象
まず、目に入ったのは大きく揺れる青色だった。青色、という表現はすこぶる単純であるけども、しかしこのばあい私の視界を支配していたのは本当に模範的で純粋な青色に他ならなかった。
その青色の中をゆったり浮かぶ鮮やかな点たちを眺めていると、どうもはっきりとしてこない視界に酔ったのか、私の身体はむずむずと何かを催し始めた。しかしこれが妙であった。普段の嘔吐というのは肉壁にぐわんと押し出されて口腔に躍り出るものだろうが、このとき私の下腹部は自身とは別個の力によってもぞもぞと蠢いていた。私の臓腑をドンドンと叩くそいつはそのあなぐらを押し広げながら首の方に向かってくるのである。
ウッ、ウッ、と呻きながら、私は喉元を意識した。それは液体や流動体ではなく、はっきりと輪郭を伴った、生き物のようである。自力で私の唇のところまで這い出てきたそれは懸命に身をよじらせながら、私の身体から抜け出そうとしていた。
そして目下に薄緑の影が出てきたころ、私はついにオエーッと悲鳴をあげながらそいつを吐き出した。
(その種の生き物にしては)巨大な芋虫が一匹、べたんと音を鳴らして地面に転がった。よくよくその芋虫に目を凝らすと、その小さな頭の上に裸の娘がへたりこんで私を見上げている。
「おい」
と声をかけた。娘はひどく顔をしかめると、何も言わずにべちべち芋虫を叩き始めた。芋虫はすぐ起き上がって、私の体の中でもそうしていたように、肉体の緊張と弛緩を繰り返しながら私の視界の奥まったほうへ向かう。そうして先を見やると、急にその視界がはっきりしてきて、青地に散在していた点たちが輪郭を持ち始めたのである。
大きなツユクサの花が、奥に揺れていた。これが例の青色の正体であり、その葉と茎が眼下の世界を覆っている。宙には、女の顔をした蝶が幾匹も幾匹も、幽玄に舞っていた。
思わず喉元と胸をつないでいるところが、小さくなった気がした。顔中に皺がよって、笑ってしまいたくなった。
やがて私は目の前の空間に手当たり次第称賛の言葉を投げつけて、あとはずっと、その視界に溺れていた。
「皆、ここに、来るんだ! ここに、ここに! ここは、楽園だ!」
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