第17話 アップラインは童貞殺しのお姉さんだった
マルチ商法とは、「金持ち父さん貧乏父さん」という聖典を抱いてアムウェイという聖地に巡礼するカルト宗教、ではない。
会員を集めて人的ネットワークを構築、そのネットワークを通じて商品を販売するものだ。その会員はディストリビューターなどと呼ばれる。かっこいいからそう呼ぼうかと思ったが面倒なのでやっぱり会員と呼ぶことにする。会員は商品を仕入れ値で買うことが出来、それを消費者に販売する、とは限らない。というか商品を売って稼ぐつもりの会員はあまりいないだろう。
会員は会員を勧誘することが出来る。会員のネットワークはピラミッド構造になっていて、自分の下層の会員を増やすのが主な活動となる。下層のネットワークの売上の一部を報酬として受け取る事が出来るからだ。これが不労所得になって美味しいという話であり、その為に必死こいてファミレスでダべるのだ。
こう見ると、マルチ商法、別にいいんじゃね?と思えるが、よくはないと個人的には思う。色々問題はあるが俺が特にダメだと思うものをこれから叩きつけに行くところだ。
時間は夜9時、場所はガスト。最初に叔父さんが三好とかいう野郎と待ち合わせしていた場所である。またここでミーティングをやるんじゃないかと思って連日張り込んでいたのである。今日ついにそれが実ったというわけだ。
それにしても小学生がこんな時間にフラフラ出歩いていてはダメじゃないかと思うのだが「立ち読みしている本の続きが気になるので出かける」という雑な言い訳で俺の両親は送り出してくれたのだった。うちの親ってこんなに放任だったんだなぁ・・・
「いらっしゃいませ?」
と不審顔で出迎えてくれる店員さんに「お父さんが先に来てます」と告げてずかずかと中に入る。普段より1オクターブは高い声で会話してるんじゃないかと思われる浮いた雰囲気の3人組のテーブル、叔父さんの隣にドカッと座る。
「翔?何してんだ!?」
「ビジネスの話をしに来たんだよ叔父さん」
ニヤっと笑って人差し指を曲げて見せてやる。やる気まんまんなんだぜ。
「この子誰?」
と言ったのは三好ではない。ちょっといい女風の女だ。こいつが三好と叔父さんの上位会員に違いない。スーツを着こなしていてビジネスバックはヴィトン。バリキャリ風だが、一点明確な穴を見たのでこれは勝つると密かにガッツボーズをする。それにしてもポニーテールより少し下で長い髪を結んでいるのがあざとく見えるのは悪意が過ぎるか。
「和夫叔父さんの甥だよ。俺も話に混ぜてもらおうと思ってね。お姉さんが叔父さんのアップラインのヒトかな?」
知ってるぜ感を出して強引に会話を始める。
「え、そうだけど。何なの?」
「はっきりいうと、叔父さんを巻き込むのをやめて欲しいんだよね」
「おい翔!」
「ごめん叔父さん、ちょっと話させてよ」
かわいらしくお願いをしてゴリ押す。昔から叔父さんは俺のお願いには弱い。ここは通るだろう。
むむっと押し黙る叔父さん。
「お姉さんはさ、結構稼いでるんだよね」
ヴィトンのバッグをじっと見てやる。
「そうね。すごく充実してるよ。やりがいのある仕事だから。簡単な仕事じゃないけど夢を叶える為に頑張ってるわ」
よくわからない事を胸を張って言うお姉さん。アホそうで助かったぜ、と思ったが、お姉さんを見る叔父さんと三好の視線が熱っぽい気がする・・・マズイなぁ惚れてるかもしれないなぁ。叔父さん童貞っぽいしなぁ。これは負けるかもしれない。しかし引くわけにはいかぬ。
「いや、稼げてるかどうか聞いてるんだけど」
身を乗り出してヴィトンを凝視してやる。
「そ、そうね。本業と同じぐらいは貰ってるかな」
その鞄で成功者である演出をしてるんだからナイとは言えないよね。
「ふーん、でもそれ嘘だよね」
「え?」
「稼げてる人が偽物のヴィトン持ち歩くかなぁ?」
鞄の端のほつれを指さしてやる。補強の部分がめくれて大変残念な状態であった。ブランドの事は全然わからんが、高級カバンならそうはならんだろう。
「偽物じゃないわよ。失礼ね」
「いや、どうみてもスーパーコピーでしょ。コピー品は本物とちょっとサイズが違うんっすよ(笑)」
知らんけどな。少なくとも正規店で買ったもんではないだろう。
「・・・」
押し黙るお姉さん。
「商品もインチキなんじゃないですか」
「いや、モノは本当に良いから・・・」
「その良いモノを売る気はないわけですよね」
「え?」
「あなたもそうだけど、そこの三好さん、うちの叔父さんも商品を売って稼ぐ気は一切ないでしょう」
「ないよ、面倒くさい」
まさかの三好のアシストが来る。でもそこは否定しろよ。
「ですよね。権利収入ってやつが欲しいわけじゃないですか」
「だね。楽して稼ぎたいね。働いたら負けだよ」
時代を先取りするな三好よ。そのセリフが流行るのは2004年だよ。お姉さんが何言ってんだお前って顔してるぞ。
「じゃあ誰がその本当に良い商品を売るんですか?」
ここで黙り込む程度のディストリビューターで良かった。その道のプロなら逆にやり込められて取り込まれかねない。マルチの人に興味本位で近づいてはならぬ。
「売るアテがない、使い道もない商品を大量に仕入れて破滅する会員が生贄になってるから成り立ってんじゃないですか」
ずっと俺のターンだぜ。
「だからマルチで失敗した人って借金背負うパターン多いよね。サラ金でつまめる程度の」
「おたくらも既に結構いっちゃってるんじゃないです?」
叔父さんが見たことのない表情をしていた。こいつ既にそこそこ買ってるな。
「その仕入れで実質的にランクを買ったわけですよね。ランクをあげないと会員を勧誘して報酬を貰えないから勿体ないとかなんとかいって」
「それは投資だから・・・」
「なんで大量の洗剤を買い込むのが投資なんだよ。じゃあその洗剤売って来いよ。そりゃお布施だろ」
「・・・」
「権利収入って、下位の会員の生き血を啜ってるようなもんじゃないか。外道にもほどがあるだろうよ」
まあ君たちは養分側の人間っぽいけどね。
あくまでも毅然とした態度を崩さないお姉さんだが、ポロポロと涙を流し始めた。
「・・・」
無言で俺を睨みつけ、ポロポロ泣くお姉さん。恥ずかしながらちょっとゾクゾクするものがあり、新しい扉が開きそうになる。それにしてもこの人名前なんていうんだろう、と少し現実逃避していると、
「翔!!」
叔父さんがめっちゃ怒っていた。
「子供のくせに何を言ってるんだ!金子さんに失礼だろ!」
金子さんというらしい。
「でも叔父さん、完全論破ってやつで・・・」
「だいたいこんな時間に出歩いてたらダメだろ。もう家に帰りなさい」
「いやここのインチキ商品の有害性を示す資料も持ってきてるわけで・・・」
俺のゴミみたいな英語力と、当時はまだしょぼすぎる性能だった翻訳ソフトを使って、海外サイトの資料を集めてきていたのだ。本社のあるアメリカでは既にいろいろ問題が起きていたのである。めちゃくちゃ大変だった。
「帰りなさい」
聞く耳持たない状態である。
「わかったよ・・・」
そう言って渋々席を立った。これ以上粘ってもどうにもならなさそうだ。
店を出て、外から叔父さんたちをみた。叔父さんと三好が金子さんを必死に慰めている。やっぱりあれかな、恋は盲目ってやつなのかな。試合に勝って勝負に負けるってやつだ。ガストの灯りが妙に眩しく感じた。
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