第9話 悪役令嬢みたいだったな!
翌日、何食わぬ顔で登校すると、何食わぬ顔で暗い表情の山田がいた。昨日の事はなかった事でいいんだという事に安堵し席に着き、昨日の芦部憲法を何処で売ろうかと検討を始めるが、実は結論は出ていて専門書を多く扱っている古書店に行くのである。つまり山田の事を考えないようにする為に無駄な思考を巡らしていたのであり、やはり昨日の山田が怖すぎたのを思い出してまた動揺していたのだ。古書店は通学路付近にあるので帰りに寄るつもりだ。
しかし、ちょっとしたキーアイテムのようになっている芦部の憲法を持ってくるのはマズかったのではないかと嫌な予感がした。それがフラグになったのか、教科書と間違えて芦部の憲法を取り出してしまった瞬間、強い視線を感じて横を見ると山田が昨日の恐ろしい顔で俺を睨んでいた。
(終わった)と、反射的に思う。事件が起きてしまったのだろうと考えられた。
そして、1時間目が終わり、休み時間がやってくる。山田の方に視線を向けることすらできなかった。しかし何も起こらない。2時間目、3時間目と過ぎていくがやはり山田は何もしてこなかった。なんだ山田は別に怒っていなかったのだと油断したのがやはりフラグになったのだろう、給食の後に山田はやってきた。
俺の机の前に立ち、じっと見降ろす山田。見上げるとやはりあの怖い顔をしていた。
「ちょっと来なさいよ」
と、顎クイとともに抑揚のない声で命令してくる。睾丸が縮こまるのを感じる。32歳の俺からすれば小娘もいいところなのだが、逆らえない空気に俺は支配されていた。観念して立ち上がろうとした時、
「なんだよお前」
当然のように俺の近くにいる太田が、遮る。
俺の中で主人公キャラになりつつある太田よ俺も救ってくれるのか。初めて太田に感謝の気持ちが湧いてくる。
「あんたには関係ない」
やはり抑揚のない声で山田がいう。俺は女が怒っているのが怖い。男が相手ならぶっ殺すぞとファイトが湧くが、女が相手だと気持ちが萎えてしまう。太田も同じだったようで、浮かしていた腰をスッと降ろしてしまった。
山田がスタスタと歩いていくので渋々着いていく。太田にこの役立たずめがという怒りの視線を送るのは忘れない。太田が「がんばるっす!」といった感じの視線を返してくる。目と目で通じ合うことにいら立ちを覚えつつ、泣きそうな気持ちで実質的に連行されるのだった。
そうしてまたしても体育館の裏にやってきた。人生二度目である。
「あんた、なんのつもり?馬鹿にしてんの?」
意味がわからなかったので「えっと・・・」と返してみる。
「さっきの本、あたしに見せてさ。昨日の事笑ってるのよね!?」
やはり芦部の憲法を見られたのがマズかったのだ。それはわかるのだが、
「何を怒っているのかわからないんだけど・・・」
「はぁ?似てない姉妹だと思って馬鹿にしてんでしょ!わざわざそんなもんまで持ってきてさぁ!」
(あーーーー)
と心の中で合点した。姉に対する劣等感が凄いのだ。理由がわかれば気持ちに余裕が出てくる。つまり、俺が芦部をチラつかせて「昨日は傑作だったぜ、お前と姉ちゃん全然似てねえのなプッ」をやっていると思ったわけだ。
「いや待て。誤解しないで欲しいんだが、これは仕事だから。あの本は今日の帰りに売る為に持ってきたんだ。別にお前に見せようと思ったわけじゃない」
舐めた事言ってるとぶち殺すぞと山田の表情。しかしもう大して怖くはない。既にブーメランは刺さっている。
「つまりあれだろ、お前は長瀬あたりにこういうアイテムをちらつかせて喜んでいたわけだ」
例の動画に醜態を撮られていたのを思い出したのか、明らかに山田の気勢がそがれた。チャンスである。
「コンプレックスだの恥だのの相手の負の感情をを呼び覚ます物を見せつける嫌がらせをしてんだな」
クッと言わんばかりに視線を反らす山田。ここで叩いておかないとやられる気がしたので、更に追い込むことにする。
「長瀬には何を見せたの?」
「あ、あんたには関係ないでしょ・・・」
「ないよ。でも長瀬はさぞ不愉快だったんだろうなぁ。お前もめっちゃ切れてるもんな。まあ俺には関係ないことだけどさ」
山田は何かを思い出すように目を泳がせる。
「マジでお前って性格悪いよね。だからといって俺も性格悪いと思われるのは心外なんだが」
「自分がカスだからって他人もカスだと思うなよってことだよ」
山田が泣き出してしまった。
「あんたには関係ないでしょぉ!」
お前には関係ないという言葉はなかなかの殺し文句なのだが、意に介さず発言を続ける事は可能なのだ。その武器の力を過信しすぎたな、などと考えているのは俺の現実逃避であった。泣かれてしまうと困る他ない。
調子に乗ってボロカス言い過ぎた。小5相手なのだということをついつい忘れてしまう。オロオロしていると、山田がボロ泣きになっていた。どうしよう。
「あー、でもあれだよ」
あれもこれもない。とりあえず場をつなぐ為に言ってみるだけである。
「あのさ。その、似てない姉妹がどうのこうのってやつ?」
号泣を止めてくれ。しかし泣いてる女は不思議とかわいく見える。いやマジで困るんだけども。
「そうだ、お前はお前でかわいいと思うよ?俺は割と好きだよ」
言葉が上滑るって感じだ。
「ハハハ・・・」
・・・慰める言葉を何も思いつかない。薄味の人間関係で生きてきた俺の経験値は低い。泣き続ける山田を前に、俺は天を仰ぐしかなかった。
・・・あの雲はクジラみたいだなぁなどと思っていると、
「嘘つかないでよ」
山田が喋った!
「え?」
「かわいいとか・・・思ってないくせに・・・」
「いや、お前ってそこそこ整った容姿してるよ。今日はスッピンでちょっと地味だけど」
あ、余計な事言ったな。スッピン、地味という言葉に体を震せていた。ここは押し切るしかない。
「そっちの方が清楚な感じでいいんじゃないか。俺はそっちの方が好みだなー!」
はははーと乾いた笑いは心の中に仕舞う。
「あんたの好みなんて聞いてないんだけど」
と、言いつつ山田は少し笑っていた。
「なんか、あんたっておじさんみたい」
叔父さんの事だと思っておこう。
「お姉ちゃんの事は好きだけど、お姉ちゃんがキレイなのは凄いコンプレックス。横に並ぶのは凄く嫌」
何故か本音の暴露が始まった。対応できないから困るんだけどなぁ、相槌を打つことぐらいしかできない。
「姉が妬ましいし羨ましいと」
「え・・・うん、そうね。なんであたしはって思う・・・」
「それで自分より容姿が整っている者が憎らしいわけか」
「え・・・そこまでは・・・いや、そうかも・・・結構そんな感じかもしれない・・・」
優れた姉妹ってのは困った存在なのかね?俺は一人っ子だからわからないな。
「あたしって嫌なやつよね・・・」
「そりゃしゃーないんじゃないの。俺もイケメンは全て爆発しろって思うしさ」
「なにそれ」
山田がプッと笑う。
「運動できるやつも勉強できるやつも気に食わねえよ。妬ましいね」
「そうなの?」
「そうだよ。自分より良いもの持ってる奴は全員羨ましい」
特にイケメンには強く嫉妬してしまう。生まれながらにして愛されるってずるくないですか。毎日がボーナスステージみたいなもんじゃないか。これまで出会ってきたイケメン奴らを思い出し、つい、嫉妬心に表情が歪む。
「あんたなんか悪い顔してるわよ」
うるせえよ、お前もな、と無言で問いかける。
「あたしも酷い顔してたわね・・・」
「悪役令嬢みたいだったな」
「意味わかんない!けど、いじめをしてる時は気分がよかった・・・」
「人間のクズって感じの悪辣な笑顔だったな」
「そこまで言う!?・・・まあでもそんな感じだったわね。ショックで死にたくなったわ・・・」
そうだな!と深く頷いておく。なんとなく話が纏まってきたようで良かった。そろそろ帰りたいな。
「あたし、長瀬に謝らないと」
「え?」
「え?」
反省したのは結構なのだが、謝罪ってどうなんだろうな?と思うのだ。だって、
「許したくない相手から謝られても困るよな。許さないこっちが悪いみたいな空気になるだろ」
「えぇ・・・」
「お前に謝られてもなぁ。長瀬からしたらはいそうですか死んで詫びろよって感じじゃないの?」
黙り込んだ山田をみて、また言い過ぎてしまったのかと思う。
「あーー、まあでもなんだ。うーん、謝罪する以外にやれる事ないもんな」
「いいんじゃないの、とりあえず謝るだけ謝ってみれば。まさか切腹するわけにもいかないしなぁ。ハハハ・・・」
「・・・うん」
無言のまま教室に戻るのだった。我ながら使えない大人だよなぁ。
午後からは何事もなく学校終了。芦部の憲法を売りに行ったところ、版が一つ古かったらしく、買い取り額は思ったより安かった。
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