第8話 せどり
長瀬舞いじめの主犯格であった山田夢亜は今日も元気がない。目がうつろで動作は緩慢、会話も最小限で概ね一人で過ごしている。なんか顔も地味だ。日を追うごとに多少は元気を取り戻しているようだが、未だ酷い落ち込みようである。
原因は俺の動画だ。自業自得であるとはいえ多少の罪悪感はある。とはいえ、やはり俺に心のケアをする能力はない。しかも山田とはそもそもほとんど接点がないのだ。
とはいえ、気にはなるので、山田と長瀬は視界の端で観察はしていた。時々、長瀬が山田とじっと見つめる瞬間があるのだ。山田と目が合い、山田がさっと視線を反らす、という事が時々あった。どっちも何考えてるのかわからん。ここは放置しかない。などと考えていたのがフラグになったのか、放課後にちょっとしたいざこざの現場に遭遇してしまったのである。下駄箱の前で三谷と一井のサンピンコンビが山田に話しかけていた。
「お前最近めっちゃ暗くない?笑えるんだけど」
と、煽る三谷。一井はそうだそうだなどと盛り上げる役である。上下関係はなく、一井が口下手なのだ。
山田は無視して立ち去ろうとする。
「あの動画気にしてんの?あんなけやっといてさぁ、今更何なの」
ニヤニヤ笑いながら追撃をする三谷である。
「うっさいわね。あんたらに関係ないでしょ」
ドスの効いた声で反応する山田に嬉しそうな三谷たちだ。
「お前さぁ、なんか顔地味じゃない?なんでなの(笑)」
やはり俺の気のせいではなかったのか。山田の顔は地味になっているのだ。化粧か?などと考えていると、またしても太田が飛び出していく。
「やめろ!お前ら!」
もはやこいつの方が主人公みたいだなと思う。
「ちっ、またかよ」
と、明後日の方を見ながら一井が反応した。
「太田くんさぁ、俺らに絡むのやめてくんない?」
三谷がうんざりした態度で言った。
「お前らがいじめみたいなことするからだろ」
だからお前が言うなと言いたそうな表情を浮かべつつも大人しく去っていくサンピンコンビだった。太田と俺を睨むのを忘れない。俺も共犯扱いなのだろうか。覚えてろよ、と背中が語っているような気がする。
山田はキッと太田を睨み、速足で去っていった。こっちは何を考えているのかわからない。
やってやったぜアニキ!といわんばかりの表情で太田はこっちに駆けてくる。
その図太くて素直な感じ、既に割と嫌いじゃないけど、ヘイトを集めすぎじゃないかな?
ところで、俺の中身は大人であるがそれ以外は小学5年生である。そこで困るのが、お金がないことだ。大人の俺が行動するには資金が足りない。
先の事件でもそこそこお金が必要だった。DVD-Rメディアやら汎用リモコンやらで5千円近い出費がある。
俺は割と貯金をする子供だった。それでも早晩資金は尽きる。金を稼がなくてはならない。しかし、小学生が金を稼ぐ方法などほぼない。せっかく未来の記憶があるのだが、それを利用するには大人になるのを待たねばならない。大人の協力者がいれば・・・いずれ解決しなければならない問題である。
ともかく、当面の活動資金を得るのに選んだ方法は「せどり」である。
せどりとはいわゆる転売である。しかし、21年後で言われるところの転売とは少し異なる。この頃は主に希少価値のある古本を安価で仕入れて売りさばくことをそう呼ぶ事が多かった。
具体的には、大型の古書店で投げ売りされている希少本を見つけて購入し、(ネットオークションで高値で売りたいところだがアカウントが作れないので)その辺の古書店に持ち込むのである。もちろん小学5年生がそんなものを持ち込むのは良い顔はされない。だが、個人店だと結構買い取ってくれるところもあるのだ。
どういう本が売れるかというと、基本的には絶版になっている本だ。専門書など狙い目である。しかしこの作業は簡単ではない。俺の場合は、ネットショップやネットオークションを漁って高額で販売されている本をリストアップしていく。それをある程度記憶した上で、そのリスト(もちろん紙の)を片手に大型古書店というかはっきりいうと〇ックオフを巡るのである。それでも時々掘り出し物が見つかる程度のもので、一冊あたり1000円とか2000円とかの儲けになれば良い方なのだからやってられないが、他にお金を稼ぐ手段もないので致し方なくというわけだ。
2001年では転売ヤーだの転売カスだのといった呼称はない。だからというわけではないが、罪悪感もない。古物商の感覚である。古物商許可は受けてないのでそこはすみませんと思っておく。そもそも転売ヤーが問題にされたのは、メルカリ等のフリマアプリでネット販売が手軽になったことにより、転売業者の圧倒的増加したのと、ターゲットにされる商品がアホほど増えた事による。この頃はネットオークションで転売するぐらいしか方法がなく、またその敷居もそこそこ高かったのである。
それはともかく、今日も辛い〇ックオフ巡りをしていたのだ。とはいえ戦利品を得ると嬉しい。芦部という著者のよくわからない憲法学の本をゲットし、そろそろ晩御飯の時間なので帰ろうかと思っていると、山田夢亜一家に遭遇したのである。
山田は家族で小洒落たレストランに入るところであった。色白の凄い美少女に目が釘付けになった。心の中で「お~」と驚嘆してしまう。珍しいものを見た!という感想である。俺よりは年上のようなので山田の姉だろうか。両隣にはちょっと身なりの良い大人の男女、山田父と母のようだ。その後ろから景気の悪い顔をした山田こと山田夢亜が付いてくる。
これは気まずいと思い、とっさに芦部の憲法を開いて顔を隠す。憲法9条がどうのこうの書いてあったがよくわからない。しかし道端で自転車にまたがって芦部を読んでいるのは明らかに変だ。かえって山田家の注意を引き付けてしまったのだった。恐る恐る山田を見ると恐ろしい顔で俺を睨んでいた。どうやら見てはいけないものだったらしい。この年頃の子は親と一緒にいるところを見られるのを恥ずかしがるもんだし・・・という一般論では片づけられない感情が込められていたように思う。地団駄を踏まんばかりの歩法でレストランに入っていく山田を茫然と見送って帰路についたのだった。
(仕事だから・・・)とわけのわからぬ言い訳を心の中で呟いておいた。
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