第7話 罪を償う方法などない。やったことを無かったことにはできない。他人の心の傷を癒す方法もない。罪は背負うことしかできない。
次の日の朝、いつものルーティンをこなして家を出る。さて、学校に送り付けた大量のブランクメディアに、教師たちはどんなメッセージを読み取ったろうか。
DVD-Rディスクは高価すぎるので、送ったのは中国製の激安CD-Rディスクであり、太陽誘電製ではない。その意図はもちろん「まだあるよ」ということであり、このブラフの目的は震えて眠れということである。ただの嫌がらせだ。これにより今回の事件が公にならなければ良いなという下心もあるが、逆の目がでるかもしれない。
教室に入ると、いつも通り無表情な長瀬がいる。山田は自分の席で暗い顔をしていた。昨日の動画が効いたようで何よりだ。自宅に動画を送り付けることまではしなくてよいようで安心した。他の同級生の様子を探っていく。暗い顔で落ち着かない様子の者はいじめに加担していたのだろう。動画に映っていた者のほとんどは特に暗い顔をしている。
太田が教室に入ってくる。俺の姿を見つけてドタドタと駆け寄ってきた。こいつまだやる気なのかと一瞬うんざりしたが、表情がおかしい。
「アニキ!」
思わず後ろを振り向くが誰もいないし、妙にキラキラした目で俺をまっすぐに見つめているので間違いなく俺のことだ。
「はぁ?」
としか言いようがない。
「昨日はマジでビビったっス!アニキの強さに痺れたっス!アニキと呼ばせて下さいっス!」
えーーーー、マジ無理っす…まず、俺はお前が嫌いだし、そしてお前みたいなのにアニキ呼びされてたら悪目立ちするから絶対に嫌だ、ということを直接的に伝えた。
「じゃあ勝手についていくっス!」
いや駄目だろ…しかし相手は子供なのだ。昨日、子供であるこいつに罰を与えてしまった身としては、こいつのやることを無碍に出来ないのが道理だ。ここでこのアホを突き放すのは大人として間違っている気がする。
「せめてアニキ呼びはやめてくれ」
「がんばるっス!」
がんばらないといけないのかそれ。太田が舎弟になってしまった。まあそのうち飽きるだろう。
担任のBBAこと金田が教室に入ってきた。
「席につきなさい。はぁ・・・」
大変に暗い顔で発言する毎に溜息が出る状態であった。
「昨日皆さんがみた動画ですが、現在調査中です。他言無用、口外しないように!」
苦虫を嚙み潰したようである。そして、小声で、しかし生徒に聞こえるように言う。
「なんで私が、クソ!」
ざまあみろ!と指をさして笑いたくなるのを堪える。どうも無かったことにするようだ。公して確実に大問題になるよりも、隠してノーダメージでやり過ごす可能性に賭けたのだ。何もしないで済ませたいというのは人間の普遍的な心理だもんなぁ。露見したらダメージ倍増だけど。そして俺の手元に武器が残るわけだ。バレにくい形でバックアップはとっているのだ。懐かしのらるちー等を使わないと取り出せない形に分割してあっちこっちにアップロードしている。
金田は今日も無難な授業を始めた。こんな時でも目の前のノルマを淡々と処理できるのは無気力社会人の鏡だと思う。こちらも授業を聞いてるふりをして考え事をする。そろそろ金策をしないと厳しくなってきたなぁ。
それにしても太田がやたらと懐いてくるのがマズイ。適当にあしらっているが目立ちすぎだし、太田の子分的な奴らの視線が痛い。事件の予感しかしない中、昼休みにそれは起きた。
「太田君!なんでそんなやつをアニキっていうんだよ!?」
と、俺にまとわりついている太田に問い詰めてきたのは三谷だ。小柄で弱そうなモブヤンキー感のある太田の子分的存在の一人だ。いつもは太田の威を借りてでかい態度をとっていた。クラス内ランクはBか。
「そーだよ!」
と、便乗気味にやってきたのは同じく子分的存在の一井である。ややキレイ目のモブヤンのランクB。
「なんだよおめえはよぉ!」
と俺に食い掛ってくる三谷。
「やめろ!アニキにぶっ殺されるぞ!」
いや殺しはしないよ。俺小学生だよ。
「俺は昨日アニキにボッコボコの半殺しにされてんだよ!」
いやしてないだろ。実は無傷だろ。
「はぁぁ?こいつがそんなつえーわけねーじゃん!」
俺の胸倉を掴む三谷。「ちょ」などと言ってあまり役に立たない太田を後目に、めんどくさくなったので腹パンで三谷を黙らせた。
イラっとして強めに叩いたので結構効いてしまったようだが、お前なんて認めないからな的な捨て台詞を吐いて、一井とともに去っていったのだった。なかなか根性あるな。
「アニキさすがっす!」
「とめろよバカ!」
面倒ごとが起きつつある予感がする。
その後は何事もなく放課後を迎えた。いつも疲れるが今日は特に疲れた。
さっさと帰って自室に引きこもろうと教室を出たが案の定太田が追いかけてきた。
「アニキ、一緒に帰ろう!」
途中までは同じ帰路なので仕方ない。ニコニコしながら付いてくるのも憎めなくて困る。
開き直ってたらたら帰っていると、ヒャッハーと走り抜けていく二人組がおり、それは三谷と一井である。ランドセルを背負ってないので身軽なのだ。振り返ると、ランドセルを3つ持った同級生がいる。小柄でちょっとひ弱なイメージの彼の名は細見くん。ランクは俺と同じCである。モブクラスの同士として少し親しみを感じている。
これはあれだ。じゃんけんで負けたものがランドセルを持つという体裁でランドセルを持たされるアレである。同士として気の毒に思うが、今日はこれ以上奴らに関わりたくなかった。面倒だなぁと思っていると、太田が動いた。
「おい、やめろ!」
「え?」
驚く二人、と俺。
「いじめはやめろ!ランドセルぐらい自分で持てよ!」
正論を吐く太田に俺がダメージを受けた。見逃そうと思っていた自分を嫌悪してしまう。
「太田くんもいつもやってだろ!?」
お前にはいわれたくねえよと三谷が言う。
「もうやめた。お前らもやめろ!」
スパっと言い切ったのをちょっと格好良く感じてしまう。しかし、同じぐらい納得いかない気持ちもある。なんだその手のひら返しはふざけるな、と。三谷と一井も同じ気持ちじゃないだろうか。
「わかったよ・・・」
と言って、細見くんからランドセルを受け取り、二人は走り去っていった。
「ごめんな」
細見くんに謝る太田。
「う、うん」
警戒心を露わに立ち尽くす細見くんを残し、俺は歩き始めた。太田が慌てて付いてくる。
「どうしたの?お前」
何いい子ぶってんの偽ジャイ鉄め、と悪意をこめて問いただす。
「え?」
わかってないので露骨に言ってやる。
「いや、なんでいい奴になってんの?お前いじめ大好きだったじゃない」
「え?あ、うん。昨日、アニキにやられてすげー痛かったんだよ」
「だから?」
「めっちゃへこんでさ。だからその、細見も辛いだろうなって」
「他人の痛みがわかったってこと?」
「・・・うん。そんな感じ・・・」
「あーー」
狙い通りを超えた効き目に、わかっちゃったんだぁと納得するしかなかった。
「そうかー」
と相槌を打つ事しかできなかった。わりと驚いていたのだ。アホそうなこいつがあっさり他人の気持ちを慮るようになったことに。
「どうしたらいいかなぁ・・・?」
「なにが?」
「その・・・罪をつぐなうみたいな・・・」
そうだよね、償って楽になりたいよね。悪いこといっぱいしてたもんなあお前はさぁ。せっかく更生しそうなんだから含蓄のある言葉でも贈りたいところではある。しかし、俺にはそんな教養はない。うーんと少し悩んだ末、事実のみを告げることにした。
「罪を償う方法などない」
「え?!」
「やったことを無かったことにはできない。他人の心の傷を癒す方法もない。罪は背負うことしかできない」
「でも!犯罪者が刑務所に行って罪を償ったりしてるし!」
「刑務所にいったら犯罪がなかったことになるのか?被害者が救われるのか?それは法に定められた刑に服してるだけだ。抑止力としての法の実効性を担保するために刑罰を執行されただけと考えるべきだ。罪を償うなどといった表現が当たり前に使われている事が俺には理解できないね」
「え?」
理解できなかったようだ。相手は子供だった。
「例えば、殺人があったとして、被害者とその遺族の被害を回復するにはどうしたらいい?」
「うーん・・・」
「少なくとも、被害者を生き返らせなくてはならない。不可能だろう」
「あ・・・」
「なら罪を償うなんて不可能じゃないか。殺人じゃなくても同じことだよ」
「そうだね・・・」
太田を完全にへこませてしまった。これは良くないかもしれない。
「アニキって大人みたいだよね・・・」
まあね。中身はそうだからね。
「まあでも、人間は誰でも失敗するもんだしなぁ」
「アニキも?」
「当たり前だよ。昨日もお前をボコりすぎたしな」
「ちょ」
「失敗する、罪を犯すってのは誰でもやることだから、その後どうするかで人の値打ちは決まるんじゃないの?」
「それって・・・」
「反省したならこれからは良い人間になれよ。さっき細見くんを助けたのはなかなか良かったんじゃないの?」
しばらく考え込んで太田は言った。
「そうするよ!」
少し吹っ切れた様子だ。まあまあのフォローが出来たと思っておくことにする。しかしこれから何をしでかすつもりなんだろうな。なんか酷い目に遭いそうだなこいつ。
「アニキって大人みたいな事いうよね」
一応、大人だからね。
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