第4話 一緒に、おやつ
「わかったよ……」
話したいこと──なんだろうか。まあ、予定があるわけでもないし別にいいか。
まずは講義だ。深呼吸をして心を落ち着けさせ、講師の話を聞き始めた。
講義の時間。隣にいる千歳がどうしても気になって仕方がない。初めての講義で、内容の紹介が中心とはいえどうしても千歳に意識が言ってしまう。
偶然千歳の唇に視線が止まると、ついつい思い出してしまう。さっきキスしたときに感じた千歳の唇の感触。
甘くて、ふわふわでとろけるような感触。交際経験がない俺にとって、当然ファーストキスだ。
とっても気持ちがよくて、またあの感触を味わいたいと思うようになる。
もう一度ちらりと千歳に視線を置くと、視線が合ってしまう。
その瞬間、にこっと千歳が笑みを向けてきた。その可愛さに思わず心臓がドキっとなる。
顔を赤くして、慌てて正面のホワイトボードに再び視線を向ける。
講師の人は、気まずそうな表情をしていた。
それから、昼食をはさんでいくつかの講義を受ける。
千歳は──いつも隣にいた。
食事をするときは隣り合わせで、一緒に。しかもカレーが乗った自分のスプーンを「あ~ん」と言って俺の口元に持ってくる始末。
俺は圧力にあらがえず、それを口に入れてしまった。
歩くときは腕を組むことを強制されるし、周囲の目がやはり恥ずかしかった。
「なにあれ~~、熱々のカップルじゃん!」
「本当だ。腕組んで歩いてるし」
完全に誤解されている。明日からどうすればいいんだ──この大学、どこの学部も40人くらいの比較的小規模な大学だから、顔を覚えられてしまう可能性がある。
このまま俺は千歳と付き合っていると誤解されてしまうのだろうか。
本当に気が思いやられる。
そして、午後の講義の直前に、耳打ちしてきた。
「この後講義ないよね。ちょっとお茶しよ」
にこっとした笑み。でも、その笑みの中に「ゴゴゴ……」という効果音が似合うような
強い気迫を感じさせている。
それって、デートっていうやつでは?
「え? でも……」
「いいでしょ、一緒にティータイムくらい。別に、おごってもらう必要はないから。いいでしょ? それとも予定とかある?」
「別に、ないけれど……」
その瞬間、千歳の表情がにこっと明るくなる。
「なら決まりね。この後、いろいろ話しましょ」
千歳にしては珍しい笑顔。俺には、押し切る力はなかった。
「わかった」
コクリと首を縦に振る。様々な講義の内容の説明をしてから、講義に入る。
しばらくしてチャイムがキャンパス中に鳴る。講義が終わり、ノートをカバンに入れて立ち上がると、千歳が腕にまとわりついてきた。腕を組む形になり、ぷにぷにとした腕を俺の腕に擦り付けていた。
「じゃあ、行きましょ」
「どこに?」
「駅の方に行けば、何かあるでしょ。一緒に歩きながら探しましょ?」
「はい」
大学を出て、腕を組みながら駅の方へと歩く。中学や高校の学生服を着た人がちらほら歩いている道を通ると、3階建ての安っぽい最寄り駅にたどり着いた。
俺たちが行ったのは、2回の改札口へつながる階段の下にあるドーナツ屋のチェーン店。
「ここでいいわ。いろいろ話しましょ?」
店を見るなり、千歳はここがいいといわんばかりに俺の前へと出て早足で入口へ。
俺も、それについていく。もっといい店にしようとか言おうとしたが、結局言えなかった。
自動ドアを開けると、ドーナツ屋特有の店内を充満させている砂糖の甘い匂い。それをかぐだけでもおなかがすいてきた。
目の前にはバイキングのようにトングといろいろな種類のドーナツの数々。
手ごろな値段で買えるだけあって、高校生や中学生たちでにぎわっていて、席は8割がたにぎわっている。
そのうえ、ドーナツを選ぶ場所や、レジ前にも列ができている。かなり、待たされそうだ。
「別の店、行こうか?」
「大丈夫よ。今日はバイトとかないし。こういう店──嫌いじゃないから」
「それなら、ここにするよ」
そして俺たちはバイキングのような場所でドーナツを選ぶ。
千歳は、嬉しそうにいろいろなドーナツを目移りさせている。やはり、こういった甘いものが好きなのだろうか。
「私、黄色くてつぶつぶの砂糖がついてるやつにする『チョコゴールド』だっけ」
「俺は、カスタードクリームが入った『エンジェルクリーム』がいいな」
列に並びながら、空いていそうな出来がないか探してみる。
「千歳、窓側の席が空いたみたい。そこでいい?」
「君と一緒の席なら、どこだっていいわ。何なら 君の上に乗っかる形でも──」
「その席にするからね」
千歳の言葉が終わらないうちに言葉を返す。変なことをして、目立つのはごめんだ。
ほどなくしてレジの前まで進む。
飲み物。俺はミルクティー、千歳はアイスココアを注文。
会計を済ませ、お盆をもって飲み物を渡す場所に移動したタイミングで話しかけた。
「もっと、静かな場所が良かったかな?」
2人っきりでいろいろ話すには、ちょっとにぎやかすぎる場所だ。
「じゃあ今度、連れて行ってもらうわ。でも、あなたと一緒ならどこでもいいし──無理している姿なんて想像したくはないわ」
そういう店って、値段もそれなりにするから、貧乏学生の俺にはハードルが高い。
たまに特別な日に利用するならいいが、高い頻度で利用するとなるとさすがに財布が持たない。たとえ、俺のおごりでなくともだ。
「わかった、ありがとう」
そして、窓側──街の様子が見える席に着きドーナツをかじる。
「「いただきます」」
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