第24話   彼女の大事なトモダチ

 マックスは、村で一番良い宿に泊めてもらうことになった。アルデンと御者も、同じ宿で別々の部屋に泊まった。


「マックス様、お久しぶりでございます。お湯の支度したくが整いました。今日は、私にお手伝いさせてください」


 カリンが小さな桶とタオルを持ってきた。後から宿の者が、お湯を沸かして木桶いっぱいに熱いのを持ってくると言う。


 ベッドに腰掛け、革の装備を脱いでいたマックスは、またカリンが傍に仕えてくれることが嬉しくて、そして安堵していた。


「助かるぞ、カリン。ここでのそなたの労いに感謝して、また私の屋敷で働けないかどうか、もう一度父に交渉してこよう」


 すると、意外にもカリンが困った顔をした。てっきり喜んでくれるものかと思っていたマックスは、事情を聞いてみた。


「その……じつは、私、もうすぐ結婚する、みたいなんです……」


「そうだったのか。それはめでたい。相手はどのような男だ?」


「……えーっと、村で一番、パンを焼くのが上手い人です。お料理も上手で、でも、あんまり話したことなくて、よくわからないんです」


 なんだか、カリンは乗り気では無いようだ。結婚は親同士が決めることが多く、特にカリンは料理以外が、とても奥手だから、あれよと言う間に両親に決められてしまったのだと思われた。


「その男のことを、あまり好きでは無いのか?」


「その……両親は喜んでいるのですが、不気味な人なんです」


 ……どうやら、苦手なタイプの男らしい。カリンはマックスにとって数少ない理解者にして、唯一の女友達だった。そんな彼女が、怖がっておろおろしている様子を見るのは、マックスも不安になってくる。


「カリン、私はそなたに幸せになってもらいたい。屋敷を追い出したのは私の父だが、せめて私が、そなたの幸せを手伝いたい、と思うのだが……う~ん、私に何ができるのか、わからない。情けないな……」


 何とかしてやりたくても、こんな真夜中の見知らぬ村で、いったい何ができるのか。マックスも疲れているし、カリンもマックスの突然の訪問におろおろしている。お互い、明日になって少し落ち着くまで、待ったほうがいいと考えた。


 マックスにふと、妙案が降ってくる。


「そうだ、カリン、一緒に寝ないか」


「え? そ、それは、おいとまを頂いている身とは言え、しもべの私が主人と同じ寝台で眠るなんて、とんでもないことです」


「そう言うと思った。では、これは私の要望と言うことにしよう。それなら、私に無礼を働くことには当たらないぞ、なにせ私からの求めなのだから。それに、そなたには私がこの村にいるまで仕えていてほしいのだから、身近にいてくれた方が頼もしい」


「ですが」


「それにな、私は諸事情により、連れている使用人が男しかいないのだ。侍女がいない。これにはとても困っている。おちおち着替えも、着衣を緩めることもできなかった。女の使用人がそばにいてくれた方が、いささか心強く感じる」


「まあ……マックス様がそこまでおっしゃるのであれば、ご期待にお答えします。本日から、よろしくお願いいたします、マックス様」


 と、口では言うカリンだったが、すごく怪訝そうな眉間のシワが消えなかった。


(無理もないか。私もまだカリンに詳しい事情を話していないからな)


 間もなく、熱い湯の入った木桶を持った女性が扉をノックし、マックスの部屋に湯が提供された。下着だけのマックスはすぐに脱いで、湯の張られた大きな桶の中へ半身を沈める。カリンにタオルで背中をこすってもらった。久しぶりで、とても気持ちが良かった。


 ここまでの道中の話もした。とても美味しい店を見つけたことや、お弁当を買ったのだが荷馬車の振動で中身が少し混ざってしまったこと、アルデンと御者と三人並んで、お弁当を食べたこと。その後、夜盗に追われたことは、心配させるだろうから黙っておいた。


「マックス様、お肌を整えるお化粧品などは、お持ちになっていないのですか?」


「え? ああ、それは……その……後で自分で付けるから、大丈夫だ」


「そうですか……」


 怪しまれただろうか。長年仕えてくれていたカリンの目を欺けるだろうか、マックスには自信がなかった。



 部屋には大きなベッドが一つだけなので、二人並んでとこに入った。サロンの夜は、マックスはいつも王女と並んで寝ていたことを、思い出した。本当はダメなのだが、いつも駄々をこねられて、結局並んで眠るのだ。


 王女と並んで眺めた寝台の天蓋は、妖精の王子様と、お姫様の秘密の逢瀬が描かれていた。今この部屋には、ちょっとゾッとする形をした天井のシミがある。なんとなく、アルデンに似ていた。


「ふふふ」


 思わず吹き出してしまって、隣のカリンがぎょっとした。


「マックス様? どうされたんですか?」


「いやなぁ、天井のシミが、アルデンの顔に似てて。おかしくてな」


 見れば見るほど、アルデンに似ている。体を震わせて笑っているマックスを、カリンは不思議そうに眺めていた。


「マックス様、そのアルデンという男は、新しく雇った使用人なのですか?」


「ん……? う~ん、雇ったわけではないのだが、少々複雑なことになっていてな。ざっくり説明すると……そうだなぁ……今、私は父上と駆けをしている」


「賭け、ですか? 女性が賭けをするのは、法律違反では」


「あ、まあ、例え話だから平気だ。それで、私と父上は、アルデンが上質な薬を作れるかどうかを、賭けている。私はアルデンを絶対に勝たせるために、薬の材料が揃っていると言うこの村に来た。それが、我々がここに来た理由だ」


「侯爵様が、マックス様と賭け事を……。なぜそのようなことを。もしもアルデンさんが負けてしまった場合は、どうなってしまうのですか?」


「え?」


「ですから、侯爵様が勝利なさったら、マックス様はどうなってしまうのですか?」


 マックスの、黒曜石のような両眼が、部屋中を泳いだ。


「その……父上が、勝ったら……」


 あの詐欺師の男が、ニコニコしながら口八丁手八丁で父親に擦り寄り、あまつさえ無礼な光景を皆に見せつけ、おまけに侯爵家の娘の自分まで手に入れようとした、あの時の男のにやけ顔が、今思い出してもゾッとしてしまうマックスであった。


「あの、マックス様、下着のままで寝ていらっしゃいますよね? 絹のネグリジェは、どうなさったんですか?」


「え?」


「ご自身の荷物は、どうされたのですか……?」


 カリンは隣人であり、親友であり、そしてマックスのメイドであった。そんな彼女を、さらりと騙せる自信はなかった。


 マックスは「どうしよう」と焦燥に駆られ、頭の中がその言葉でいっぱいになった。家出した、なんて言ったら、未だ忠義に厚い彼女は、馬車を飛ばして侯爵家に告げ口しに行くだろう。それは大変困るのだった。


「その……カリンよ、今からどんな話を聞いても、父上に報告するために屋敷へ戻らぬと誓うか?」


「はい。内容によりますけれど、お約束いたします」


「ハハ……そなたは相変わらずだな」


 ごまかして話しても、それはそれでカリンは侯爵家に移動してしまいそうで、マックスはさんざん悩んだが、ちょっとだけ話すことにした。


「じつはなぁ、とある詐欺師が父上に擦り寄り、私と結婚したがっているのだ」


「ええ!? あの侯爵様を謀る方がいらっしゃるのですか?」


「信じられないが、現れたのだ。本当に、未だに信じられない。あのような男に父上がたぶらかされるなんて。しかし、これが現実だ。それで……私との結婚を賭けて、アルデンの薬の善し悪しが使われている。だから私は、アルデンを勝たせたいのだ」


 カリンの、金色の眉毛が真ん中に寄った。


「侯爵様が、他人を使って賭け事を……そのような事をなさる御方だったとは、思いませんでした」


「私もだ。私の人生を使ってまで、このようなことをするだなんて。だが、これはチャンスでもあるのだ」


「チャンス、ですか?」


「アルデンはただ賭け事に使われているわけではない。詐欺師の男に、長年温めてきた研究を盗まれてしまってな、それで詐欺師の男と薬を作る対決を控えている。詐欺師の男は、おそらく失敗する。そしてアルデンが勝つ。私は……家を出て、アルデンについてきたのだ。必ず勝たせてやりたくてな」


 マックスは、布団の中でカリンの手を握った。


「どうか、父上には言わないでくれ。私は、どうしてもあの詐欺師の男と結婚したくなくて、アルデンに、父上の許可無くついて来た。私の荷物が一つも無いのは、着の身着のままで、アルデンの馬車に乗ってしまったから。アルデンには、大変な迷惑をかけている自覚はあるが、どうにもじっとできなかった」


「それは、大変マックス様らしい理由ですね。わかりました、侯爵様には何も言わないでおきます」


「本当か!? 恩に着るぞ、カリン。かつての主人が、こんなに情けない姿を晒しているというのに」


「いいえ、変な人と結婚したくないって気持ちは、私にも痛いほどわかりますから……」


 カリンの語尾が、ため息交じりに消えていった。


 マックスは彼女の婚約者について、ますます不安になってきた。


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