第25話 彼女の友達と結婚するモノ
「その……そなたの結婚相手のことを、両親に伝えたらどうだ? どうにも気乗りがしないのなら、両親に話すだけでも、何か変わるかもしれないぞ?」
「話したのですが、変わりませんでした。両親はすでに、彼を息子のように扱っています。まるで最初から彼があの家の息子で、私が後から来たみたいになってるんです。息が詰まります……」
カリンが目を閉じてゲンナリした。どうやらカリンの婚約者は、彼女の家に馴染んでいるようである。マックスはこの部屋に彼女を連れてきて良かったと思った。
「私の境遇と、怖いくらい似ているな」
「マックス様は、お父上と賭け事をしてでも運命に勝とうとしているじゃありませんか。私の場合は、もう勝負がついている状態なのです」
「どのような男なのだ? 具体的に、どこを不気味に思う。あんまりひどいようなら、私からさりげなく釘を刺そう」
「たぶん、マックス様がお会いしたら、刺すのは釘どころじゃないと思います」
そんなにひどい男なのかと、マックスは絶句した。
「そのような男と、カリンが幸せになるわけがないではないか。なぜそなたの両親は、そのような男を息子のように扱い、そなたの意思を無視するのだ。よほどの金持ちなのか?」
「彼は、この村で一番料理が上手な男性です。パンを焼くのもとても上手で。ですが、私がお屋敷から暇を出されて、この村に戻ってくる以前は、彼は料理ができませんでした。興味すらなかったそうです」
うん? とマックスは語尾を跳ね上げた。
「どういうことだ? この村で一番料理が美味いと評判になるほどの腕前なら、普段から皆に振るっていたのではないのか?」
「私がこの村に帰ってくるまでは、彼は家業の農作業一筋でした。料理を振る舞ったり、食事処に手伝いに入ったこともないそうです」
「では、急に料理の才能に目覚めたということか。天才ではないか! そのように将来有望な男を、お前は怖いと言うのか?」
カリンは、少しがっかりした顔をした。
「マックス様も、うちの両親と同じことをおっしゃるのですね」
「ああ、すまない、もちろんそなたの味方をするぞ。ただ、話だけを聞いてみたら、良い男な気がしただけだ」
「良い男、ですか……。お顔も、見るに耐えないような作りをしているわけではありません。才能にも目覚め、うちの家業を継いでくれる気満々なんですが……彼は、私が帰ってくる以前は、本当に料理ができなかったそうなのです」
「それは、さっきも聞いたぞ。そして農夫だったそうだな」
カリンが薄いピンクの唇を、ちょっと噛みしめた。
「彼が、料理を得意になったのは……私から奪った、お料理のレシピ本を読んだからなのです」
「ん? レシピ本とは、そなたが侯爵家の厨房で、コツコツと書き貯めていた、あの秘伝の書か? 盗られたのか!?」
「はい……。彼が作る料理はどれも、私があの本に書き留めていたレシピそのままでした。侯爵家を出された私は、あの本を将来必ず役立てようと心に決めて、家に帰ると部屋のクローゼットの中の、たたんである服の中に隠していたのです。以後、外に持ち運んではおりません」
「では、その男は、そなたの家に空き巣に入り、下着類が入ったクローゼットの中を漁り、その秘伝のレシピ本を、盗んだということか!?」
「マックス様、声が大きいです」
「ああ、すまない、つい……」
なんと、親友カリンの婚約者は、空き巣らしい。侯爵家から手切れ金などをもらってきたと思われたのだろうか、彼女の家に侵入し、あれこれ盗もうとしたのかもしれない。
そしてカリンが一生懸命に作ってきたレシピ本を手に入れて、料理の腕を極め、この村で一番料理が上手い男として、評判になったと……。さらには、カリンの人生そのものまで奪おうとしている。全て事実ならば、最低の極みだった。
「カリン、レシピ本のことを両親に話したか? 可愛い一人娘が、コソ泥と結婚するような未来を、望む親がいるとは思えん。考え直してもらえるよう、私からも口添えしよう」
「両親にも何度も訴えましたが、信じてもらえませんでした。それどころか、侯爵家のレシピを盗んで、店を開こうと思っていた私の夢が、両親にばれてしまいました。それも彼が、レシピ本に書いてある私の感想や一口メモ、それから将来の夢の計画などを、両親に話したせいなんです」
「そう言えば、そなたは自分の感想も書いておったな。将来の店の計画まで、本に書いていたのか」
マックスは、あまりのことに怒りとため息しかわかなかった。まさか親友が、こんなことになっていただなんて。
何かできないだろうかと考えあぐねた。
「そうだ、カリン、その男はまだレシピ本を持っているはずだ。父上が雇ったシェフの料理を、素人がたった一月で全て暗記して皆に振る舞うなど、あり得ぬからな。きっと今でも本を読みながら、台所に立っているに違いない。隙をついて、本を取り戻そう。そうすれば、あの男はもう料理が作れないはずだ。そなたを嫁に貰うことも、その資格も、失うというわけだ」
「それは、私も考えましたが……隙のない男です。そもそも女性では店を構えることができないので、パン屋の厨房も、父と彼だけのものになっています。私と母は、レジ以外立たせてもらえません。私が厨房に忍びこめたとしても、物の多い厨房を隅々まで探すには、時間がかかります」
「その男は、そなたの父と一緒にパンを作っているのか? では、娘の筆跡のレシピ本を見ながら、料理を作る婿養子のことを、そなたの父は怪しんでいるかもしれないぞ」
「父は、数年前に腰を痛めてしまってからは、短時間しか厨房にいられないんです。今までは、休み休み一人でパンを作っていたのですが、今や彼がほとんど厨房を占拠しています……」
本当に隙のない男だった。カリン本人と、カリンの家の事情をよく調べており、一周回ってカリンのことが大好きなのではないかと疑ってしまうほどだった。
しかし、当のカリンが嫌がっている。常識的に考えれば、気持ちの悪い男だからだ。
……マックスは、詐欺師の男との婚約を破棄するために家出をし、カリンは気持ち悪い男との結婚を余儀なくされている身。
お互いの壮絶な状況に、二人は唖然となっていた。
「ひとまず、寝るか。難しい事は明日考えよう。こちらには魔術師のアルデンがいるんだ」
「魔術師……?」
「アルデンは王宮で召集をかけられていた魔術師なんだ。もしかしたら、そなたの力になってくれるかもしれぬ」
「魔術師……噂でしか聞いたことがありませんが、凄い方なのですか?」
「ああ。真珠色の剣を出現させたりと、びっくりすることばかりだぞ。きっと力になってくれる……と思う、たぶんだが」
マックスの握る手が、少し強まった。
カリンは、そんなマックスの様子に違和感を覚えていた。
「マックス様こそ、アルデンさんとどのようなご関係なのですか?」
「え?」
「いえ、あの……マックス様がアルデンさんを見上げる眼差しが、その、優しいと言いますか、まぶしく見上げているような感じもします。マックス様にとって、アルデンさんは一緒にいると、安心できる人なのではないですか?」
「うーん、どうだろうなぁ。まだ話すようになって、二日しか経っておらんからな」
「たった二日で、あのようなご関係にまで……。先ほどだって、天井のシミがアルデンさんに似ていると笑っていらっしゃいましたよね。私はこんなに素敵な部屋に泊まったことがないので、天井に人面のシミがあることすら気がつかなかったのですが、あのシミ、私にはとても気味悪く見えます」
「そうなのか? 私にはおもしろいくらいアルデンに似ていて、おかしくてしょうがないぞ」
「では、あの天井のアルデンさんは、就寝中のマックス様を、ずっと見守ってくださることになりますね」
……そう言われたら、ちょっと気恥ずかしくなるマックスだった。
「そうだなぁ、一晩中アルデンに見つめられていたら、緊張して眠れないな」
「お嫌では無いのですか?」
「目を閉じれば、平気だ。そろそろ灯りを吹き消すぞ。お手洗いには行ったか?」
「はい」
「では、難しい事は明日にして、寝るか。それにしても、お互い大変な身の上だな」
「ほんとに、そうですね……」
カリンが灯りを消すと言うので、マックスは任せた。吹き消された蝋燭は、一瞬で部屋を真っ暗にし、カリンが布団に戻ってくるのを待ってから、マックスは目を閉じた。
(アルデンは、嫌がるだろうか? あやつは薬を作りに来ただけだから、私の友人の悩みとか、聞いてくれるだろうか……。聞いてもらえたら、嬉しいな)
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