第21話   彼女と村までのミチ

「アルデン! この美しい武器は、いったい何だ!?」


 馬車が穏やかな速度に戻り、目指していた農村に近づいていく。


 マックスは真珠色に輝く美しい「釘抜き」を月夜に掲げて、うっとりしていた。


「夜空にも、よく映える……。ああ、明るい場所でよく観察したいものだ」


「それは、うちの地元で採れる銀だ。エルフ族の銀細工は、魔力がこもっていて使いやすいと評判なんだ。使いこなせるのもエルフだけなんだがな」


「先ほどは、編み棒のように小さかったのに」


「そうだな。銀は高価だから、俺たち歳若いエルフじゃあ、その耳かき棒のような程度しか買えない。大工仕事で使うときは、魔力を込めて、大きくするんだ」


「では、これはそなたの魔力で輝いているのだな。魔術師というものは、こんなに凄いことができるのだなぁ」


 そろそろ鞄にしまいたいアルデンだったが、マックスがはしゃいでいるから、もう少しだけ巨大化させておくことにした。


(この少年は、いくつなんだろうか? やたら幼く見えるが……しかし、冷静になれば戦闘面では大変心強い。幼くても志の高い彼のような戦士と旅ができるのは、光栄だ)


 農村と外を隔てる、丈夫な木の柵が見えてきて、もうそろそろアルデンは武器をしまってほしかった。


「ああマックス、それを――」


「この国の王女様も、魔術師と話をすることを、日々の慰めにしていた。当時の私には、よくわからない感覚だったけれど、こんなにも刺激的な現象を毎日見せられては、私も魔術師の詰所に通っていたかもしれないな。ふふ」


「うん? 王女様? ……あー、確かに毎日来ていたな。好奇心旺盛な少女で、男ばかりの魔術師の詰所が、一時だけ華やかになるんだ」


「男ばかり? 女性の魔術師はいないのか?」


「俺の地元には大勢いるが、この国では、たとえ異国の民でも女性は招集されていなかった」


「なんと! そうだったのか。そなたの故郷では女性の魔術師もいると言うのに、そしてツリーハウスまで手作りしてしまうと言うのに。我が国の在り方が恥ずかしいぞ」


「まあ、俺も最初は驚いたが、すぐに慣れた。俺たちは文句を言いに来たのではなくて、研究をしに来たのだからな、研究さえできれば、他の問題は些細なことに思う」


「そうか……まあ、異国から来たそなたが、国王に直訴できるわけもなし、異国の問題に首を突っ込む義理もないしな」


 口ではそう言うマックスだったが、仕事さえできれば文句がないと言うアルデンたち異国の魔術師たちに、少しがっかりした。それだけ何かを期待していた自分にも気がつき、二重に落ち込んだ。


 女性の魔術師が一人もいないのならば、嫁入り前の娘を心配する国王の計らいで、王女は未だに魔術師の詰所に入れないでいるかもしれない。


 あのように面白い場所をお預けされては、王女もたいそう反発しているだろうと思われたが、それとは別に、あの詰所はいわば作業所であり、王女が城での生活を退屈に思うあまり入り浸って良い場所には、マックスには思えなかった。彼らは研究で忙しいのだ、そんな場所へ、汚してはいけない高価なドレスをひらひらさせて、姫君が遊びに来てしまっては、気が気ではなかっただろう。


 でも、こんなに不思議で美しい剣を見せられてしまっては、マックスも詰所に多大な興味を抱いてしまう自覚があった。わくわくや楽しみというものは、己の心で制御しがたい感情なのであった。


「そうだアルデン、王女様はお元気そうだったか?」


「うん? んー……最後に会ったときは、元気そうだった」


「本当か? その、最後の日と言うのは」


「うん?」


「その……王女は国王陛下に、魔術師の詰所に入ることを責められて、城の中のほとんどの男性と会話することを、禁じられてしまったのだ。私はあの日以来、王女の身を案じてきた。今もまだ、あの理不尽な謹慎を受けているのだろうかと……」


 真珠色の剣に、ため息がかかった。きらめいていた瞳に、しょんぼりとした影が落ちる。


 アルデンは、マックスの感受性の豊かさに、尊敬と多少の気味悪さを覚えた。いささか他人のことに感傷的になりすぎるきらいがある。そして、いつまでも他人の境遇が良くならないことに腹を立てている。


「あー……謹慎については、俺も良く知らないが、たしかに王女様は毎日のように来ていた。それがある日、ぱったりと来なくなったんだ。王女様は忙しいだろうから、他にやることができて、部屋にこもってるんだろうと、誰しもが思っていた。その時から、きっと王女様は……」


「……」


 マックスは剣を見下ろしながら、黙って耳を傾けていた。アルデンがそれ以上何も言わなくなった頃合いに、またもため息をついた。


(マックスは、王女様に惚れてるのか? 王族の一人娘と結婚するのは、難しいだろうなぁ。恋愛結婚よりも、政略結婚を重視される家系だろうしな)


 それとマックス少年のこの情緒不安定ぶりでは、国王は安心して娘を任せられないだろうと思われた。マックスが腹を立てている理由は、ほとんどが人のためであるのが判明したが、この国で一向に解決できない問題に対してだから、マックスが心の底から折れて、心底諦めて、この国に適応するまでは、彼の心はいつまでも嵐のようなのだと、アルデンは分析した。


 そして、その嵐は時間経過とともに、自然に収まるのを待つしかないとも思う。マックスがまだ、諦めていないからだ。


(アルデンは、毎度余計なことを言わずに、私を見守っている時間が長いな……。兄上たちのように、茶々を入れてきたり、からかったり馬鹿にしたりをしないんだものな……)


 先ほどアルデンから情緒不安定だと再認定されたとは露知らず、マックスはいつまでもこの剣を眺めていたいと思った。


(不思議だ……アルデンの前では、ずっと隠し通してきた感情が出てくる。父上や兄上の前では、絶対に出せなかった、いろいろな言葉や感想が出てくる。だが、アルデンは私と話すためじゃなくて、薬を完成させるために旅をしているのだ。これ以上、甘えるのは良くない……)


 そうとわかっていても、マックスはアルデンにも心を閉ざして接する自分を想像しただけで、なぜだか、ものすごく悲しくなった。マックスの境遇に色々と共感を示してくれた彼すらも、心から切り捨ててしまうだなんて、それはこの旅を無意味に、そして地獄のように苦しくさせることだった。


「着きましたぜエルフの旦那、さあ降りてください。村のもんに、囲まれてます」


「ああ、わかった。俺が説明しに行く」


 囲まれているとは物騒な。急いだアルデンは鞄を荷台に置いて、単身で荷台から降りた。マックスもおっかなびっくり、荷台から恐る恐る顔をのぞかせる。アルデンがまとう真っ白いローブの背中が見えた。大勢の村人と、何やら話している。どうやらアルデンが実験に使っている素材のほとんどを、この村から提供してもらっているらしい、それを話題にしながら、アルデンが瞬く間に村人を説得してしまった。


(さては、研究の材料で潤っている村なのだな。そのような村が、我が領土にあったとは。まだまだ勉強不足であるな)


 マックスは、村の入り口がとげとげの柵で幾重にも防御されていることに気がついた。夜盗に身を落とした集団を、警戒しているようだ。


 マックスたちの治めている領土は、森林や見晴らしの良くない丘など、広々としている反面、流れ者が隠れ住める場所が多く、昔は隣国との戦争を有利に進められた反面、脱走兵を二度と見つけられないなどの欠点もあったそうだ。


 一長一短の名残を残すこの土地も、今では平和に暮らしたい小さな集団の警戒心を、ここまで膨らませるに至っている。こういった村が、マックスの領土には多量に存在し、領土が広すぎて管理しきれず、街から警備の兵士を派遣するだけで、特に解決策が見つからないのが問題視されていた。


 マックスも、この村には初めて入る。ここから遠い城まで、素材を提供しているだなんて、それも今日初めて知った。マックスの父ならば把握していたであろうが……まだまだ己の知識と力不足を実感し、またまたため息がこぼれた。


(この家出道中に、私はいったい幾つため息をつくのだろうか……。態度が悪く見えるかもしれないから、控えなければ)


 足元に落ちていた革の帽子を、拾い上げた。ゴールデンアーム家の紋章が、帽子の側面に彫られている。


(満足に民草を守りきれていないのに、こんな夜更けに馬車を連れて仰々しく現れるだなんて、みっともないにもほどがあるな)


 マックスは長い黒髪をくるくると片手で丸め上げて、己の顔がわからぬくらいに深く深く帽子をかぶった。


(せめて、ここで世話になる間は、私も共に治安維持に努め、戦おう。今の私には、この輝く剣がある)


 マックスの目には、エルフ族という不思議な民族が作った、特別な形の剣に見えていた。釘抜き用の道具だとは、微塵も気づいていないのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る