第20話   彼女を抱き寄せるウデ

 荷馬車が途中で分解するんじゃないかと心配になるほど、車輪を大回転させて夜道を突っ走った。


「エルフの旦那! 本当にこの先に人住んでるんでしょうね!」


「ああ。何度も地図で確認した。俺がいつも城で取り寄せてもらっている材料は、その村の特産物で合っているはずだ」


「信じてますからね! もうお先真っ暗で、道っぽいとこ走ってるだけで精一杯ですよ!」


 御者も、この辺を走るのは初めてらしい。ペース配分も何もあったものではない。


 この荷台は人を乗せるために作られてはいない。最悪な乗り心地が、輪をかけてひどくなり、マックスは舌を噛まないように、しゃがんでいるだけで精一杯だった。


 車輪が石を踏んだのか、荷台が大きく跳ねる。


「うわわわ!」


 自分でもびっくりするくらい情けない声が出て、慌てて両手で口を塞いだ。おかげで床に手をついて固定していた体が、余計に大きく揺れた。


「マックス! 掴まれ!」


 背中から腕を回され、脇腹に大きな手が掛けられて、あれよと言う間にアルデンの方へ引き寄せられた。


(えええ!?)


 家族でもない男性に、ここまで近くなったのは生まれて初めてだった。ちなみに家族とは喧嘩などの掴み合いで、肌が触れ合うどころか頭突きを喰らわせ合う仲である。


 アルデンはマックスが外に放り出されてしまっては回収がめんどくさいから、しっかりと抱き寄せていた。体重のあるアルデンは、激しく揺れる荷台の上でも、さほど体が振動しない。


 腕の中でマックスが固まっているのは、自分に身を委ねて自身を固定している証だと思っていた。さらにマックスのほっそりとして柔らかな体の感触は、硬く丈夫な革の防具によって、アルデンの腕に全く伝わらなかった。


(え……? これはアルデンにとっては当たり前のことなのか?? 淑女を守るのは紳士の務めであると、心得ているからか!? そんな心得が、魔術師にもあるのか。そ、それとも、私、だから……?)


 少し苦しいくらいに、がっちりと腕で抱き寄せられてしまい、マックスは自分の鼓動がアルデンに伝わってしまわないか、この状況でそんなことばかり気にしてしまった。分厚い革の防具で、体温すらあまり伝わっていないことなど、知る由もない。


 ふと、マックスの中の闘志に燃える、もう一人のマックスが嘆いた。


(何を守られているのだ! お前が弱く、頼りなく見られているから、こんな昨日今日会ったような男に庇われ、浮かれてしまうのだ。ゴールデンアーム家の淑女として、情けないと思わないのか!!)


 マックスはハッとして、アルデンを見上げた。


「アルデン、私を庇っていては、大事な荷物が守れぬぞ」


「うん?」


「知っているのだぞ、お前がどこへ行くにも、後生大事にたくさんの鞄を両手に抱えて運んでいることを。よほど大事な物が入っているのだろ? 片手が私に固定されていては、すべての鞄を守るのは不可能だ」


「だが」


 戸惑うアルデンに、マックスは力強く笑ってみせた。


「私なら大丈夫だ。この革の防具も分厚いことだし、多少どこかにぶつけたとして、痣にもならない」


「……そうか? それじゃあ、手を離すぞ」


 アルデンが、恐る恐るマックスを解放した。マックスはあのパンパンに膨らんでいる鞄がどこにいったのか探すと、アルデンはすべての鞄を片手で押さえ込んでいた。脇に挟めたりしている。


「器用なものだな」


 ちゃんと自分の荷物も守っていたアルデンに、先ほど豪語していたマックスは恥ずかしくなった。


 アルデンもアルデンで、腕を離した瞬間、また激しく荷台の振動を受けて体が跳ねるマックスの様子に、このまま荷台から転がり出るのではないかと不安になった。マックスは侯爵家の大切な御子息だ、勝手に付いてきてしまったとは言え、こうして預かっている以上、危険から守るのは当然の務めだと捉えていた。


 だから、べつに守らなくていい、荷物の事だけ考えていろ、と言われても、アルデンの立場的に難しいところだ。


「エルフの旦那! 何かが荷台にくっついてますぜ!」


「え?」


「さっきから馬を飛ばしてるんだが、ちっとも振り落とせねー! そっちから蹴り落としてやってください!」


 この激しく揺れ動く荷台から、足を出せと言うのか。間違いなく股間を強打する。アルデンが恐る恐る馬車の側面を見下ろすと、いた…… 一人だけ、獣のような悪臭をまとう男が、揺れる馬車の側面に、根性でくっついていた。


「金目の物ー!!」


 ……女をよこせ、とか、有り金を置いていけ、とか、もっと流暢に凄んでくるものだと思っていたアルデンは、ただ金目の物ー、とだけ言われた期待外れに、焦る気持ちも萎えた。


「両足に火傷を被っても、しがみついてきたその根性だけは素晴らしいと思うぞ。過去に何があってそこにいるのか知らないが、危ないから降りるんだ」


 アルデンの大きな片手で強烈なデコピンを喰らわされ、ついに盗賊は手を離してしまった。地面に叩きつけられながら、遠ざかってゆく。


 アルデンは、ほっと胸を撫で下ろした。


「エルフの旦那!」


「あー、一人落としたぞ」


「もう一匹います!」


「へ?」


 アルデン側にはいなかった、ならば……


(マックス側にいる!)


 ハッと顔を上げたアルデンの目の前で、マントを掴まれて大騒ぎしているマックスの姿が。しかも、荷台に乗り込まれてしまった。


 夜盗は全身にまとった粗末な衣装を焦がしながらも、根性で馬車に張り付いていたようだ。マックスの背後から首に腕を回して、その首元に刃物を突きつけた。サビた汚い刃物だった。


「持ち物を全部出せ! あとお前たちが着ている着物もだ! ついでにこの女も貰っていく!」


 欲しいものを全部言葉にして要求してきた。しかし少年を片腕に捕まえて、女性と間違えるとは……薄暗いから見間違えたのだろうとアルデンは思った。


 マックスは盗賊を背負い投げて、外に放り投げてやりたいところだったが、足場が不安定だと立っているのがやっとだった。


 アルデンが、大きなため息をついた。


「わかった……この鞄は全部、あんたに渡そう。その代わりその子の首を絞めるのをやめてくれ。その刃物もしまってくれないと、全部の荷物を持ち帰れないぞ」


 盗賊の男は、不潔な髪を掻き上げて、舌なめずり。その際、一度も歯を磨いていないかのような黄ばんだ前歯が見えた。


「やっぱ鞄は一つでいい。価値があるのは、この女だ」


 盗賊がマックスの帽子を奪い取った。艶やかな黒髪が、腰まで流れる。


「へっへー、やっぱりだ! この黒髪を見たとたんピンときたんだ。この女は、えー、あれだ、あの、あれだ!」


「無教養な奴め! この私をマックス・ゴールデンアームと知っての狼藉か!」


「おっとっと! 暴れんなって! この速度から落ちちまったらヤベーって!」


 そのヤバイ馬車の側面に、金目の物目当てでしがみついていたのは、どこのどいつか。そして刃物を突きつけられても、全然おとなしくならないマックス、強烈な肘鉄で盗賊の脇腹をどつき続ける。いつその白い首を刃物で掻き切られるか、アルデンは気が気ではなかった。


(仕方ない、ここでコレを渡すか!)


 アルデンは鞄の中からソーイングセットならぬ小さな大工工具セットが入った木箱を取り出すと、蓋を開け、鉄でできた耳かきのような物を取り出し、ふぅと息を吹きかけた。


「憩の場を造る者達へ称賛を! ビックハンマー!」


 アルデンの二本の指に挟まれていた鉄の棒は、見る間に巨大化し、アルデンはマックスに投げ渡した。


 目の前でわけのわからない現象が起きたせいで、盗賊はおののきのあまり反応が遅れた。


「ああ! しまった! 女に武器が!」


 マックスの両手に、真珠のように輝くまばゆい剣が、握られていた。よくよく見ると、剣……にしては、先端が歪に曲がっており、もっとよく観察すると、それは釘抜きであった。


 マックスが思いっきり下から突き上げ、盗賊の顎に釘抜きの先端が強打した。盗賊だけが馬車から投げ出されて、ものすごく痛そうな音が、走る馬車から遠ざかっていった。


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