第16話   彼女の知らないレキシ

 人間より聴力が優れているアルデンは、店内の賑やかな話し声を、なんとなしに聞いていた。


「あれは本物のマックス様か? 二番目の奥方様に似てきたな。美しくなられて」


「侯爵様も災難だったよなぁ。せっかく美人な奥さんを二人も貰ったのに。まあ、病気じゃしょうがないか……」


「この国でたった二人の、黒髪の母娘おやこだったのに。今ではマックス様だけとなってしまった。でもあの髪色、すぐにマックス様だってわかって、媚び売るのに便利だよな」


「ばーか、聞こえるよ。声を抑えろ」


 アルデンは、グラスの水を傾けた。


「それにしても、マックス様が連れてる、あの二人の男は何なんだ? 使用人か?」


「使用人にしちゃあ、えらく少ないなぁ。俺、一度だけ侯爵様の馬車を見たことあるけど、使用人が乗ってる馬車がぞろぞろと後をついて走ってたぞ」


「マックス様は、少人数でお出かけするのが好きなのかもな」


 アルデンは、チキンステーキに付いてきた硬いパンをちぎって、ステーキの汁を付けて食べた。


(侯爵は、どこでも評判が良いな。俺たちだけに難題を吹っ掛けてきたのは、俺たちが異国の人間だからだろうか? それとも、俺とアーサーがエルフだからだろうか)


 アルデン的に、後者のような気がした。


 店内の客から生まれる騒音が、次第にアルデン一点へと話題を移していく。


「あの金髪の大男は、なんだ? なんだか、浮世離れして見える」


「清らかって感じだなぁ。でも、タッパがあるし腕も太いから、温室育ちってわけでもないな。背もめっちゃでっけーし」


「だよな、でかいよなー。男のくせに、髪も長いし。それに白い服着てるから余計にデカく見えるな」


「きっと、デカイから侯爵様に気に入られたんだよ。マックス様の荷物持ちとして雇われたんじゃないか? ほら、マックス様は手ぶらだけど、あの男だけ荷物が山盛りだ」


 食べ終わったアルデンは、皿に手を合わせた。


(妙だな……俺がエルフだから話題になっているわけでは、なさそうだな。この国では、髪が長い男が珍しいのか。あとは、俺の体型は人間の基準で測ると、かなりでかいようだな)


 同僚のアーサーは一目でエルフだと気づかれて、初めは皆から少し引かれていたけれど、持ち前の明るさで、すぐに覆してしまった。一方のアルデンは、そのような器用さを持ち合わせてはいない。人との対話は誠実に行うよう心がけているが、エルフだなんだと騒がれたときに、なんと言えば良いのか全くわからない。


 だから、種族ではなく髪や体格で話題になっているのなら、まぁいいかと放置した。


(荷物持ち……か。まさか両手が塞がってしょうがない鞄たちが、役に立つ日が来ようとはな)


 マックス・ゴールデンアーム子息の荷物持ち。その方が普通に食事が取れて、問題なくこの場を立ちされるなら、都合が良かった。


(マックスは、俺たちエルフのことをどう思ってるんだろうな。貴族なら歴史の勉強もしているだろうし……この国が女性に対して、様々な権限を奪い取ってしまった理由が、我々エルフにあることも、履修済みなんだろうな……)


 マックスの情緒が不安定なのは、エルフに対してどう接していいかわからない、という部分もあるのだろう……そう考えると、アルデンは、どんなにマックスがおかしな様子になっても、それは仕方のないことだと、諦めることにした。他者の心の在り方まで、操作することなど、誰にもできないのだから。


「アルデン」


 マックスから声をかけられて、アルデンは顔を上げた。


「なんだ?」


「先ほどから、ずっと黙っていたから、なんとなく声をかけた。弁当を三人分、頼んだぞ」


「あ、ああ、そこまでしてもらったのか、すまないな。この礼は、侯爵の前で俺とアーサーが完全勝利する形で、返すよ」


「もちろんだ! そなたには絶対に勝ってもらわねばな」


 ニカッと笑うマックスの顔には、アルデンがエルフであろうと全然気にしてない雰囲気があった。


 アルデンもつられて、不器用に微笑む。


(気にするだけ無駄だったか。マックスの興味は、新しい物事への関心だけだ。歴史がどうとか、昔エルフが何をしたかとか、そこまで興味がないんだろうな)


 だからこそ、こんなに近くに座っていてくれる。それが答えなんだと、アルデンは気がついた。



 マックスが歴史書にも載っていないエルフのことなど学べる機会はなく、アルデンのことも、山奥に住む特殊な民族程度にしか思っていないのを、アルデン本人が知ることになるのは、もう少し先のことになるのだった。


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