第15話   彼女と違う価値観を持つモノ

 外で飯を食べていた男衆の一人が、マックスに気がついて手を振った。


「その髪の色は、マックス様ですか? 初めてお会いしまーす! この店はメニューが少ないですが、美味いもんばかりですよー」


「そうなのかー。何かオススメはあるだろうか?」


「あー、トリですね!」


 メニューではなく、食材を紹介された。鶏肉料理全般がお勧めだという意味に捉えて、マックスは礼を言い、アルデンに続いて店の玄関の扉を引き開けた。後ろから、駆け足で御者もやってきた。


「いらっしゃい! お好きな席へどうぞ」


 厨房で寸胴鍋を三つも吹きこぼしかけながら、たった一人で男性の調理人が働いていた。店内は混雑しており、お好きな席と言われても、玄関側のテーブル席しか空いていなかった。


 とりあえず、その席の椅子に三人は腰掛けた。メニューは壁に掛かった一枚板に彫ってあるのだと、厨房から紹介されたので、マックスたちはそれぞれ違う鶏料理を注文してみた。


「君の国は、識字率が高いんだな。美しい字だ」


「ん? そうなのか?」


「ああ。教育機関が豊かなんだな」


「んー、なんでなのだろうなぁ。私にもわからない」


「ん? 学校があるんじゃないのか?」


「学校? ないぞ? 教育は各々が家でやっているようだ。昔は何件かあったようだが、書物でそれらしき記載を見かける程度だ」


 アルデンは、そういう国もあるのかと納得するだけで、深入りはしなかった。


「そなたの地元には、学校があるのか?」


「ああ。同学年で集まり、年長者から物事を教わる学び舎があるぞ。文字も魔術も、そこで習うことが多い。親が子供に職を継いでほしいと願っている場合は、親がみっちりと英才教育を施す」


「へえ。アルデンは、どっちだったのだ?」


「俺は、学び舎だったなぁ。友達に会えるから、毎日楽しかった」


「毎日同じ学び舎に通っていたのか?」


「いや、途中で薬学と魔術の専門分野に興味を抱いたから、それらを研究している別のエルフの里へ、修行に出たんだ。里に入れてもらうまでに、難儀したがな」


「難儀?」


「ああ、その里の秘伝の技法を、教わりに行ったからな……。アーサーがいなかったら、里に入るまでにかなりの時間を有したかもしれない」


 当時を思い出したのか、アルデンがどんよりした苦笑を浮かべていた。


 興味のある分野を伸ばしたくて移動ができるアルデンを、マックスは格好よく思った。王女を守りたくて傍にいようにも、サロンが終われば帰宅させられる身の自分が、ちょっと不甲斐なく思う。


(女性でも就ける城の警備の仕事が、あれば良いのに……)


 マックスは、料理が来るまで手持ち無沙汰に、足を揺らしていた。


「その……アルデンが習いに行った魔術とは、どのようなものなのだ?」


 遠慮がちに尋ねられて、魔術が身近にあるのが当たり前のアルデンは、説明に困った。若草色の双眸が、店内を泳ぐ。


「どのようなと言われてもなぁ……俺の中で操れる自然現象の限界、という感じだ」


「ん……? つまり、どういう意味だ?」


「だから、俺が操れる自然現象の、限界値だ。昨日は床板を丸めたが、それ以上の事は、俺にはできない」


 マックスは目を丸くした。テーブルに手をついて、立ち上がる。


「昨日のアレは、そなたがやったのか!?」


「あ? ああ。寝ぼけていたから、あまり深く考えずにやってしまった。君を巻き込まないで良かったよ。よく躱してくれたな」


「なんだ危ない、私まで巻き込むところだったのか。だが、助けられたことに変わりはないぞ。あのときは、相手が予想以上に鍛えておって、びくともできなんだ」


 マックスは、よくわからないがアルデンがとても強いことがわかった。そして、城に大勢いると言う魔術師の面白さに、王女がすっかり魅了されていた理由もわかった。異国出身の、不思議な力を使う集団に、興味を示さない方が稀かもしれない。


 料理が運ばれてきた。スキニーの鉄板に、ジュウジュウと音を立てて、腹の減る香りを放つチキンステーキが、テーブルに並んだ。


 アルデンと御者が、キョトンとしている。


「頼んだ料理と、違うんだが?」


「えー? そうでしたっけ? すみませんねぇ、店内がうるさくて聞き違えちゃったかな」


「一人でやってるのか?」


「ハハ。店のもんが今日だけいなくてね、俺一人で、てんてこ舞いなんですわ」


 この店で一番高い、美味しそうなチキンステーキが、湯気をくゆらせる。マックスは二人の分もツケで支払うと告げた。


 お酒もどうかと勧められたが、御者が飲酒運転は怖いからと断り、アルデンも飲みたい気分では無いからと断っていた。マックスは、そもそも勧められなかった。年齢うんぬんではなく、この国の女性は酒と煙草を禁じられており、その他もろもろの賭け事全般も見学することすら法律違反だった。


 目の前で美味そうに酒を飲む……そんな身内を眺めてきたマックスだったが、アルデンも御者も飲まなかったので、ちょっと嬉しかった。あまりにも目の前で美味そうにされたら、マックスだって飲みたくなってしまうから。


 レジも一人で請け負っている調理人は、客に呼ばれて会計に向かった。


 三人は、とりあえず食べ始める。御者は今、本当に肉という気分ではなかったそうで、てりてりに光る脂がキツイと呻いていた。


 アルデンが、改めて店内を見回した。


「確かに、騒がしいなぁ。彼らの身なりからして、この辺で農業を営む者のようだが、毎日美味い店の食べ物が、褒美として自分に用意されていると思えば、仕事も楽しいだろうなぁ」


「アルデンは仕事終わりに、何をご褒美にしていたのだ? 私は、稽古終わりに飲む果物のジュースだったな」


 マックスの屋敷の厨房に、ジュースのブレンドがとても上手な料理人がいて、マックスも贔屓にしていた。それもつい先月までのことだった。厨房を勝手に出入りしていたのを咎められた料理人は、自ら辞めてしまったのだった。


 その料理人は、こっそりと厨房に入っていたメイドだった。


「俺のご褒美かぁ……研究で良い結果が出たら、それが何よりの褒美だな」


「え? 食べ物や酒で祝ったりしないのか?」


「んん……アーサーは人付き合いで飲みに参加していたが、そのついでに俺が誘われる事はあったな」


 ついでとは。マックスは妙に引っかかった。今までアーサーとアルデンが中心となって薬を開発してきたように聞こえていたのだが、ついで扱いされるほど、アルデンは研究に消極的だったのだろうか? 職業病を患うほど熱心に研究していたようだが……。


「そなたは、ついで扱いされるほど、研究に携わっていなかったのか?」


「いいや? 俺が中心になって薬を開発していた。まあ、チームメンバーを収めてくれてたのはアーサーだったがな」


「リーダーだったのか。では、尚の事ついで扱いが失礼だぞ。お前もちゃんとそう言ったか?」


「いや、別に……。とっつきにくく思われることには、もう慣れている」


 アルデンは、あっさりとそう言った。それが余計に、マックスには腑に落ちない。彼のどこがとっつきにくいと言うのであろうか。打てば響くように会話が続いているというのに。


「父上や兄上たちのように、返事はするけど相手にしてくれない態度よりは、アルデンの方がよっぽどマシだぞ。研究の中心となる人物を、ついで扱いするのは失礼極まりない」


「べつに俺は構わないが……。慣れてるしなぁ。よく目立つアーサーが、みんなを引っ張っていってくれるから、慣れない異国の土地でも、研究に集中できたんだ。あいつには感謝しているよ」


 雑な扱いを受ける怒りよりも、みんなをまとめることに長けた友人を誇らしく思うと……。やっぱりマックスは納得いかなかった。


「そなたは無欲な男だな」


「そんなことはないさ。君の親父さんのおごりで、こんなにでっかいチキンステーキにありつけたんだから」


 そこは遠慮なく食べるアルデンであった。


 御者の男は、なんだかんだ相当にお腹が空いていたようで、二人よりも早く平らげてしまった。


 注文を間違えたお詫びとして、店から美味しい水が三人分、無料で提供された。そそくさと厨房へ戻っていこうとする調理人を、マックスは呼び止めた。


「我々三人分の弁当を、作ってもらえないだろうか。ここの食事は、とても美味しかった」


「ほんとですかい! マックス様からのお墨付きなんて、これは街からもお客さんが食べに来ちゃうかもな!」


 マックスはお弁当も確保できた。ひとまず、ほっとする。初めて自分で誰かのために品物を注文できたことに、ちょっとした成長を感じて嬉しくなった。こういうことは、全て父か老執事任せだったから。


(アルデンは、どこに行きたいのだろう。薬の材料集め、私も手伝うぞ!)


 アルデンが薬を完成させ、それをマックスの父が認めれば、マックスだってあの変な男と結婚しなくて済む。この旅は、自分自身のためでもあった。だからこそ、やりがいを感じるし、アルデンにはぜひ勝ってほしかった。


 ひとりでにはしゃぎだすマックスに、一方のアルデンは、


(今度は何を喜んでるんだ? 今日も帰る気はなさそうだな……)


 マックスのことを、理解できない人間として眺めていた。


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