第14話 彼女と眠るモノ
荷馬車でガタゴト揺られて、しばらく。目の前に、まだあまり親しい仲とは言えない男が、すぐ目の前に座っているにもかかわらず、寝不足のマックスはうつらうつらと船を漕ぎだしていた。
アルデンの放つ穏やかな雰囲気に、安心しきってしまったせいでもあった。
(不思議な男だ……。こうして話すようになって日が浅いと言うのに、なぜだか、そばで眠ってしまっても大丈夫な気がしてしまう……)
内なる、もう一人のマックスから「ゴールデンアーム家の淑女が、はしたないぞ!」と叱責され、マックスはハッと顔を上げた。だが一度始まった眠気になかなか抗うことができず、再び、うつらうつら……。
「寝てていいぞ。ちょうどいい店があったら、起こしてやる」
アルデンがそう言ってくれたので、安心したマックスは余計に眠たくなってきた。お言葉に甘えて、マントを下敷きにして、仮眠をとることにした。
そして、空腹と喉の渇きで、目が覚めた。
「うう……私はどのくらい寝ていたんだ? まだ店が決まらないのか?」
ゆっくり身を起こし、アルデンの様子を確認すると……アルデンも座ったまま寝ていた。
「な……。そう言えば、そなたの就寝環境も良くなかったな」
アルデンも寝不足なのだった。不慣れな領土で大荷物抱えて荷馬車に揺られてきたあげく寝不足とは。マックスは、このまま寝かせておくことにした。
荷台から外の様子を確認すると、ちょうど郊外の畑エリアで、いよいよ建物がポツポツとしか見当たらなかった。
(この道は……なんだか、見覚えが出てきたぞ。父上とサロンへ赴く際に、何度も通った。あの時は窓から眺めるだけで、特に何とも思わなかったが、今日はここから食事を取る店を選ばなければならないのか)
こんなところでは食事したことがなかった。父はいつも、良さそうな店を見つけると、そこでお弁当も作らせるので、食べ物屋が見当たらない地域を通っても、美味しい食事が食べられた。
だが今は……良い店の位置がそもそもわからず、アルデンと御者は外国人で、土地勘も手持ちもない。
(そうだ、荷馬車を手繰る御者の男も、飲まず食わずなのだった。彼にも何か食べさせねば)
御者に倒れられては困る。マックスは乗馬の心得はあれど、重い荷台を引く馬を操った事はなかった。勝手がわからないままに馬を操ると、自分も馬も負傷させてしまう。
マックスは乾いた喉で咳払いした。
「おい、ここら辺りで休憩を取らないと、そろそろ危ないぞ。馬の速度を緩めてくれないか。店を探しながら進もう」
「いえいえ、大丈夫ですよーお坊ちゃん。今よさそうな店を見つけたんで、馬車を寄せてるんです。お坊ちゃんたちが気に入るかわからないんで、もう少ししたら、お声をかけようと思ってました」
「そうか、助かる。私もアルデンも、しばらく寝てしまって辺りを見ていなかったのだ……ん!? お前今、お坊ちゃんて言わなかったか!?」
「え? お嫌でしたかい? じゃあ、なんとお呼びしましょう。ご子息とか?」
「私のどこが男に見えると言うのだ。どこからどう見ても女性であろう!」
「へー!?」
業者が素っ頓狂な声を上げて振り向いた。
「そうだったんですかい!?」
「お前は髪の長い男を見たことがあるのか?」
「そこに」
「ああ、アルデンは例外だ。うちの国では、よほどの変わり者でない限り、髪の長い男はいないぞ」
「へえ、そうだったんですか。アルデンさん達エルフ族は、みんな髪がめちゃくちゃ長いですから、いつの間にかそういうもんだって思ってました。髪型だって流行があれば、切ったり伸ばしたりするもんでしょ? 今時、髪型で性別を判断するのは、ナンセンスですよ」
「そ、そうなのか……って、違う違う! たとえ私の髪がどんな長さでも、男と見紛うな! 私はマックス・ゴールデンアームだ。ゴールデンアーム侯爵家の長女であるぞ。あの家に女は、私しかいないんだ」
「いやぁ、俺も他所から来た男なんで、他国の貴族の方々の家族構成とか、ちっともわからないんですよ。ハハ」
マックスが知りたいのは、性別を間違えられた事についてだが、受けたショックが大きいあまりに、上手く口が回らない。
剣術も、体術も、この国では女性が習うことを許されていない。ちなみに男に混じって狩りに参加することも、許されていなかった。だからマックスが今着ている服は、特注品だ。しかも黒色。これらが性別を間違われた原因なのではないかと、マックスは自身の服装を見下ろした。
(うう、確かに首から下は少年に見えるかもしれない……。胸も一切揺れぬように、さらしで押さえつけているし、ごついベルトも提げているから、腰のくびれもわかりづらい……)
このベルトは、剣の鞘やナイフホルダーやロープを結びつけるために、太く丈夫に作られている。マックスは今、矢が一本しか入ってない矢立しか背負っていないのだから、今このベルトは不要だった。
(これを外したら、少しは、女らしく見えるだろうか……)
今まで性別を間違われたことがなかったから、女性の体型を周囲にアピールするために、着衣を一枚取るという発想が、なんだか急に恥ずかしくなってきた。
(そ、そんなことをしなくても、そもそもマックスという名は、女性名であるのだし、間違える方が悪いのではないか!?)
ベルトを取るのは、やめにした。
ちなみにマックスという名前が、女性にしか当てはまらないのは、この国の場合だけであった。まだまだ世間知らずのマックスでは、男性にもこの名前が使われることを、知らないのだった。
御者が案内した先は、小綺麗な外装の定食屋だった。近所で人気の食事処らしく、店の周辺にそれぞれ椅子を持ち寄って、串物をほおばりながら談笑している男衆の姿があった。
「アルデン、いつまで寝ている。起きろ」
肩を揺すって起こした。
またもや、寝ぼけ眼で目をこするアルデン。
「ああ、すまない……攻撃型の魔術は苦手でな」
「ん? なんのことだ?」
「俺の魔術は建築用で、昨夜のように急激に曲げたり、人間を持ち上げて吹き飛ばすような威力を出すのには向いてないんだ。あらかじめ魔術式に制限がかけられているんだ。昨夜はそれを破って使用したから、俺の方にも負荷がかかっている。しばらくは、俺をアテにしないでくれ」
「ちょっと待て、何の話をしているんだ?? まじゅつ式??」
怪訝な声で尋ね返すマックス。寝ぼけていたアルデンは、ようやっと意識がはっきりしてきたのか、びっくり眼でマックスを見上げた。朝焼けの下で新芽を伸ばす若草色の双眸に凝視されて、マックスも数歩後ろに下がった。
「す、すまない、寝ていたから、起こそうとして近づいた。驚かせたな」
「あぁ……俺こそ、起こしてやるとか言っていたのに、一緒になって寝てしまった。俺、何か言っていなかったか?」
「まじゅつ式が、どうのと言っていたが、私には何のことだかわからない。そなたは魔術師だったよな? 仕事関連の言葉ではないか?」
「ああ、マックスは魔術師について詳しくないのか。ここ数年、城の詰所で、ずっと研究していたからなぁ、これからも、つい癖で職業絡みの発言をしてしまうと思うが、聞き流してくれ。俺もすっかり職業病だな」
「そんなに熱心に薬の研究を。では、絶対にそなたたちの手柄を、変な男に横取りされるわけにはいかんな!」
マックスは決意を新たにしたのだった。
「アルデン、ブランチにしよう。そなたの目指したい場所は、まだ遠いのか?」
「ああ。たぶん、二、三日で到着する」
「うむ、問題ない。三ヶ月も家出した私には、些細な旅路だ」
荷馬車が停車した。馬を繋いでくると御者が言うので、マックスはひらりと荷台から降りて、今度は良さそうな店だと、下から上まで店の全貌を眺めた。
後ろから「よいしょ」と、両手に物いっぱいの鞄を持ったアルデンが降りてくる。
「私も持つぞ」
「いいや、大丈夫だ。これはとても重たいからな、君には持たせられないよ」
鞄の中にはアルデンにとって大切な道具が詰まっているから、細い腕の少年に持たせたら落としてしまうかもしれない……そういった懸念から、アルデンはそう言ったのだが、
(な、なななんだ! 急にか弱い女性扱いしてきて……。しかし、兄上たちからも荷物を持ってもらった事は、一度もなかったな……)
先ほど男性扱いされて傷ついた分、アルデンの気遣いがとても深く胸に染みたのであった。
「どうした? トイレか?」
立ち止まってもじもじしているマックスにアルデンが声をかけた。
「なっ、ち、違う! トイレではなくて、私は食事が取りたいのだ!」
「そうか」
なんで怒っているのかと、アルデンは小首をかしげながら先に進んだ。出会った時から、ずっと情緒が不安定な少年。もうそろそろ「飽きたから帰る!」とか言い出しそうだと思った。
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