第7話   彼女を評価するモノ

 森からほとんど出たことがなく、不慣れな都会を、少しずつ勉強していき、人間の友達を作りながら、エルフの青年二人は、多くの人の手を借りて、地道に研究を続けてきた。エルフ族と人間の、橋渡しができるはずだと信じて、森の奥深くから、おっかなびっくり出てきたのだ。


「あの男の行き先が、早々にわかってよかったな、アルデン」


 荷馬車から降りながら、長旅でバッキバキになった体を、うーんと背伸びで伸ばしているのは、宮廷魔術師の中で一番背が高い男。長く伸ばした柔らかな金色の長髪を手繰り寄せて、人間離れしたとんがり耳を隠し、ふと、後ろを振り向いた。


 相棒のアルデンがモタモタしていて、なかなか荷馬車から降りてこない。


「おい、何やってるんだ? 早く降りろ」


「待ってくれ。忘れ物がないか、確認してるんだ」


「少ない荷物だろ、時間かけるなよ」


 と、背の高い男はそう言ったが、馬車の荷台から降りてきたアルデンの両腕には、パンパンに詰まったカバンが何個も提げられていた。


「お前の言う『少ない』の基準がよくわからんな。お前、この車にほとんどの荷物を預けておくつもりだっただろう。それはダメだ。我々の荷物は、我々でしっかり管理しておかなければ。研究課程を記した例の書類だって、仲間だと思っていた男に、何度か金庫の鍵を閉めてもらっていただろ? あのとき、金庫の鍵の型を取られて、合鍵を作られてしまった。これは俺たちのミスだ。あの男が、あんな卑しいことをする生き物だと、見抜けなかった俺たちのな」


「まあ、そうだな~。うちの森の中じゃあ、そんなことするヤツなんか、いないからな。厨房のゴミ箱の中に合鍵が捨てられているのを、ネズミが見つけてきたときはびっくりしたよ」


 青年二人は荷物を山分けし、一方はヨロヨロと、もう一方は平然とした足取りで、すたすたと進んでいった。


 犯人の居場所には、見当がついている。あの男は話術だけが群を抜いて長けており、世間知らずな二人の青年に近づき、研究の手助けを含めて身の回りの世話を、よく焼いてくれていた。そのあまりの親切心に、最初こそ不信感を抱いていた青年二人だったが、やがて巧みな話術に引き込まれていき、気づけば共に研究する仲間に。しかし、仲間だと思っていたのは、青年二人だけだったようだ。


 研究結果を記した分厚ぶあつい書類が、忽然と姿を消し、あの男がゴールデンアーム侯爵家のご令嬢の詳細を、狂ったように周囲に聞きまくり、学会に研究結果の書類を提出するや否や、飛ぶような勢いで馬車を走らせ、どこかへ消えていったと城の従者たちから聞いたときは、世間に疎い青年二人でも、その目的地が容易に割り出せた。


 犯人の男は、たまたま、偶然見かけたゴールデンアームの娘さんに一目惚れし、早急に、何もかもを手に入れようとしたのである。今までが用意周到だっただけに、この焦り様と詰めの甘さは、おそらく犯人の男すら、ここまで激烈に恋に落ちるとは予想外だったのだろう。その結果として、本人の行き場所に見当がついたのは助かったが……犯人の男の捕獲を始めとして、学会に提出された書類の取り消しや、自分たちの名前での再提出の手続きなどなど、解決したい問題もやる事も山積みなのであった。


 今は、とにかくあの男を捕まえることが、最優先だった。急がねば、ゴールデンアームの御令嬢に、危険が及んでしまう。どんな女性なのか名前すら知らないアルデンだったが、聞いた話では、王女の付き人として選ばれた女性であり、その落ち着きと高貴な雰囲気には、目を見張るものがあるのだそうだ。


 口先だけの卑しい男に貰われるべき女性ではないと、アルデンは思う。


(侯爵令嬢の為にも、急がねばな)



 だが、ゴールデンアームの屋敷に到着しても、なにやら中でごたついているらしく、入れてもらえなかった。屋敷に仕えて長いという高齢な執事が言うには、親子喧嘩が発生しているとの事。


 しばらく玄関横の第二応接間で待たされていた青年二人だったが、その親子喧嘩というものは、かなりの激しさで、耳をすませなくても大騒ぎしか聞こえなかった。


 どうやら、侯爵令嬢が相手の男をぶん殴って、応接間を飛び出していったらしい。メイドたちが、キャーキャー叫びながら「お嬢様~!」と追いかけていく声が、慌しい足音とともに遠ざかっていく。応接間では、殴られた男に謝罪しながらも大笑いしている若い青年の声も聞こえ、それはどうやら侯爵家のご子息のもののようだった。


 青年二人は、顔を見合わせ、ぷっと吹き出した。


「ここのお嬢さんは、男を見る目があるようだな」


「城での噂話では、しっとりしたしっかり者の女性像だったが、本当はとてもおてんばで、家の中では声が大きいのかもしれないな」


 おてんばで、とてつもなく元気なご令嬢。彼女が犯人の男を盛大に拒んでくれたおかげで、青年二人も動きやすくなった。もしも犯人とご令嬢が相思相愛となってしまったら、犯人の男にゴールデンアーム家という貴族の後ろ盾ができてしまうところであった。


 老執事がやってきて、侯爵が待っているという応接間に、二人を呼んだ。青年二人は、何やら騒ぎがあったようだがと侯爵に尋ねると、娘が家族と喧嘩をするのは、数年前まではよくあることであり、最近まで激しい一面はナリを潜めていたが、つまりは、この家にとっての親子喧嘩は、珍しくないとの事だった。


 青年二人の地元も、女性の戦士は珍しくなかった。と言うより、性別関係なく文武を極めている。だから、闘う女性は特に珍しくもないのだった。


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