第5話   彼女に求婚するモノ

 兄達から、森へ小動物狩りに行かないかと誘われて、マックスは自室で侍女たちと、弓矢の支度したくをしていた。


 長い黒髪を一つにまとめて、頭部を覆う革の帽子の中にしまいこみ、ぶ厚いマントと、その下には革の防具で、全身と胸囲を覆う。特に女性が弓を引く場合、弦に胸が当たってしまうことがあるため、マックスは胸部にさらしを巻いて、その上から防具でしっかりと覆っていた。これは馬上でも胸が揺れないように、そしてこのまま戦場に出ても、女性だとばれないようにするためでもある。いつでも国のため、戦力になる覚悟はできていた。


 屋敷裏の馬宿から馬を連れて、いざ馬上へ。玄関先では、兄達が馬の鼻先をそろえて待っていた。なんだか、軽装備である。


「相変わらず、すんごい厚着だなぁ。戦争なんて当分は起こらないのに。マックスは頭が固いな」


「その石頭は誰に似たんだか」


 がっつり武装する妹に、兄たちは笑っていた。



 薔薇が花開く時期でも肌寒いゴールデンアームの領土であるが、寒さを耐え忍んだ分、木々は多くの実りを授けた。


 馬で向かった狩場の森には、去年の秋にたわわに実った木の実が豊富に落ちているため、様々な動物が森の恵みにありつこうと、ひっそりと集まっていた。その中には、暖かな地域を好むはずの鳥や小動物まで、わざわざこの狩場まで集まってくるものだから、あまり弓の腕がよろしくない者でも、時間をかければ何かしらの獲物が手に入る。ここは、そういった森であった。


 森の管理人に挨拶し、マックスたちは馬を操って森へと入った。人の手が入っているにも関わらず、たくさんの鳥の鳴き声や動物の気配で、溢れていた。


 幼い頃より、父や兄たちと競ってきたマックスの腕前は、瞬く間にきじ三羽を射落としてしまうほどだった。寒さで鳥の動きが鈍っていたせいもあったが、マックスが着衣の汚れるのも気にせず、低木に身を隠し、弓が放てるギリギリまで姿勢を低くしていたのが、功を奏していた。


(もう一羽あそこにいる。あれも狩って帰ろう)


 男ばかりの家族で、三羽は少ない。そう思ったマックスは、さっそく腰をかがめて、大物へと近づこうとした矢先――兄が草や枝葉をパキパキと踏みながら歩いてきた。


 マックスが革袋に入れておいた雉を、ガサガサと引っ張り出してしまう。


「おいおい、三羽も獲ったのか? こんなに丸々と太った鳥を、これ以上は夕食が鶏肉だらけになってしまうよ」


 後ろから兄が騒がしくするものだから、マックスの視界から雉が飛び立ってしまった。


 狩る気満々だったマックスは、口をとんがらせて振り返った。


「兄上、わざとですよね」


「んー?」


「ハァ、もういいですよ。他の兄上たちも、それぞれに獲物を狩ったでしょうし、父上の誕生日パーティには充分な肉の量が集まったことでしょう。戻りましょうか、兄上」


 集まった兄弟妹きょうだいは、いつものように獲物を見せ合い、雉を三羽も射止めたのはマックスだけだったので、久々に鼻が高かった。


 そして、いつもの自分に戻ってきたことに、安堵していた。


(最近の私は、なにかと不調であったが、ようやく調子が戻ってきたぞ。今日は父上の誕生日だ、そして明日の朝には、ほとんどの兄上たちが、それぞれの家庭へと戻っていってしまう。そうなる前に、私の獲物で食卓を飾ることができるのは、誇らしいことだ。私は、今年中にはどこかへ嫁ぐ運命さだめかもしれないけれど……最後の最後で、家族に手柄を見せることができて、胸がすいた)


 マックスは雉の入った革袋を、馬の鞍に載せた。


(今日という記念日を、父上の目にも、兄上たちの胸にも、しっかりと刻みつけてもらう! 誰にも負けない妹が、確かにここにいたのだと、忘れないでいてもらうためにも……)


 マックスは、これが家族全員にできる最後の孝行であると、察していた。


 あの鼻につく老執事に煽られての事ではないが、己の運命を、だんだんと、受け入れ始めていたのだった。それは長年、熱き思いで戦い続けた反動なのかもしれない。疲れてしまったのかもしれない。自分と同じく、闘っている人間が身近にいなかったせいかもしれない。


 悔しくないわけではなかったが、マックスには、もう……


「こちらにいらっしゃいましたか、お嬢様」


 この場では聞き慣れない声に、兄弟妹は驚いて、声の主へと振り向いた。


 狩場に、従者の馬の後ろに乗った老執事がやってきた。この執事は、主に屋敷内での仕事に従事しているので、こんなところまで来るのは大変珍しいことだった。


「どうした」


 ただならぬ気配に、マックスの形の良い眉毛も真ん中に寄る。兄たちも、どうしたどうしたと次々に尋ねる。


 老執事が咳払いを一つ。


「お嬢様に、たった今、縁談が。相手の殿方が、ぜひぜひお嬢様を貰いたいと、それは熱心に旦那様に嘆願しております」


「えええええ~!?」


 恵み豊かな森の中で、兄弟妹の驚きの声が響いたのだった。



 兄弟妹は一目散に馬を走らせ、屋敷へと急いでいた。駆け抜けた森の道中で、驚いた鳥たちが一斉に空へと逃れてゆく。


(我が屋敷まで、私を娶りたい男がやってきただと!? 事前に連絡もせずに父上に直接嘆願に来るなんて、無礼にも程がある!)


 無礼者と父が体面しているだなんて、マックスは気が気ではなかった。


 出会いの場であるサロンでは、マックスに声をかけ、マックスの手袋越しの手を取り、ダンスの誘いをかけてくれる人は数多あれど、彼女のそばで佇む父に気圧されて、皆あっさり引き下がってしまった。王女の目にはマックスから断ったように見えたようだが、実際はこうであった。父のお眼鏡に適う男も、どこにもいなかった。


 それなのに、マックスとその父に何の挨拶もないままに、いきなり屋敷に来て嘆願するだなんて……とんでもない無礼千万であった。言語道断と憤るマックス。それとは真逆に、兄たちははしゃいでいた。


 跳ねっ返りの妹に、とんでもない形で縁談が来たのである。これほど面白いものはないときた。


「どんな男だろう、ぜひ会ってみたいな!」


「ハハハ! まさか父上の誕生日プレゼントに、とんでもない縁談が転がりこんでくるとは。我が妹ながら、どこまでも型破りだ。未来の夫にすら、常識がない」


 ムッとしたマックスは、兄たちに振り向いた。


「兄上! ふざけている場合ではありません。不届き者が屋敷に上がり込んで、父上に無礼を働いているんですよ!? 急いでお守りせねば、今頃父上に何をしでかしているやら、わかりません!」


「大げさだよ、マックスはー。父上には、ちゃんと護衛も付いているし、それに父上自身もとても強い。簡単にはやられないさ」


 もう一人の兄が、先頭を走るマックスの馬と鼻づらを並べた。


「そんな心配よりも、お前に一目惚れして屋敷に飛び込んできた、未来の義理の弟の顔が見たいよ。お前も、気になるだろー?」


 呑気な兄たちに、マックスは絶句していた。


 兄弟からすれば、マックスの方が真面目すぎて、愉快である。多少の怪事件など、ものともしない。狩りも本気にならない。いつまでも滾る妹の熱意に、付き合う大人がいなかった。


(昔から兄上達とは、どうにも話が噛み合わないことが多かったが、今日ほどそれを嘆き悲しんだ日はない!)


 マックスは馬を急がせ、狩場を遠く背景にした。


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