第23話

「…ごめんなさい。」


 放課後の部室で九条院に頭を下げるノエル。


「まぁその、大変だったわね…。」

「リア充怖いです。リア充怖いです。リア充怖いです。リア充怖いです。」

「なんでお前がリア充恐怖症になってるんだよ。」


 ノエルが戦闘不能になってしまったため、また作戦は白紙に戻った。おそらくノエルは上手いこと九条院を紹介しようとしてくれたらしいが、それも不発に終わってしまった。


「何かいい案は無いのか…。」

「やっぱりラブコメの波動を感じる作戦か!」

「部長は黙っててください。」


 作戦自体がなかなか進まない中、俺は九条院が部室の端で何やら書き物をしているのに気が付く。


「九条院、何書いてるんだ?」

「はっ!?」


 九条院は俺に話しかけられたのに驚いたのか慌てて全身で書き留めていたものを隠す。


「その、…見た?」


 少し上気したような顔でぎろりとこちらを睨んでくる。


「まぁ、ちょっとは…。」


 九条院が書き留めていたものは大学ノート。そこには安田たちと仲良くなるための方法やネットで検索したような話し方のコツなどが綺麗な字で列挙されていた。


「っ…、笑いなさいよ…。」


 更に顔を赤くしながら俯く九条院。その姿は生まれたての小鹿のように小さく見えた。


「顔。」

「…へ?」


 突然の言葉に九条院は困惑した様子でこちらをチラチラと見ている。そんな様子がいたたまれなくて、俺は九条院の頭を掴んで無理やりこちらに顔を向けさせた。勢い余ってお互いの顔の距離がかなり近くなってしまったが仕方がない。


「顔、ちゃんとこっち向け。人の目もちゃんと見れないような奴は友達なんてきっとできないぞ。」

「………。」


 少しこわばった顔でこちらを見つめている九条院。その顔は段々とリンゴのように赤くなっていく。


「ちょ、近っ。」

「ああ、ごめん。」


 これ以上このままだと思いっきり叫ばれそうなので顔を離す。九条院は放心状態のようで、ぐったりと肩を落としていた。そんな彼女に聞こえるように、俺は出来るだけ優しく声をかける。


「それとそのノート、可笑しくなんてない。きっとお前にはいい友達が出来るよ。」

「…うん。」


 再び俯いてしまった九条院の表情を読み取ることは出来ない。でも、彼女の努力は報われるべきだと、本気でそう思った。そのために俺が出来ることはあるのだろうか。


 その翌日、特に何の対策も立てないまま授業が始まってしまう。見かけによらずシャイな九条院のことだ。今日は何も進展がなさそうだ。


「それで彼氏のラインがウザ過ぎて既読無視しちゃった。」

「もう知ちゃんそれ彼氏さんがかわいそうー。」


 今日も今日とて実りのない話を始めた安田と三ツ石。この二人の声は決して大きい訳ではないが、クラスの中心的人物の会話。意識しなくても自然と耳に入ってしまうのは俺が彼女たちを無駄に意識しているからだろうか。


「もうそろこの彼氏ともお別れだな。マジだるい。」

「それだとまた男子と気まずくなっちゃうね。」

「知らんわ、そんなもん。」


 相変わらず安田はサバサバしている。彼氏をとっかえひっかえして修羅場を作った経験は多数、何が楽しくてそこまで男とつるむのだろうか。

 そう言えばと思い、九条院のほうをチラリと見てみる。九条院は安田と三ツ石を事あるごとに観察し、秘蔵のノートに色々と書き込んでいる。彼女も彼女で必死なのだ。


「やば、ロッカーに教科書忘れてたわ。ちょっと取りに行ってくる。」 


 そう言って安田がロッカーのある方へと歩いていく。その際に九条院の席も通り過ぎるようでそれに気が付いた九条院はすかさずノートを閉じた。通るたびに隠さないとなんて忙しい奴だ。


「あっっ!」


 そんなことを考えていると、一際大きい声が教室中に響いた。声の聞こえる方へクラス中の視線が集まる。そこには冷や汗をかいて固まっている九条院と、風で飛ばされてしまったのか中身が開いて見えてしまっている状態で安田の目の前に落ちた秘蔵ノートがあった。


「ん、九条院さん。これ落ちたよ…って、なにこれ。」


 固まった状態で何もできないでいる九条院。そんなこと気にする素振りも見せない安田は開いてあるノートの中身をまじまじと見つめる。


「安田さんと三ツ石さんってこれあたし達のこと?どういうことなのこれ?」


 ノートに二人の名前が書いてあったのだろう、案の定、安田は九条院に問い詰める。


「その、これは…。」


 唐突に訪れてしまった修羅場。俺は他人のこととは思えずに、ごくりと生唾を飲み込んだ。

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