第22話

「これでいいですか。」


 部長の言う通り、近くのコンビニで食パンを買ってきた。亜鷺高校は県立高校のため校則が案外ぬるい。学校の敷地を抜け出すことも可能っちゃ可能だ。


「名執、ご苦労だった。」

「それで、この食パンをどう活用するんですか?」

「もしかして。食パンあげるからお友達になってとか言わせるんじゃないでしょうね…。」


 九条院がぷるぷる震えている。でもその状況を想像するとちょっと笑えてしまう。


「そんなわけあるかー。取りあえず九条院、お前ここから歩いてこい。」

「は、はぁ。」


 そう言って部長は部室から出ていってしまった。九条院は部長の言う通り、部室から廊下側へとゆっくりと歩いていく。


「これあたし何やってんの。」

「いいから部長の言う通りにして差し上げろ。」


 もしかしたら部長の世紀の大発見が見られるかもしれないのだ。自ら話しかけずに友達になる方法が。

 不満そうだが言う通りに歩き続ける九条院。すると、部室から廊下に出たその瞬間、あわあわと走ってくる部長が九条院とぶつかってしまう。部長は食パンを咥えていた。

 ……部長は食パンを咥えていた。


「きゃっ、ご、ごめんなさい。」


 聞いたことのないような部長の甘々の声が廊下に響く。


「えーと、その…。」


 九条院は立ち上がりながらどうしていいか分からないようである。


「私、朝ごはん食べてなくて…って、あなた、同じクラスの九条院さん?」

「えー、はい。」

「やっぱり!ここでぶつかったのも何かの縁、私たち友達になりましょう!」

「…………。」


 沈黙がその場に流れる。もはや誰も何も発することが出来ない、今聞こえる音は部長が咥えた食パンをむしゃむしゃ食べている音だけ。


「終わり、ですか?」

「ほうだよ。その名もラブコメの波動を感じる作戦!」

「…食パン代とコンビニ往復した時間、返してください。」

「なんでっ!」


 もう部長は信用しない。してなるものか。ていうか俺はこんなしょうもないことやるためにわざわざ往復十五分かけてコンビニ行ってきたのかよ。人生で最も無駄な十五分間だよこれ。


「ふっふっふ、これはもう、私の番なんじゃないですかね。」

「ノエル何かいい案があるのか?」

「私に任せてください!必ずや九条院さんのお友達を確保して見せます!」


 ノエルは自信満々にそう宣言した。部長のせいでかなりハードルは下がったが、一応期待してみるとするか。

 翌日、教室にて早速ノエルが動き出した。


「安田さん、三ツ石さんっ!」

 ニコニコ笑顔で安田グループに単身突撃していくノエル。やっぱりこいつは凄いな。傍から見ている九条院も期待を寄せている。


「真白さん、どうしたの?」


 携帯を弄りながら話しかけてきたノエルに反応する安田。相変わらず今日も髪巻いてますな。


「そのですね、お二人とも新しいお友達は欲しくないですか?」

「友達?うーん別に事足りてるかなぁ。」


 片割れの三ツ石が首を傾げてそう言う。三ツ石は黒髪おさげで清楚系ギャルという風貌。


「まぁまぁそう言わずに!友達なんているに越したことはないでしょう?」

「ま、そうだけど。」


 若干興味を示した安田に懸命にノエルが食いつく。


「それでですね!私凄い人をこの前見つけちゃったんですよ!美人で可愛くて、お金まで持ってる。どうです、気になりませんか?」

「それは、凄いねぇ。でも私たちお金には困ってないんだよねぇ。」

「凛香、それはあんたが変なバイトしてるだけだろ。」

「やだなー知ちゃん、ただ私はパパと一緒にお話したり、ご飯食べに行ってるだけだよぅ。」


 パパ、危険な単語が三ツ石の口から出てきた気がする。


「パパ?ってなんです?お父さんですか?」


 聞きなれない単語にノエルが逆に食いついてしまう。おいおい大丈夫か。


「お、真白ちゃんそこ聞いちゃうー?」

「止めときな真白さん、どうせロクでもない話だよ。」

「でも真白ちゃん可愛いし、始めれば凄い稼げると思うけどなぁー。」


 そう言って三ツ石がノエルの髪を触り始めた。一体俺たちは何を見させられてるんだ。俺を含めたクラスの男子はチラチラと興味あり気に二人を見ている。一方で九条院は「は?」みたいな顔になっている。


「私がパパとの遊び方、教えて、あ、げ、る。」

「怖いですぅぅー!」


 ビビりあがってノエルはその場から逃げ出してしまった。一体こいつは何がしたかったんだ…。

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