第6話
「界人!さぁ出ますよ!」
「うおぁ!」
ノエルはそう言うと俺の手を引っ張ってそりに乗せる。窓の扉を開いて雪風が部屋中に舞い散ったかと思った途端、俺とノエルを乗せたそりが宙に浮き、一気にベランダから外に出た。
「うおぉぉぉぉぉ!なんだこれぇぇぇ!」
「しっかり掴まっていてくださいね?落ちたら死にます。」
「ちょっとぉ?ほんとに怖いんですけど!あわわわわ。」
そりは急加速をして一気に高度を上げていく。とてつもない重力が俺に襲い掛かる。堪らずノエルの背中にしがみついた。
「ちょ、抱き着きすぎですよ!服が伸びちゃう!」
「だ、だって、普通に怖いし!落ちたくないし!あぁ雪が目にぃ!」
「落ち着いてください!大丈夫ですよ。ほらもう落ち着いた。」
言葉の通り、急上昇したことによる重力は鳴りを潜めてそりは再び水平に保たれている。
「界人、見てください。」
ノエルの言う通りに顔を恐る恐る上げる。そこにはこの世の風景とは思えない光景が広がっていた。
「お、おぉ…。」
感動の余りこれ以上の言葉は出てこない。目の前に広がった一面の銀世界はそれほどに美しかった。
深々と降り積もる雪を背景にぽつりぽつりと明かりが見える。その一つ一つが人々に営みによるものだ。明かりを照らす建物たちはみな全員が綺麗な雪化粧を施していて、建物すべてに統一感を感じる。普段はバラバラな建物たちでも、雪というアクセント一つですぐさまこうも足並みが揃うというのが不思議でならない。
「どうですか界人、綺麗でしょう。」
「あぁ、綺麗だ…。本当に…。」
真っ白い雪が世界を覆っている。いつもとは違う非日常の世界に迷い込んでしまった二匹の野兎はこのままきっと非日常の世界に沈んでいく。こんな美しい日々が毎日続いていけばどんなに幸せなのだろうか。このまま彼女と一緒にこの世界に溶けだしていけばどんなに心地いのだろうか。
「これがクリスマスなんですよ。界人。」
「……。」
小さいときから雪というものを好きになったことがなかった。冷たくて虚しくなるから。雪の冷たさは孤独の冷たさとどこか似ていた。
でも、雪は翌日になるとすぐに溶けてなくなってしまう。でも孤独は溶けて無くなってはくれないのだ。せめて一緒に溶けていってくれればよかったのに、そう思う他なかった。
けれど今回は、この雪だけは溶けてほしくないとそう思った。そう思った途端、俺の中で何かが溶けていくような気がした。俺の心の中の氷の、ほんの一部が。
それでも雪は溶けていく、俺の心を置いてきぼりにして。
どうやら当分雪は好きになれないなと、あらためて実感した。
「さぁ目的地に着きましたよ。」
「ここは…、何かの施設?」
ノエルがそりを止めた真下には普通の住宅にしては大きい建物がポツンと建っている。
「ここは所謂、児童養護施設というやつです。」
児童養護施設は何らかの理由によって親が育てることが出来ない状態の子供たちを預かって共同生活を送る施設のことだ。一般的には身寄りのない子供たちが多い。
「ここに、何か用なのか?」
「ここでプレゼントを配ります。」
「え、ここで配るのか…。」
サンタクロースのなのだから寝ている子供たちの部屋に入ってこっそりプレゼントを配る。そんな想像をしていたが、ノエルは違うのだろうか。
「では魔法を発動します。…えいっ!」
掛け声と共に青白い光がノエルの頭上に出現する。その光はどんどんと大きくなっていって俺たち二人を飲み込めるほどの大きさになった。
「では、いってらっしゃい。」
次の瞬間、光が一瞬にして霧散して小さな光へと変貌した。その光の礫たちが一斉に真下にある施設へと向かっていく。
光は施設の壁をすり抜けていって施設の中へと入っていった。
ノエルは光の礫が入っていくのを確認した後、小さく息を吐いた。
「これで配達は完了ですっ!」
「これで終わりなのか…。」
意気揚々と帰る準備を始めたノエル。あっさりとしている作業に何だかしっくりこない感が否めない。
「これだけなんだって思ってます?」
ノエルは俺を見透かしたようにこちらを覗き込む。
「まぁ、意外とあっさりしてるなとは。」
「私の役目はね、これだけでいいんですよ。」
そう呟く彼女の瞳はどこか遠くを見ている気がした。
「この世界にはサンタさんが溢れかえっているんです。私以外にもいっぱい。」
「そんなそこら中にいるものなのか?」
そんなこと言ってる割に俺はサンタクロースを自称する奴なんて始めて見たが。
「いるものですよ。ほらあそこにも、そこにも、こっちにも。」
ノエルはどこにでもあるような家を指さす。
「ここから見えるだけでも数えきれないほどいるんですよ。サンタさんは。」
雪の中を明るくデコレーションしている民家を見つめながらノエルはそう呟く。
――あぁそういうことなのか。
彼女がここに来た理由が何となくわかった。そして俺の下に来た理由も、何となく分かった気がした。
「帰りましょうか。」
「ああ。」
ぷかぷかと浮かぶそりで俺たちは元来た道を戻っていく。しんしんと降り続ける雪は彼女の肩に積もっていて、きっと俺の肩にも積もっている。
街の明かりが来た時よりも減っている気がした。夜も更けてきたこの時間、俺は真っ赤なサンタクロースのそりに乗ってクリスマスイブの夜を駆けていく。
今日はクリスマスイブ、一年で一番愛に溢れる一日だ。
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